第32話 全ては色を変えて(中)
「…え?」
無理して途中まで見ていた光のせいで霞んだ目が治って最初に見たものは、人の顔だった。
由岐の見たことのない顔。
いや、ところどころのパーツに見覚えがある。
「治ったのか?ユキ」
「もう少し早めに目を閉じることを勧めるべきでした」
「そうね。ごめんね、ユキ」
目の前では1人の青年とローとリーが話をしている。
リーの謝罪に、青年から視線を離さず頭を振る。
「辺りに影響は」
「見える範囲は何も」
「こちらも」
「そうか」
身長は180を超えている。
スラリとした体躯だが、要所要所にきちんと筋肉がついており、なよっとしたところなどは一切見受けられない。
リーたちと話す姿は堂々としていて、なんの違和感もない。
青味がかった銀色の髪が背中に流れており、瞳は紫。
―そう、紫なのだ。フェイと同じ…
「――に…」
「主?」
「フェイ様?」
「…ユキ?」
不意に青年が話を途中でやめて、自分のほうを見たことに由岐は息を詰める。
青年に名前を呼ばれたことに目を見張る。
リーは何といった?
ローは目の前の青年をなんと呼んだ?
不思議な色合いを見せる青年の瞳を凝視したまま、由岐は指ひとつ動かすことが出来なかった。
由岐はその瞳を知っていた。
自分の名を呼ぶそのトーンを知っていた。
ものは違えど、目の前の青年を形作るところどころのパーツを知っていた。
それは――――
「フェイ?」
由岐は信じられない気持ちでひとつの名を呼んだ。
返事なんて返ってきて欲しくなかった。
だが、願いは儚く散る。
「うん?…分からなかったのか」
青年――フェイが微笑んだ。
笑うその姿はそのままだった。
由岐たちに遠慮したのか、離れた場所でリーとローは居た。
「私としてはあちらの主の方が可愛くて好きなんだけどなぁ〜」
「リー!」
「ローだってそう思うだろう?元に戻った主は可愛くない」
「お、俺は…っ!というか、あれが本来のフェイ様の姿だ。俺たちの好みは関係ない!」
「む…そうだけどさぁ」
「…それに、当分あの姿には戻れない。今くらいはフェイ様の我侭を通して差し上げるべきだ」
「確かに。まぁ、別にどっちの主も私にとって守るべき大切な御方にかわりはないし?」
「その通りだ。我らの大切な主君だ」
フェイの姿を見て不満そうにリーが言うと、ローが反論する。
言い争いになるのかと思えば、2人して分かり合って頷いている。
仲の良い双子だった。
場面を戻してフェイと由岐。
由岐は依然フェイを見たまま固まっていた。
フェイの手が上がり、由岐の頬に行き着く。
優しく頬を撫でた手は由岐の顎を掴み、上に持ち上げる。
持ち上げられるままに顔を上げても視線を逸らすことも出来ずに、ただフェイを見上げる。
「ユキ」
「フェ…イ」
名を呼ばれて反射的に相手の名を――口にする。
更に口端を弓なりにして目を細めるフェイ。
「どうだ?」
「え…」
「ユキ好みにオレはなっているか?」
「っ!?」
言葉を理解した途端、由岐は顔を真っ赤にした。
反応を楽しそうに見ながら、フェイは顔を近づける。
視界いっぱいに広がるフェイの顔に、由岐の心は過去に類を見ないほどに揺れ動く。
あと数センチというところで顔を止め、フェイは由岐をじっと見つめた。
「フェ、フェイッ」
「もう一度言おう。――ユキが好きだ。…お前の一生をオレにくれ」
「!!!?」
返事を返す間もなかった。
いや、すでにいっぱいいっぱいだった由岐にはすぐに返せる言葉などなかった。
由岐の視界を占めるフェイの顔がぼやけて見えなくなる。
つまりそれは―――
「んぅっ!」
フェイと由岐の顔が重なった。
由岐はフェイのなすがままにキスを受ける。
ギュッと目をつぶってフェイの服の袖を握る。
その仕草にフェイが喉で満足そうに笑うのだった。
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