第28話 終決…にはほど遠く
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!!
目の前で繰り広げられていた光景は、実は、由岐にとって未だに現実感の薄いものばかりだった。
屈強な男たちが何故かいっせいに倒れたかと思えば、目を赤く光らせながら立ち上がる。
リーに襲い掛かる男たちに悲鳴を上げかけた。
いや、実際はしっかりと悲鳴を上げてしまったのであるが。
振り上げられた剣でリーが切られるという所で、リーの立つ場所が光り、男たちがその体勢のまま『停止』した。
その後のリーたちの話を聞いて、それはフェイの仕業だと分かった。
由岐のいた世界には無いもの―― 魔法。
信じられないでいる自分と、現実に今、『魔法』を目前にしている自分。
ただただ、由岐は全てを見ていることしか出来なかった。
「主」
「ご苦労」
颯爽と戻ってきたリーに、フェイがねぎらいの言葉をかける。
リーは黙って微笑み、彼女の定位置たるフェイの斜め後ろに移動する。
それを当然として、まっすぐに前を見据えるフェイ。
視線の先には人形のようにピクリとも動かないスタンリー。
口を開こうとして、俄かに扉の向こうが騒がしくなったのに気付き、口を閉じる。
慌しい音が他の者たちにも聞こえたのか、扉に視線が集中する。
ワンテンポ遅れて重厚な聖堂の出入り口である扉が荒々しく開かれた。
扉の向こうから現れたのは1人の男。
ザッと見たところ男は20代後半。
そこそこ整った顔立ち。
かなり急いでやって来たのだろう、髪は乱れ、汗を浮かべている。
息もそれを証明するように荒い。
「ザイシード様!」
スタンリーの横に居たセイドが驚きの声を上げる。
ザイシードと呼ばれたその男は、その声に反応せず、聖堂の中をぐるりと見渡す。
その動きがある場所に差し掛かって急に止まる。
「遅い」
視線を真っ向から受けて、フェイが言い放つ。
ザイシードは数秒その場で固まったかと思えば、急な動きでフェイたちに近づいてくる。
思わず由岐がフェイの右の袖を後ろから掴む。
視線をそのままに、フェイが安心させるようにその手を優しく包んだ。
リーとローも無言で男を待つ。
ザイシードは5歩ほど離れた場所で立ち止まり、おもむろに跪いた。
「!」
「なぜっ…」
「っ!!」
驚きの声が聖堂のいたる所であがるが、当事者たちはそれを無視して話を進める。
「この度は――」
「お前からの謝罪などいらぬ」
「!……はっ」
「――お前 たちに言いたいのは、今回の件を早急にどうにかしろということだけだ。分かったか?」
「っ!?」
フェイの言いように、何かを察したのかザイシードが後ろを振り向いた。
カツン…
ザイシードの後ろ。
ザイシードの後からやってきたのだろう、白髪交じりの壮年の男がゆっくりと歩いてきて、ザイシードのすぐ横で立ち止まる。
壮年の男はザイシードに似通っており、血のつながりを感じさせた。
顔には感情を窺わせるものは一切浮かんではおらず、心中を察せる者は誰もいない。
「――ファライゲラ家の不徳と致すところ…大変ご迷惑をおかけいたしました」
深々と男が頭を下げる。
ファライゲラの名に、固まっていたスタンリーが反応し、緩慢に首を動かした。
頭を下げる男を見て目を見開く。
「ち…父上っ?!なぜっ!なぜ…ここにっ!!」
「口を閉じろ、スタンリー」
「!あ…兄上までっ!!」
「――事の経緯は後で聞かせてもらうぞ」
「ぼ、僕はっ!!」
「言い訳はいらんっ」
「っ……」
壮年の男――現ファライゲラ家当主はフェイに頭を下げたまま口を開かない。
代わりに、ザイシード――スタンリーの兄である彼が硬い表情の中に怒りを内包した身体を揺らしてスタンリーのほうを振り向く。
表情と一緒で、硬い声で今後を述べる。
兄であるザイシードの言葉に言葉を封じられて、スタンリーは青ざめたまま下を向く。
「――っ」
「セイド、お前にも話を聞かせてもらうぞ」
「は、はいっ!」
スタンリーの横でセイドが直立不動になって返事をする。
ザイシードは姿勢を戻して、父親と同じように深々と頭を下げた。
謝罪の言葉はいらないと言われてしまったが、何もしないわけにはいかない。
少しでも申し訳ないと思う気持ちを伝えるために、出来ることはこれしかなかったのである。
しかし、これ以上ここで全てを明らかにするわけにもいかず、頼まれていた伝言のために口を開いた。
「――フェイリールド殿ヵ…様」
「なんだ」
「兄君が早めに帰ってくるようにと」
「分かっている。一度帰らねばと思っていた」
「…」
フェイは伝言を聞いて相手に気付かれないようにため息を零す。
伝言を託されたということは、この事件を兄に知られてしまったと言うことが確実だったからだ。
近いうちに報告が行くことは分かってはいたが、こうもリアルタイムに近い情報を知っていそうな兄にため息しか出てこない。
(オレは四六時中見張られているのか?)
嫌な気分になって落ち込みそうになるフェイを苦笑混じりにリーとローが見ている。
後ろに居た由岐も何かを感じたのか、未だに握ったままのフェイの服の袖を遠慮がちに引っ張ってくる。
それにぽんぽんと手で叩いて大丈夫だと伝える。
眉間に出来た皺が消える。
嫌な気分も由岐に心配されるだけで浮上するのだから意外とお手軽だ。
自分にそう突っ込みながらフェイは頭を下げ続ける2人に目を向けた。
「頭を上げろ。ここはお前たちに任せる」
「はっ」
返事を聞いて出入り口に向かう。
袖口を掴んでいた由岐の手を手におさめて引く。
少し歩いて立ち止まる。
「?」
「ああ、そうだ…教会を覆う魔法陣は消しておく」
「ありがとうございます」
「別に…本当は派手に破壊してやろうかと思ったがやめておく」
「…本当にありがとうございます」
派手に破壊。
それは魔法陣を展開させた魔法使いに全てをそのまま返すということ。
それをすればその魔法使いたちは術のはね返しで、当分まともに使い物にならなくなっていたことだろう。
フェイの怒りの一端を感じて、ザイシードはヒヤリとする。
言いたいことだけを言って、フェイは聖堂を出て行く。
いや、出て行こうとしたところで止められてしまった。
スタンリーの叫び声に。
「待てっ!貴様だけは許さんっ!!」
「スタンリー!」
「坊ちゃまっ!!?」
「うるさいっ!うるさいうるさいっっ!!―あいつと僕と何が違うっ!むしろあいつの方がユーキには相応しくないだろうっ!!僕の方がユーキの横に並んで違和感がないはずだっ!!?」
スタンリーの子どものような言動に呆れた雰囲気と緊迫した雰囲気が混ざりこみ、みな息を潜めて次の展開を見つめる。
ザイシードは青ざめる。
扉をくぐろうとした状態で立ち止まったフェイの背中を恐る恐る見る。
ゆっくりと振り返るフェイを見て息が止まりそうになる。
ハアハアと肩で息をしながらフェイを睨むスタンリー。
そして、どこまでも冷めた目でそれを見返すフェイ。
「…オレよりお前の方が相応しいだと?…オレがユキの横に並んでは違和感が…あると?」
フェイの口から漏れた言葉も先ほどとは誓って絶対零度のような冷たさだ。
「そうだ!貴様は自分の姿を見て分からないのかっ!!まだ成人もしてない子どもが僕からユーキを奪おうなど笑止千万!?自分の家にでも帰って飴でもなめている方がお似合いだっ」
「っ!!!?」
スタンリーの暴言の数々にザイシードはクラッと意識が飛びそうになる。
よろけた自分を支える腕に、その先を辿ると父の姿が見えた。
父も多少青ざめた顔をしていたが、それでも成り行きを見逃さないように見ている姿に、何とか冷静さを取り戻すことに成功する。
「父上、あの…」
「…口を挟まない方がいい」
ザイシードの意を汲んだのか、全てを言わぬうちに止められた。
答えを求めてジッと父を見る。
「――あの御方は…ご兄弟に囲まれていつも兄君を立てて身を引くから大人しく見られがちだが、立派に…ご兄弟様たちと同じ血が流れているのだ。…ここまできたら我らに挟める口など無い」
きっぱりと言われて、それこそ挟む言葉も出ず、ザイシードは成り行きを見守るために視線を戻した。
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