第27話 揺れる髪のその先にあるもの(後)
勝負は一瞬でついた。
ローが身の内から放ったのは闘気。
後ろにいた由岐には分からなかったが、前方に向けて放たれた気が重力と殺気を帯びる。
一定の力無き者はその場に崩れ落ち、一定の力がある者でもその場に縫い付けられ、動けなくなった。
ただそれだけ。
力をコントロールしたのだろう。
真っ先に闘気にあてられて倒れるだろうスタンリーは、倒れる護衛や警備兵たちを他所にその場に立っていた。
何が起こったのか理解できないのか、呆然と倒れた男たちを見る。
横に付き従うセイドも言葉も無いのか、回りに広がる惨状を見ていることしか出来ない。
「やれやれ。これくらいで気を失うなど弱いにも程がある。まあ、お前のお抱えではこんなものか」
スタンリーが呆然としている間に、ローは定位置であるフェイの斜め後ろに戻っており、フェイが嘲るように笑っていた。
スタンリーの顔が強張る。
2,3歩後退する。
わなわなと口を開いた。
「き…貴様はいったい…」
「お前に名乗る名など持たない」
「…」
一言の元に切って捨てられて、スタンリーは口を閉じる。
スタンリーの目には恐怖と憎しみが折り重なるように浮かぶ。
「エリザ!」
「ここに」
スタンリーに呼ばれて、お仕着せを着た女が現れる。
感情をうかがわせないその顔を由岐はよく知っていた。
「あの人…」
「知っているのか?」
「あの人の屋敷で私の世話を中心的にしてた人」
「ほう…」
エリザと呼ばれた女から視線を外さずに話を聞く。
フェイは興味深げにエリザを観察する。
このタイミングで呼ばれた女。
ただの侍女であるわけがなかった。
こんな場面で呼ばれたにもかかわらず、かわらない表情。
何かしらの能力を持っているだろうという考えに至る。
「リー」
「はい、主」
「お前に任せる」
「了解です。確かにローは相手が女だと手加減しがちですから私の方が最適ですね」
「…」
反論する言葉がないのか、ローは黙したまま語らず、リーが楽しそうにエリザとスタンリーを見る。
エリザがスタンリーの前に立ち、何かを唱えはじめる。
それと共にエリザの足元が光り、魔法陣が形成されていく。
「あら、魔法使いさんだったのね」
「気をつけろよ」
「分かっているわよ。ローは心配性なんだから」
魔法形成を阻止するでもなく、リーはエリザの行動を見ていた。
魔法陣が完成し光が集まった途端、光は四散し、前に倒れる護衛たちの身体に吸い込まれるようにして消える。
一度身体が光ったと思ったら、倒れていた男たちが次々と起き上がる。
しかし、その男たちの目に意思の光は無い。
不自然に赤く光る瞳が不気味さを演出していた。
「――あんたがユキを操っていた魔法使いってことね」
エリザが使ったのはマリオネット――由岐にかけられていた魔法とよく似たものだった。
由岐の場合は、起きている状態で身体の自由を縛る魔法。
男たちの場合は、気絶した状態などの身体を支配し、思いのままに操る魔法だった。
とてもよく似たような魔法であるが、使用の仕方が違う。
倒れる際に落としていた剣を取り、怪しく瞳を光らせる男たちが構える。
「リー」
「手出し無用」
「…操られているだけだ。殺すなよ」
「それくらい分かっているわ。私に対する認識おかしくないっ?!…それに、殺しても意味ないし…ね」
ローのどちらの心配をしているのか分からない言葉にリーが噛みつく。
付け足すように言われた最後の言葉は小さな声だったので、誰にも聞こえなかった。
そう、男たちは死んでも動く。
エリザが使っているのは、そういう魔法だ。
魔法を使ったエリザを冷たい目で見る。
エリザの口元には微かに笑みが上っている。
この状況を密かに楽しいでいるらしい。
反吐が出るとリーは思う。
人を無理やり操り、殺人兵器にするこの魔法は、昔の負の魔法で、禁止魔法の1つに認定されている。
それでもこの魔法は需要があり、使用する魔法使いが後を絶たなかった。
「その魔法…使ったことを後悔させてあげるわ」
どこからともなく薄手の手袋を取り出しはめる。
手袋は真っ白。
これといって何か特徴のあるものではない。
特徴はないはずなのに、手袋は何故か異彩を放つ。
ギュッと握って感触を馴染ませてリーは笑う。
その笑みは艶めいており、聖堂内で散らばっていた残った貴族たちが揃ってドキッとするほどだ。
エリザの合図と共に、操られた男たちが一斉に向かってくる。
リーは笑んでその場で佇むだけ。
操られた男たちがあと少しでリーと接触すると言うところ。
後ろで由岐の小さな悲鳴が上がる。
切られる!
と、いうところで突如リーを中心にして床が光り始める。
魔法陣だ。
「何っ!その女は何も唱えていなかったはずっ」
「ええ。唱えてなかったわよ、私は」
下から光に包まれながら、リーはエリザが思わずもらした言葉に返事を返す。
「私は?…!」
「主使いの荒い従者もいたものだろう?」
リーの後ろ。
離れた場所で、右手に光を纏わせたフェイが立っていた。
「手出し無用って言ったのはローに対してだけだし」
エリザとリーがゆったりと喋れるのはフェイのおかげ。
リーの下で光る魔法陣は依然そのままだ。
そして光に包まれた男たちは一切の動きを止めている。
「停止の魔法ね…でもそれでは私の魔法を止めたことにはならない」
「ええ、そうね。でも足止めできればもう十分」
動かなくなった男たちの合間をすり抜けて、リーが魔法陣から出る。
「――目覚めよ、審判の時間だ」
リーの声が聖堂に響く。
そのままエリザに向かって足を進めながら右手に左手を添える。
高密な魔力が溢れ、右手に集まる。
はめられていた手袋が色彩を変える。
真っ白から真っ黒に。
手袋の細部まで黒く染まり、溢れ出ていた魔力も消える。
添えていた左手を離すと、右手の甲の部分に複雑な文様が刻まれていた。
文様だけが白く輝き、周りの黒に映える。
エリザから愉悦の笑みが消える。
手袋の文様を見て固まり、目に見えるほどに青白い顔になる。
コツリ…
エリザの目前で止まる。
自分を凝視したままのエリザに鮮やかな笑みを返す。
して一転、表情が消える。
「――汝、罪を犯し者よ。汝はリカルド魔法教典第1258条に反した。汝の罪は汝の元に」
「ひっ!?」
リーに腕を捕られ、エリザは恐怖に包まれた表情であとずさろうとする。
だが、動くことは出来なかった。
「我、リカルド魔法協会査問部裁定官の名の下に、汝を裁く者なり」
リーの言葉と共に、文様が光を放つ。
「審判」
文様から黒い茨が出現し、リーの掴んだエリザの腕に絡みつく。
茨は腕から手に移動し、エリザの小指に到達する。
「きゃ〜〜〜〜〜〜!!!」
エリザの悲鳴が響き渡る。
リーの表情は変わらない。
エリザの腕を掴んだまま、終わりを待つ。
「あ…ああ…――」
エリザが崩れ落ちる。
エリザから一歩離れて見下ろす。
「汝の左手の小指に刻まれた茨は罪の証。罪を背負って生きていくがいい」
「…」
「――言っておくけど、もう禁術指定の魔法を使わないことね。使えば小指の次は薬指と茨は増えていくし、先ほど受けた以上の激痛に苛まれるわ。そして、それでもやめず両手の指が茨で埋まれば――」
「…死ぬのでしょう。どうせ」
床についた手を凝視して、エリザがやけくそ気味に零す。
小指に刻まれた茨を憎憎しげに見ていたが、上から見下ろすリーには分からない。
分かりたいという気持ちもなかったが。
リーは黒から白に戻った手袋を外しながら口を開く。
「いいえ、死ぬなんてまさか。ただ一切の魔力が使えなくなるだけ」
「!?し、死ぬのと変わらないじゃないのっ!!」
「魔力は体内にある。生きていくには問題ないじゃない。というか、また使うつもりなのかしら?――全部すっ飛ばして魔力使えないようにしてあげましょうか?」
「ひっ」
外した手袋を元に戻しながらリーが平坦な声で言う。
恐怖に満ちた顔であとずさるエリザをそのままに、リーは踵を返した。
折り重なるようにして倒れている男たち。
エリザからの支配が途切れたことにより、元の状態に戻ったようだった。
フェイたちの元に戻るために男たちを避けながら歩くリーの髪が日の光をはじいて揺れる。
向かう先は主の下。
フェイの後ろで心配そうに自分を見る由岐を見て笑みがこぼれる。
(これからはこの構図が当たり前になるのかしら)
読んでくださった方、ありがとうございます!
楽しんでいただけたら幸いです。