第25話 心奪うのは――
2人から離れて暴風の中心へと向かう。
リーの言った通りに、風は由岐の進む道を阻むことはなかった。
あと数歩というところで歩みを止める。
由岐にはしっかりと少年―フェイが見えた。
フェイは暴風の中心で、何をするでもなくその場に居た。
近づいてきた由岐に気付くこともなく、どこかを見ているようだった。
つい悠長にしている時でもないのにフェイをじっくりと見てしまう。
外見は小学校高学年。
身長は由岐より20センチほど低い。
髪の色は青味がかった銀色で、背中の真ん中くらいまでと長い。
後ろのほうだけ伸ばしているようで、紐で縛られた髪の毛はさながら動物の尻尾のようで可愛らしい。
瞳は紫。
生まれてこのかた見たことの無い瞳の色。
見る角度などによって薄い紫にも濃い紫にも色を変える。
きっと1日眺めていても飽きない色だと由岐は思う。
しかし、そんな紫の瞳も、今の状態で眺めては数分とせずに飽きてしまうことだろう。
眺めても飽きない瞳とは意思の光輝くからこそで、今のフェイの瞳に意思の光など欠片もなく、何も映していないガラス玉のようだったからである。
どこかを見ていると思った瞳は、だたそこに在るだけで、用をなしていなかった。
意思の光浮かばぬ瞳など見ていても楽しいことなどひとつも無かった。
――いや、その瞳には2つの感情がちらついていた。
怒りと後悔だ。
由岐はフェイに近づいていく。
半ば無意識に。
(なんて顔してるのよ…)
ほんの数十センチを残して止まる。
目と鼻の先ほどの近くにきても、フェイの瞳は由岐を映さない。
なぜかそれに由岐はゾッとした。
訳は分からない。
心に急かされるように横に投げ出されている手を握る。
「…フェイ…戻って…きて」
そっと呟く。
思った以上に頼りない声が出てしまい、由岐は恥ずかしくなった。
けれどそれも数秒のこと。
由岐は目を見張る。
変化は劇的だった。
握った手がピクリと動く。
紫の瞳が由岐を捉える。
そして瞳に光が戻ってきたこともすぐ分かった。
フェイが瞳を数回瞬かせる。
ジッと由岐を見つめたと思うと、その視線は下に移動し、自分の手とその手を握る由岐の手をつぶさに見る。
そこまで至って、由岐は今の状態に気付き、真っ赤になって慌てて手を離そうとする。
しかしそれは叶わない。
フェイに手を強く握られてしまったからだ。
「あ、あのっ」
「…名を…」
「え…?」
「名を教えてくれ」
「ええと…四季川…ううん、ユキ・シキガワ…です」
「―――…ユーキ…いや…ユキ?」
「!う、うんっ!!」
由岐は驚く。
スタンリーに名前を教えたときと同じように、のばされてしまうと思っていたのだ。
だが、フェイは言い直した。
これだけで由岐のフェイへの株は上がる。
嬉しくなって笑みが上る。
フェイが軽く目を見張る。
すぐに嬉しそうな顔に変わったが。
「オレの名は――」
「うん!リーさんに聞いたよ。フェイ君だよね」
「…」
「あれ?」
名前を知っていることを告げれば、憮然とした顔をされた。
由岐は首を傾げる。
「リーに…ユキは名を教えたのか?」
「え?…ううんっ!リーさんが先にフェイ君に教えてあげてって言った…から…」
「そうか!」
満面の笑み。
フェイのコロコロとかわる表情についていけず、由岐の頭の中は疑問符でいっぱいだ。
身体の前に移動させられた手をまたギュッと握られる。
「オレの名はフェイリールド。フェイリールド・セファ=リオーレ。フェイと呼んでくれ」
「フェイ君」
「君はいらない。フェイと呼び捨てで頼む…探しにくるのが遅くなってすまなかった」
またまた表情が変わって、今度は沈痛な顔だ。
そんな顔をして欲しくなくて、由岐も握られた手に空いているほうの手を持っていってフェイの手を包む。
「そんなことないよ!タイミングばっちりだよ!!何処の王子様かと思ったもの!!!」
急ぐあまりに、言っている台詞がおかしいことに由岐は気づかない。
「リオーレのだが」
「へ?」
由岐はフェイの言っていることがよく分からなかった。
変な声が出る。
フェイはフェイで慌てて口を開く。
「あ、いや…そんなことよりその髪の毛…」
片手を離して由岐の不揃いになってしまった髪の先を触る。
フェイの先ほどの視線の意味が分かり、由岐は首を振る。
「フェイく…フェイのせいじゃないよ。私が自分の意志でやったんだもの。それに髪の毛はまた伸びるもの」
笑みと共に伝える。
由岐は気にしていない。
それは本当。
…ちょっとだけ自己嫌悪はある。
(私も喧嘩早いの直さなきゃ…)
髪を切ったことではなく、キレてしまったことに対して。
フェイの身体が震える。
考え事に嵌りそうだった由岐は、フェイの様子にどうしたのかと見つめる。
お互いに握った手をフェイが自分のほうへ引き寄せる。
「あの…フェッ!?」
「――ユキを守ると誓う。もしこれから何があったとしても、オレはオレの全力でお前を守りたい」
引き寄せられた手の甲に柔らかい感触。
それはフェイの唇。
驚く由岐をフェイはどこまでも澄んだ瞳で見つめる。
その瞳は意志の光で輝いており、由岐は視線を逸らせない。
由岐はボウッと霞む頭の片隅で思う。
(…1日どころか…この瞳を見飽きることなんてずっとない)
変な核心の下に、由岐はフェイの瞳を見続けるのであった。
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