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光ある国  作者: 深縁
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第1話 彼女は景色をただ眺める





青い空。



流れていく雲。



鬱蒼と生えている名も知らぬ草花。



見慣れたもののはずなのに、同じではない。



ドスンと大地を踏みしめるように鎮座している岩に軽く寄りかかって、彼女はただ景色を眺めていた。


「いい天気…」


ポツリと口からこぼれおちる言葉。

どこからともなく吹く風に、彼女の綺麗な長いこげ茶色の髪がたなびいた。

髪の毛と同じで、それよりももっと深みのある瞳はずっと彼方を見つめていた。

彼女は数刻前のことを思い出していた。






満開だった桜が葉桜へと代わり、年度替りの慌ただしさがようやく落ち着きを見せ始めていた。

東京のとある一角のマンションの一室。

二人の人物が話をしていた。


「由岐…あなたの運命の相手はファーストキスの相手なのよ」


10人中ほぼ10人が美人だと認める美女がお茶を飲みながら優雅に笑っている。

そんな美女の向かいには、美女に面影の似た少女がいた。

美女の名前を四季川離亜、少女の名前を四季川由岐という。

二人は親子だった。

短縮授業でいつもより早く帰宅した由岐は、専業主婦の離亜と二人で昼食を食べ、食後のお茶をしていたところだった。

最初はたわいもない話をしていた。

入学したばかりの高校生活の話やら友達の話など。


(ああ…そうか。友達に彼氏が出来たって話をしていたんだ)


離亜の唐突な言葉の意味が上手く頭の中で回らずに、由岐は話の内容を思い出そうとした。


(で、私も彼氏が欲しいっていう話に…なったんだっけ?)


思考の迷路の中に入ってしまったわが子を楽しそうに見ながらも、離亜は口を挟まない。

お茶を飲もうとしてコップの中が空なのに気づいて席を立つ。

しかし由岐は考えに没頭して気づいてないようだった。


「ええっ!」


やっと言葉の意味を呑み込んで声を上げる。


「やっとご帰還」


自分の分と一緒に入れなおしたお茶を由岐の前に置いて離亜は椅子に座った。

机から器を持ち上げて口に運び、動揺を流し込みながら由岐は視線を離亜に向けた。


「運命の人って」


温かいお茶にほっとしつつ、口を開く。

そんな由岐の前で離亜はゆったりと背もたれに身体を預けた。


「そ、由岐の好きな運命っていう名のついた男の人」

「わ、私の好きなって」

「あら、間違っていたかしら」


優しくない笑みで離亜は由岐を見た。途端に由岐は口をつぐむ。


「ファーストキ…スってな、なんで」

「まだでしょ」


部屋の中がなんともいえない静寂に包まれる。

視線が下に落ちていくのを止められず、ついつい机の模様をじっと見つめる。

きっと今は耳が赤くなっていることだろう。


「由岐が16歳になったから教えてあげるのよ。覚えておいてね」


茶化すように離亜は喋る。

しかし、言葉にかすかに真剣な声音が混じっているような気がして、机の模様から視線をはがし離亜を見る。


「お母…さん?」


先程までの人の悪い笑みが消え、ただまっすぐに自分を見つめる離亜に、らしくなく身体が固まる。


「わが一族…いいえ、わたしの実家のほうで代々言い伝えられているの。男の子の場合は関係ないのだけど、女の子が生まれたときだけこれは現実になる」


身体の前で手を組み、由岐の奥底まで刻み込みようにゆっくりと離亜は喋る。

茶化すことを許さない雰囲気が流れる。


「ッ――」


離亜の瞳に捕らわれて、由岐は何も言えなかった。そんな沈黙を破ったのは2人ではなかった。


「ただいま」



ガチャリ

ダイニングに続くドアを開けて少年が大きなスポーツバックを背負って入ってきた。


「あ…昂貴」


ハッと息が漏れる。いつの間にか息をつめていたらしい。


「おかえりなさい」


先程までのあれはなんだったのかというほどに、離亜は元通りだった。


「母さん、由岐、ただいま」


昂貴と呼ばれた少年は、背負っていたスポーツバックを降ろす。

ドスッと重い音がたつ。


「昂ちゃん、お昼ご飯は?」

「いる。食べずに帰ってきた」

「じゃあ、すぐ用意するわね」


キッチンに入っていく離亜を目線で追いかける。視線を感じて、由岐は視線を感じたほうを見た。


「昂貴?」

「どうしたんだよ、由岐?」

「ッ…―お姉ちゃんって呼びなさいよ」


訝しげな昂貴の視線に我にかえり、咄嗟にいつもの注意が口をついて出た。


「由岐は“由岐”で十分だ」


ニッと笑って、昂貴は手を洗うべくダイニングを出て行った。

その後姿を見送る。


「もうっ」


頬を膨らませて、困ったように眉間に皺を寄せた娘に、離亜はキッチンで笑みを零していた。


「―覚えておくのよ、由岐」


―あなたはもうすぐ運命の出会いをする…


「何か言った?」

「何も」


息子のために昼ごはんの準備をしながら、離亜は背中に由岐の視線を感じていた。

その視線を感じながらも振り向くことはしない。

そして時間は緩やかに、しかし確実に進む。








「これが運命の出会いの一歩ってわけ?」




青い空。



流れていく雲。



鬱蒼と生えている名も知らぬ草花。



見渡せど、建物の一つも見えない。



しかし天気は抜群で、今の現状に鬱屈をためることも出来ない自分に首をかしげる。



由岐は岩に背を預けて、ただ景色を眺めるだけだった。





「運命の出会いがここであるのなら、文句ない…かも?」





彼女の名前は四季川由岐。

腰まであるこげ茶の髪とその髪の毛よりも深い色目の瞳がチャームポイントだった。

先日16歳の誕生日を迎え、これから訪れるはずの運命の恋を夢見る少女だった。







読んでくださった方、ありがとうございます!

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