第17話 追跡再開その前に
「報告は以上です」
ローをからかい倒した後、借りている部屋に戻って昨日のことをリーは報告した。
フェイは眉間に皺を寄せて話を聞いていたが、リーが報告し終えるとねぎらいの言葉をかけた。
「ご苦労だった。やはりリーに行かせて正解だったようだ」
「ありがとうございます、主」
嬉しそうな顔をしたリーを見て頷き、そのまま口を開く。
「…これからのことだが」
「はい」
「どうするのですか?」
「うん…あれを使ってまずあいつの居所を見つけ出す」
フェイの視線を追って、2人の視線が動く。
2人が視覚に捕らえたのは、花の上にひっそりと存在する蝶の姿だった。
蝶と言っても本物の蝶ではない。
廊下からテラスに続く道に残っていた、魔力の残滓をフェイが集めて形にしたものだった。
なので、花に留まったままちらりとも動かない。
フェイが手をスッと動かす。
その途端、動かなかった蝶がふわりと羽を動かし、飛んだ。
フェイのもとへ。
静かにフェイの指先に留まる。
「探索の魔法を使うのですか?」
「ああ」
「…何処で行われる予定ですか?」
それなりの魔力を使うので、宿屋でやるなどもってのほかなのだ。
しかし、昨日ワングレーイルという組織に狙われたばかりだ。
下手な場所では身動きが取れなくなってしまう。
リーは尋ねる。
「昨日の草原はどうかと思う」
昨日の草原―それはワングレーイルと対峙した場所。
ローとリーの2人が同時に難色を示す。
「私は反対です」
「俺も反対です。昨日の今日で、あんな人気の無い場所に行くのは危なすぎますよ」
「…多分、あの草原が一番あいつの気配が残っているはずなんだ。捜す相手の気配が出来るだけ残っているところの方が探しやすい」
「!」
「!そ、そうかもしれませんが…」
フェイの言うことにも一理あって、2人は強く反対することが出来なくなる。
そんな2人にフェイが、にやっと笑って言う。
「オレがあいつを捜している間はお前たちが守ってくれるのだろう?」
「「!」」
「当たり前です!」
「全力であなたを守って見せます!」
「だったら心配することなど何も無い―行くぞ」
勢い込んで返事を返してきた2人を満足そうに見やった後、フェイは2人に背中を向けて部屋を出て行く。
それを2人は眩しそうに目を細め、フェイの後を追う。
「主のあんなとこが大好きだ。ローもそう思うだろう?」
「…ああ。俺たちはフェイ様を信じて後に続けばいい」
「適度に諌めながら?」
「確かにそれもたまに必要なことだな」
「ふふっ」
フェイの背中を追いながら、2人は目を合わせ笑いあう。
後ろの2人が遅れていることにフェイが気付き、立ち止まる。
「オレから離れてどうする。とっとと来い」
呆れたような顔をして自分たちを待つフェイに微笑がとまらない。
2人は、離れてしまった距離を急いで埋めるのだった。
草原。
ここであった出来事は少し前のようにも、かなり前のことのようにも思える。
風に揺れる名も無い草花を見ながら、フェイはそんなことを思おう。
その姿を目に捉えたのは少しの間。
生まれて今まで過ごしてきた時間を思えば、ほんの瞬きをするような時間だ。
しかし、フェイにはとても大切な記憶になっていた。
彼女の居た岩場にそっと近づく。
彼女がいる筈がないことは分かってはいたが、どうしてもずかずかとその場に立ち入る気にはなれなかったのだ。
彼女が寝ていた岩場を覗いて、寂寥感を感じる。
分かっていたことだ。
理解していたことだ。
しかし、心はそれを認めたくないと主張する。
キラリ
太陽の光に反射して、何かが光った。
フェイは気になり手を伸ばす。
チャリ…
手が触れて、微かな音がたつ。
手に確かな手ごたえを感じ、持ち上げる。
それは珍しい形をしていたが、手首につける装飾品だとフェイは思った。
色とりどりの石が散りばめられており、その中でも1つだけ大きめな球体をした石が装飾品を少し異質に、そしてただの装飾品ではないと思わせた。
フェイがよく見てみると、透明な石の中に、金の筋が入っていることを発見した。
「これは…!」
もっと間近で見てみようと顔を近づけてあることに気付いた。
彼女と同じ気配を放っているのだ。
「あいつのものなの…か?」
口にしながら、確信する。
これは彼女のものだと。
そっと握りこむ。
「やはり…ここに来て正解だな」
口元に笑みが広がる。
「―これを渡したら…笑ってくれるだろうか」
始めからあの騒ぎだ。
彼女の寝顔と泣き顔と怒った顔しか見ていない。
自業自得とはいえ、その3つでは納得がいかない。
後ろから賑やかな声が聞こえてくる。
いつの間にかかなり先行してしまっていたらしい。
リーが楽しそうに笑い、その後ろを歩くローは何故か葉っぱがいたるところについていた。
「フェイ様ーっ!そんなにさっさと行かないでくださいよ」
「主のせいにするな、ロー。ボーッと歩いているから縛ってある草に足をとられたりして遅れたんだろうが」
「なんで縛ってある草って分か…―リーお前かっ!!」
「はははははっ!」
「笑い事じゃないっ!」
憤慨してリーを追いかけるロー。
笑いながら逃げるリー。
2人の声に今の状況を思い出す。
しかしそれにしたって…。
「オレもあいつ等もどれだけ緊張感がないんだか…」
見つけた戦利品を無くさないようにしっかりと懐に入れる。
未だに追いかけっこを続ける2人を止めるために、フェイは動き出すのだった。
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