第14話 行動あるのみ
またまた評価してくださった方たちがいました。
ありがとうございます!
更新がままならなかったりもしますが、きりのいいとこまでいけるよう頑張ります!!
「ごちそうさまでした」
運ばれてきたものを全て平らげて、手を合わせる。
由岐は満足だった。
「食後の一杯に緑茶が飲めたら完璧だわ」
…満足にはちょっと足りないものがあったらしい。
そしてちょっとお婆ちゃんくさい。
コンコン
「失礼致します。食器を下げさせていただいてよろしいですか?」
頃合を計っていたのか、侍女が食器を片付けにやってきた。
「お願いします」
「紅茶はいかがでしょうか?」
由岐の言葉が聞こえていたのではないかと疑いたくなるほどにタイミングよくお茶を勧められた。
お茶はお茶でも紅茶であったが。
「ありがとうございます!」
飲めるのならこの際紅茶でもいいと、にっこり笑う。
綺麗に片付いたテーブルに繊細な茶器に注がれた紅茶が置かれる。
「では、失礼致します。何か御用がありましたら、そこにあるベルを鳴らし手ください。参りますので」
「ありがとうございます」
侍女は部屋を出て行く。
紅茶の香りを楽しみながら、食後の一杯を楽しむ。
「…おいしい」
椅子に寄りかかって力を抜く。
そのまま眠りに誘われそうになる。
身体はなんだかんだいって疲れているらしい。
(これといって動いた覚えは無いんだけど…精神的に疲れてるってことよね)
瞼を閉じたことで、一層重くなったような身体に渇を入れる。
傾きかけていた茶器をテーブルに戻す。
椅子から立ち上がり、上に腕を伸ばした。
「う〜〜〜〜〜〜ん」
伸び上がった後は少々ひねるように横に腕を伸ばす。
ゆっくりと身体の硬くなった場所を解きつつ、身体の色んな部位を伸ばしていった。
「おしまいっ」
伸ばしていた腕を定位置に下ろし、瞼を開ける。
先ほどまでの疲れが少しではあるが、消える。
「―よし、行動を開始しますか」
言葉と共に出入り口である扉に近づく。
慎重な足取りで。
「――…」
扉に耳を寄せて廊下の気配を探る。
普通の女子高生は気配なんて探らない。
というか、探れない。
探る必要なんて無いから。
しかし、由岐は今まで願ってもいないのに、問題ごとに巻き込まれてきた。
ストーカー事件しかり、誘拐騒ぎしかり。
由岐は望む望まぬを別にして、問題を自分で解決できるスキルを習得しなければいけなかった。
由岐の母と父は由岐のために護身術を習わせていたのである。
(いない)
扉の外には人の気配がなかった。
そっと扉を開く。
探ったとおりに、見える範囲に人の姿は見えなかった。
左右を注意深く見て、少しだけ開けた扉の隙間から廊下に抜け出す。
位置を確認し憶えつつ、移動する。
目的地は情報が得られる場所だ。
(情報収集と言えば、侍女とか従僕?とか集まってる場所がよさそうよね…)
人は集まれば口が開く。
今日の料理のこととか、使える主人の身の回りのこと。
そして――今日あった出来事など。
今日あった出来事――それは由岐がこの部屋に運ばれたことが一番の出来事に違いない。
由岐はそうにらんだ。
何回か角を曲がり、下におりていく。
思った以上に大きな屋敷に、そろそろ道程が怪しくなってきて、由岐は冷や汗をかく。
(これ以上は…!)
これ以上は迷ってしまうと引き返そうとした瞬間、由岐が来た道の方から人の歩く音が聞こえてきた。
それも1人ではなく複数だ。
咄嗟に辺りを見回し、手近の豪華なカーテンの後ろに身を隠す。
間一髪、見つからずにすんだ。
そんな由岐を尻目に、廊下を歩いてきたのは、侍女2人に従僕が1人の合計3人だった。
何か運んでいる最中なのか、それぞれに腕に持ち通り過ぎる。
由岐は早く立ち去ってくれるように願っていたのだが、話はそう上手くいかなかった。
由岐が隠れているカーテンより少し進んだところで、侍女の1人が運んでいたもののうちの1つを落としたことで、3人の歩みが止まってしまったのだ。
使用人の部屋など屋敷の主人などが立ち入らないスペースに知らずうちに入り込んでいたようで、侍女たちはその場で立ち話を始めてしまったのだった。
(ちょっと〜)
焦る由岐。
しかし、そんな由岐の悪運か、彼女が知りたいと思っていた情報が手に入ることになる。
望んだ情報以上の、情報だったかもしれない。
「―さっき、執事長見た?」
「え?見てないわ。何かあったの?」
「ああ!オレ見た!」
「喜色満面の笑み」
「ええ?!嘘っ!最近すごい調子悪そうだったじゃない」
「そうなのっ!昼までは最近ずーっと消えなかった眉間の皺が、急にスタンリー様に呼ばれて屋敷を出て行って帰ってきた時にはもう綺麗さっぱりなくなっていたのよ」
「何で?」
「そりゃあ、執事長が帰ってきたときに一緒に運び込まれたお嬢様がいたじゃないか。あのお嬢様が原因だろ」
「ああ!あの奇妙な服を着たお嬢様」
「そうなのよ!スタンリー様もすっごい機嫌がよくて、マーサが今日ちょっと失敗しちゃったらしいんだけど、全然怒られなかったって」
「嘘〜〜〜っ!!」
「そりゃすげえな」
「でしょ!あのお嬢様のお世話はエリザが全部してるからどんな方か分からないんだけど、運ばれてきたときに見たんだけど、それはもう綺麗なお嬢様だったの!」
「ええ!お嬢様の顔見たのかよ。いいな〜」
「で、他の子から聞いた情報なんだけど…聞いて驚かないでよ」
「何?」
「何だよ。早く喋れよ」
「しー!!大きな声出さないでよ!」
最初は小さな声で話していた3人組だったが、話しているうちに興奮してきたのか、声がかなり大きくなっていた。
侍女の1人が自分を置いといて嗜める。
他の2人も言われて気付いたのか、ハッと声を潜めた。
「で?」
「なんなの?」
辺りを見回して、誰もいないことを確認しておしゃべりは続く。
「さっき執事長がそのお嬢様のところに行って、帰ってきたところを見かけたらしいの」
「へぇ」
「それで?」
「そ・れ・で、あの執事長が弾むような足取りで廊下を歩いていたみたい」
「ええ!」
「驚くのはこれからよ!で、執事長がこう零していたんだって…―」
「…」
「…」
聞き役になった2人がじっと次の言葉を待つ。
「『スタンリー様にもやっと春が来た』って…」
「「!?」」
3人の話を聞けたのはそこまでだった。
由岐は頭の中が真っ白になる。
気付かないうちに噂話に話を咲かせていた3人は姿を消していた。
由岐もどう戻ったのか覚えてなかったが、部屋に戻ってきていた。
幸いなことに、誰にも見咎められずに。
「春?」
ポツリと零す。
理解できなかった。
いや、理解したくなかった。
「春…春の季節なのかしら?春は桜が綺麗よね…」
決定的な言葉を自分で言いたくなくて、どうでもいいことを口にする。
由岐もあそこまで聞いて分からないほど鈍くも無い。
しかし否定してしまいたかった。
けれども、それで物事がよい方向に進むはずも無い。
「春が来たって…あの『春』よねぇ…」
「…昼間に連れて帰ってこられたのって私…よねぇ…」
「……執事長って多分…セイドさんだよ…ね」
どんどん眉尻が下がっていく。
ぼうっとなった一瞬後、ブンブンと頭を振る。
何かを想像しそうになって、慌ててかき消したのだ。
「無理」
窓辺に寄って、空を見る。
空にはたくさんの星が輝いており、由岐の住む世界よりも綺麗だった。
でも心は全然晴れない。
「絶対無理っ!」
髪の毛に指を差込み、ぐしゃぐしゃとかき回す。
プチパニックだ。
由岐は心の命じるままに叫んだ。
「何もかも無理~~~~~~!!」
十数分後。
由岐は直ちにこの屋敷を出るために、部屋の中を物色していた。
どうしてもスタンリーとの未来など描けるはずも無く、屋敷から逃亡することを決める。
幸いにも荷物という荷物も無く、身一つでいい。
由岐はそう思いながらも、何か役に立つものはないかと探していたのだ。
下手に目立つ物を取っていってしまったら追いかけられる可能性があると思い、上に羽織る程度のものしか手に入らなかったが。
「よしっ」
気合を入れてベランダに出る。
由岐がいた部屋は階にして3階ではあったが、降りられないことはないと判断された。
豪華な屋敷なので、ところどころに取っ掛かりがある。
下まで行くためのルートを思い描きながら、手すりにギュッと捕まる。
その時だ。
金木犀のような香りが由岐を包み込む。
「え?…いい匂い…!!」
匂いに動きを止めて集中すること数秒、急に身体の力が抜けていくのが分かった。
慌てて手すりを掴もうとしたが、掴む力が足りず空を掴む。
ゆっくりと傾いていく体を意識したのを最後に、由岐の意識は消えていった。
読んでくださった方、ありがとうございます!
楽しんでいただけたら、幸いです。