9話
二人の不揃いな会話が少し落ち着き、エールの泡が消えかかった頃だった。カイルの右隣に座っていた、使い込まれた重厚な革鎧を纏った大男が空のジョッキを片手に、こちらの席を覗き込んでいる。
「……悪いな、お熱いところを。さっきから隣で聞いてりゃ、初陣の景気がいい話じゃないか」
男は低く、野太い声で笑った。カイルは反射的に体を強張らせたが、男から放たれるのは敵意ではなく、初陣を終えた後輩への興味に近いものだった。
「俺はバルガス。この店で長年飲んでる、ただの飲兵衛だ。……あんた、カイルって言ったか。さっきからそのお嬢ちゃんが、何度もあんたの名前を自慢げに呼ぶもんだから、嫌でも覚えちまったよ」
バルガスはそう言って、隣で少し顔を赤らめているアルテミスを顎で指した。カイルは、自分たちの会話が筒抜けだったことに今更ながら気づき、頭を掻いた。
「……聞いてたんですか。お恥ずかしい」
「はは、酒場ってのはそういう場所だ。……横で聞いてりゃ、随分と自分を卑下するじゃねぇか。だがな、カイル。五体満足でここに座って酒を飲んでる。冒険者にとって、それ以上の戦果なんてねぇんだよ。初日にそれをやり遂げるってのは、この世界で生きていくための何よりの資質なんだぜ。お嬢ちゃん、あんたもいい仲間を見つけたな。」
「……はい!」
アルテミスが、わが意を得たりとばかりに胸を張った。
「カイルは今日、自分の力で最後まで戦い抜きました。私は彼と一緒に冒険者になれて、本当に良かったと思っています」
その言葉に、バルガスは愉快そうに腹を抱えて笑った。
「ハハハ! スライム五体でそこまで惚れ込まれたら、カイルも形無しだな! ……マスター! この新人の二人に、俺のツケで一番いい焼き肉を出してやってくれ! 初陣の祝杯は、一生に一度きりだからな。」
カウンターの奥で店主が応じ、香ばしい肉の焼ける匂いが漂ってきた。
「いいんですか、バルガスさん。俺たち、まだ挨拶したばかりなのに」
カイルが恐縮して尋ねると、バルガスは
「いいってことよ。……ただし、いつかお前がベテランになった時、同じように初陣を終えた新人がいたら、その時にそいつへ奢ってやってくれ。」
と豪快に笑い、カイルの方に向けていた上半身をゆっくりと右側——連れが待つ方へと戻した。そして、そのまま連れのジョッキに自分のグラスを軽くぶつけた。
「……一番いい焼き肉、だって」
アルテミスの囁きと同時に、ジューッという激しい音を立てて皿が運ばれてきた。漂う香ばしい匂いに、二人の喉が同時に鳴る。カイルはバルガスの背中に一度だけ視線を向け、それからアルテミスと顔を見合わせて、力強く頷いた。
「食べよう!」




