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8話

「……はぁ。やっぱり、ここは落ち着くな」



運ばれてきた木製ジョッキの、ざらついた取っ手を掴む。カイルは泥とスライムの酸の臭いが染み付いた喉に、エールを流し込んだ。 安酒特有の尖った苦味。それが、疲れ切った体に染み渡る。喉を焼くような感覚と共に、自分が生きて帰ってきたという実感がようやく血の巡りに混ざり合った。



「カイル、顔。……泥が付いてる」



アルテミスが苦笑いしながら、懐から出した清潔な布でカイルの頬をそっと拭った。カイルは反射的に首をすくめる。隣に座る彼女は、昨日と変わらず、いや、朝の光を浴びていた時よりもさらに眩しく見えた。



「よせよ、汚れるぞ。……それにしても、本当にあんな立派なパーティの誘いを断ってこっちに来たのか?」



「いいの。……凄く、疲れちゃったから」



アルテミスは果実酒のグラスを両手で包み、視線を落とした。



「みんな、私のステータスしか見てないの。私が一瞬で討伐するたびに『流石だ』って。……スライムを倒しても、生きて帰ってきたっていう実感がちっともなかったわ。」



彼女の声は、どこか遠い場所から響いているようだった。周囲の称賛が、彼女にとっては自分を閉じ込める厚い氷の壁のように感じられていたのかもしれない。



「でも、カイルは違うでしょう?」



「ああ、違ったな。……俺は、死ぬかと思ったよ」



カイルはテーブルの上に置いた、自分の指先を見つめた。 今もまだ、わずかに震えている。



「たった一体のスライムを仕留めるだけで命がけだ。なまくらな短剣じゃ刃が通らないから、あえてぬかるみに誘い込んで、足を取られた隙に全体重を乗せて突き刺して……。ようやく仕留めた時、心臓の音がうるさくて、自分がまだ生きてるって嫌でも分かったよ。……そんな泥臭い話、アルテミスに同行したベテランパーティの奴らに話したら笑われちまうよ」



カイルは自嘲気味に笑った。けれど、アルテミスは笑わなかった。それどころか、彼女は真っ直ぐにカイルの瞳を見つめた。



「……私は笑わないわ。絶対に」



彼女の声には、ギルドで見せた凛とした響きとは違う、静かで、けれど熱い温度が宿っていた。



「私は今日、三十個もスライムの核を拾ったわ。でも、どれもただの石ころみたいに感じたの。……カイルが泥まみれになって掴んだ五個の方が、ずっと……ずっと、価値がある気がする。正直に言うと、ちょっと羨ましいくらいよ。……本当にお疲れ様。」



「……贅沢な悩みだな」 カイルは苦笑し、手元のエールを見つめてから、少しだけ真面目な顔で続けた。



「でも、アルテミスにそう言われると、今日の頑張りが少しは報われた気がするよ。ありがとう。」

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