15話
冒険者になって七日目。昨日という心地よい休日の魔法は解け、冒険者という日常へと戻った。
アルテミスの鎧の腰元には青い石、カイルの革鎧の隙間からは赤い石。昨日贈り合った不揃いなお守りが、それぞれの戦場へ向かう唯一の繋がりだった。
昼の間、カイルはいつも通り、一体のスライムに死に物狂いで短剣を突き立てていた。一瞬の油断が死に直結する。胸元の赤い石が鎧に当たるたび、昨夜の約束を思い出し、折れそうな心を繋ぎ止めた。
一方、アルテミスは、周囲の冒険者パーティーたちから「流石だ」「もはやEランクの仕事じゃない」といった賞賛を一身に浴びていた。しかし、アルテミスのサファイアの瞳には、ひどく乾いた色が宿っていた。誰も、戦いの中で彼女が何を想っているかには興味がない。あるのは数値への期待だけだ。
ふと、彼女は鎧の腰元に指先を触れた。そこには、安物の青い石が揺れている。
(……カイル。あなたは今、ちゃんと息をして、生きてるかしら。)
これまで、彼女にとって、戦いは「こなすべき義務」だった。しかし今は違う。 この青い石を贈ってくれた男と、夜の『角杯亭』で、ただ笑い合うこと。そのために、彼女はAランク冒険者の階段を登るのではなく、一人の冒険者として「生きて帰る」ことを自分に誓っていた。
夕暮れ時、ボロボロになった身体を引きずって、カイルは先に『角杯亭』へ辿り着いた。厨房の排気口に近い、脂と煤で黒ずんだ隅のテーブル席に腰を下ろした。柱時計が刻む鈍い音が、喧騒に混じって聞こえてくる。
「見つけた。……今日は、随分と隅っこにいるのね。」
脂ぎった空気の中に、場違いなほど澄んだ声が響く。周囲の視線を避けるように現れたアルテミスだ。彼女はカイルの向かいに座ると、安堵したように長く息を吐いた。
「悪い、ここしか空いてなくてな。……お疲れ、アルテミス。」
「ええ、お疲れ様。」
カイルはエールを二つと、いくつかのつまみを注文した。
「……お守り。役に立ったか?」
カイルが照れ隠しに、赤い石を指で弾く。アルテミスもまた、腰元の青い石をそっと手のひらで包んだ。彼女は少しだけ潤んだ瞳で、テーブル越しにカイルを覗き込んだ。
「カイル。この石、本当に不思議ね。……これに触れている間は、自分が『将来のAランク冒険者』なんて重荷を捨てて、ただのあなたの『同期』でいられた。……今日、私が生き残れたのは、数字の力じゃなくて……このお守りがあったからよ。」
カイルは耳たぶを熱くしながら、無理やりつまみを口に運んだ。
「……大げさだよ。俺の方こそ、スライムと対峙してる時、お守りが鎧に当たってさ。昨日言った『死なないためのまじない』って言葉が頭にこびりついて……。無様に死ぬなんて格好悪くてできないなって思ったんだ。」
カイルは少しだけ誇らしげに笑って、エールを一気に煽った。埃を被った古い柱時計が鈍い音を刻む中、二人はステータスの数値も忘れて、今日生き延びた幸運を分かち合った。これで、冒険者としての一週間が終わった。




