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14話

冒険者になって六日目。ギルドが定める休息推奨日に、カイルは革鎧を脱ぎ、宿で洗ったばかりの麻のシャツと、履き潰したブーツという軽装で街へ出た。 鎧の重みがないだけで、歩くたびに体が浮き上がるような妙な感覚がする。



「……悪い、待たせたか?」



中央広場の噴水前。待ち合わせていたアルテミスも、今日は鎧を纏っていなかった。白に近い水色のブラウスに、動きやすい細身のパンツスタイル。プラチナブロンドの髪をふわりとまとめた彼女は、この平和な街並みに完全に溶け込んでしまうほど、一人の美しい少女だった。



「ううん、私も今来たところよ。……ふふ、昼間に鎧もなしなんてお互い、なんだか別の人間みたいね」



二人は少し照れくさそうに笑い合った。



「さて……どこから行こうか。エリュシオンの街をゆっくり歩くなんて、初めてだけど」



アルテミスが楽しそうに周囲を見渡す。カイルは昨夜の予習を思い出し、エスコートするように言った。



「中央広場の裏に評判のいいタルトを売ってる店があるらしいから、まずはそこを目指してみるか」



「本当? 行ってみましょう!」



中央広場の裏通りへ向かうと、昨夜の噂通り、タルトを販売している店を見つけた。



カイルは列に並び、残りの銅貨を確認しながらタルトを二つ買った。サクサクとした生地の上には、季節の果実が贅沢に乗っている。



「美味しい……! カイルが選んでくれたお店に間違いはなかったわね」



彼女の純粋な称賛に、カイルはわずかに視線を泳がせた。昨夜、酒場の喧騒の中で必死にメモを取っていた自分の姿が脳裏をよぎる。



「……昨日も言っただろ。せっかくの休みを、台無しにしたくないだけだ」



カイルはそれだけ言うと、手元のタルトを無造作に口に運んだ。アルテミスが嬉しそうに頬張るのを見て、カイルは胸を撫で下ろした。昨夜、酒場で聞き耳を立てていた時間は無駄ではなかったのだ。



その後も二人は、あてもなくエリュシオンの街を歩いた。カイルとアルテミスはある小さな露店の前で足を止めた。そこには、粗末な革紐に、不揃いな端材の魔石を通しただけのお守りが並んでいた。



「……安全祈願か」



ふと、アルテミスの横顔を見る。彼女は天才だ。けれど、この四日間、彼女がどれほど周囲の期待に応えようと、神経を削りながら戦ってきたかをカイルは知っている。



(……俺みたいなやつが心配するのも、変かもしれないが)



「……アルテミス。ちょっと、これ見てくれ」



カイルは、数あるお守りの中から一つ、澄んだ青い石のお守りを指差した。



「アルテミスの瞳の色に、似てると思ってな。……安全祈願のまじないがしてあるらしいんだ。どうかな、その……嫌じゃなきゃ、持っておいてほしくて」



自分の好みを押し付けるのを恐れるような、少し震える声。アルテミスはその青い石と、カイルの顔を交互に見つめ、それから柔らかく目を細めた。



「ええ……すごく素敵。私、これがいいわ」



彼女の返事を聞いて、カイルはやっと安堵したように息を吐いた。そして、迷うことなく財布に残った最後の銅貨を店主に差し出した。



「……これからもっと危ない場所に行くだろ。気休めだけどな」



「私も、カイルにこれを買おうと思っていたの。カイルはいつも無理ばかりするから……心配なのよ」



差し出された赤い石を見て、カイルは言葉を失った。自分だけが一方的に彼女を案じているつもりだったが、彼女もまた、自分の身を案じてくれていたのだ。



「……アルテミス、俺なんかのために、わざわざ」



「『なんか』じゃないわ。……はい、交換」



アルテミスは茶目っ気たっぷりに微笑むと、自分の手のひらをカイルの前に差し出した。



カイルは戸惑いながらも、手の中の青い石を彼女の白い手のひらに乗せ、代わりに温かな体温の残る赤い石を受け取った。



不揃いな二つのお守り。それは安価なお守りに過ぎない。けれど、掌に伝わる小さな石の重みは、どんな高価な魔導具よりも重く、二人の間に確かな信頼を刻んでいた。



「……大切にするよ。死なないためのまじないとしてな」



「ええ。私も、これをお守りにするわ」



どちらからともなく、二人はゆっくりと歩き出した。夕暮れに染まり始めたエリュシオンの街並みが、先ほどまでよりもどこか優しく見える。



胸元で揺れる小さなお守りの重みが、カイルにとって空っぽになった財布よりもずっと価値のあるものに感じられた。



「……じゃあ、また明日。角杯亭で」



「ええ。……大切にするわね、これ。また明日、カイル」



そう言ってアルテミスが小さく手を振る。二人はそれぞれの宿へと帰っていく。宿へ向かう足取りがこれほど軽いのは、鎧を脱いでいるせいか、それとも胸元にある赤い石のせいか。冒険者になって六日目。それはカイルにとって、妙に心地よい休日だった。

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