12話
翌日の朝、カイルを揺り起こしたのは昨日と同じ……いや、さらに重い筋肉痛だった。
「……っ、体の節々が、痛いな。」
安宿のベッドで呻きながら、カイルは自分の短剣を眺めた。劇的な成長はない。けれど、一度も逃げずにスライムと向き合い続けた。その「やめなかった」という意地だけが、今のカイルのなけなしの武器だった。
昼間の森での活動は、ただ昨日と同じ苦行をなぞるだけの時間だった。相変わらず、一日の稼ぎを手に入れるために必死に短剣をスライムに突き刺す。そこに高揚感なんてなかった。
夕暮れ時、カイルはまた『角杯亭』の重い木扉を押し開けた。店内は相変わらずの熱気に包まれている。
テーブル席で、アルテミスがちいさくと手を振っていた。彼女の顔には、ギルドで見せるような天才としての鋭さはなく、ただのお腹を空かせた同期の笑顔があった。
「……お疲れ。今日は一段と顔色が明るいな。」
カイルが腰を下ろすと、アルテミスは身を乗り出して言った。
「聞いてよ、カイル! さっきギルドで『明後日は、絶対に依頼を受けるな』って釘を刺されちゃったの。新人は休息を一日とることが推奨されてるんだって。」
「ああ、例の休息推奨日か。俺もさっき、受付で『新米が調子に乗って死ぬのが一番迷惑なんだよ』って、肩を叩かれたところだ。」
冒険者は体が資本だ。特に最初の一週間は無理をして命を落とす新人が多いため、ギルドが特定の一日を休息推奨日という名の強制休日として設定している。
「カイルはこの休み何するの? 」
アルテミスがジョッキを片手に、尋ねてくる。
筋肉痛でボロボロの体は「眠れ」と言っている。だが、カイルは視線をエールの泡に落とし、少しだけ声を低くした。
「……まあ、寝てるのが一番正解なんだろうけど。でも、せっかくの休みだし。……もしよかったら、その日、街の旨い店でも探しに行かないか? ほら、俺たち、エリュシオンの街のことなんてまだ何も知らないだろ」
アルテミスは一瞬、目を丸くして固まった。それから、じわじわと顔を赤く染め、いたずらっぽく小首をかしげた。
「……ふふ。カイル、それって私をデートに誘ってるの?」
「……っ、そんなんじゃねえよ! ただ、一人で飯を食うよりはマシだろって言ってるだけだ」
カイルが慌ててエールを煽ると、アルテミスは楽しそうに肩を揺らして笑った。
「いいわよ。……でも、そんなに怖い顔をして誘わなくても断らないわ。カイルって、素直じゃないんだから」
「……うるせぇよ。約束だぞ、遅れるなよ」
「ええ、もちろん! 楽しみにしてるね、カイル」
今日の終わりを告げる柱時計の音は、いつになく軽やかに響いていた。




