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1話

その日、王都「エリュシオン」の冒険者ギルド本部の重厚な石造りの床を、一人の青年が踏みしめていた。 彼の名はカイル。今年で20歳になる。


周囲を見渡せば、そこには希望と野心、あるいは隠しきれない不安を顔に張り付かせた若者たちが溢れかえっている。カイルもその中の一人だ。しかし、彼が抱いているのは「世界を救う」といった壮大な夢ではない。ただ、食い扶持を稼ぎ、一日の終わりに安酒を喉に流し込む。そんなささやかな生活を維持するために、彼はこの「命を切り売りする」職業の門を叩いた。


ギルドの空気は、独特の臭気に満ちている。古い紙の匂い、錆びた鉄の香り、そして何より、荒事に従事する者たちが放つ特有の汗と緊張感だ。


カイルは、受付の列に並びながら、何度も自分の手を見つめていた。 この世界において、人は生まれた瞬間にステータスの初期値が決まっている。レベル1。それは全人類共通のスタートラインだが、その中身は残酷なほどに違う。


「次の方、どうぞ」


事務的な声に促され、カイルは窓口へ進む。 受付嬢の冷徹な眼差しが、カイルの全身をスキャンするように走った。彼女の手元には、対象のステータスを一時的に可視化する「観測の魔水晶」が置かれている。


「カイルさん、20歳ですね。……では、水晶に手を」


カイルが震える指先を冷たい水晶に触れさせると、淡い光と共に数値が浮かび上がった。


カイル:レベル1


筋力:8

耐久:7

魔力:3

敏捷:6


「……はい、確認しました。登録料として銅貨10枚を。まずは、街の外の警備か、スライムの核集めなどの雑用がメインになります。死なないように気をつけてくださいね」


「……はい」


カイルは力なく笑った。 平均的。いや、平均よりも少し低いかもしれない。これがカイルの現実だった。彼のような「持たざる者」は、一生をかけて努力してもレベル3に到達するのが限界であり、レベル2以下で生涯を終えるものが大半である。それがこの世界の絶対的なルールだ。


カイルが登録証を受け取り、所在なげにロビーの柱に寄りかかったその時だった。 ギルドの喧騒が、潮が引くように一瞬で静まり返った。


入り口の扉が開く。 逆光の中に立っていたのは、一人の少女だった。 白銀に近いプラチナブロンドの髪が、差し込む午後の光を反射して神々しく輝いている。彼女が歩を進めるたびに、周囲の冒険者たちが無意識に道を空けた。


彼女の名はアルテミス。 カイルと同い年か、あるいは少し年下に見えるその少女からは、レベル1とは思えない圧倒的な「圧」が放たれていた。


彼女が受付に進むと、先ほどまで事務的だった受付嬢の顔色が劇的に変わった。魔水晶が、これまでに見たこともないような黄金の輝きを放ったからだ。


アルテミス:レベル1


筋力:45

耐久:38

魔力:92

敏捷:55


「……なっ、これは……!」


受付嬢の声が裏返る。 周囲にいたベテラン冒険者たちからも、どよめきが上がった。 レベル1にして、すでに圧倒的なステータス。彼女は将来、数人しか存在しないレベル5に到達することを約束された選ばれし存在だった。


カイルは、ただ呆然とその光景を眺めていた。 彼女と自分。同じ日に、同じ場所で冒険者になった二人。 しかし、その間には、どれほど歩いても埋めることのできない深淵が横たわっている。


アルテミスは、周囲の羨望と嫉妬が混じった視線を気にする様子もなく、凛とした態度で手続きを済ませた。彼女の瞳は、はるか遠く、まだ見ぬ強敵や高みだけを見据えているようだった。


「…………綺麗だ」


カイルの口から、無意識にそんな言葉が漏れた。 それは恋心というよりも、夜空に浮かぶ手の届かない星を仰ぎ見るような、純粋な感嘆だった。


停滞する時間

アルテミスがギルドを去った後も、カイルはその場から動けずにいた。 時計の針が刻む音だけが、やけに大きく聞こえる。 彼女が去った後の空気は、まるで祭りの後のように虚脱感に満ちていた。


カイルは手の中の安っぽい銅製のプレート(Eランクの証)を見つめる。 これから彼は、泥にまみれ、小さな傷を増やしながら、必死にレベル2を目指す日々を送ることになるだろう。対して彼女は、一足飛びに伝説へと駆け上がっていくはずだ。


「……ま、考えても仕方ないか」


カイルは小さく首を振った。 腹が鳴る。緊張と、先ほどの光景による精神的な消耗が、彼を空腹にさせていた。 「まずは、飯だ。それから考えよう」


彼はギルドを出て、夕暮れに染まり始めた街へと歩き出した。 向かう先は、冒険者たちが集う大衆酒場『角杯亭』。 そこは、この残酷な格差社会において、「レベル差」や「才能の差」という呪縛から解き放たれる場所であると、当時の俺はまだ知る由もなかった。


そして、そこで先ほどの彼女と再会することになるとも。

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