まるで時が止まっているかのようだ
この物語は、林檎をめぐる少し風変わりな物語である。
20XX年 東京都 七王子市─
富江「あらっ昭夫!帰ってくるの早かったじゃない!!」
昭夫「母さん、俺さっき三時間前にラインしたじゃないか。」
富江「色々やってて携帯なんか見てる暇ないのよ。にしてもどうしてなの?東京駅には16時に着くから、夕方に着くって話だったのに。今まだ14時半よ」
昭夫「一本早いダイヤに空きがあったから、それで来たんだ。それに停車駅が少なかったから、到着も速かったよ」
昭夫は今年の春から大学生になったばかりの19歳である。今は東北の大学に通っており、夏休みにはいった9月にはじめての帰省をしている。
昭夫「それでさ、母さん、コレ、阿部から。」
富江「阿部君って、東京の大学いった同じ高校の子よね?あらぁ、『銘菓江戸もみじ』じゃない!!こんなものもらっちゃって!」
昭夫「一本早く来たから、高円寺のあたりで降りて遊びに行ったんだ。よく家で遊んでお世話になってるからって母さんに。」
富江「悪いわねえ、いつかお返ししなきゃ」
昭夫「そういってついつい忘れちゃうんだけどねいつも(笑)」
富江「アンタ帰るときによってなんか買ってきなさいよ。あ、そうそう。お父さんは今魚釣りに行ってるから」
昭夫「多摩川で釣り?あんなところで釣れる魚なんてあるの?」
富江「何言ってるの。アンタが小さいころから食べてきた魚は全部お父さんが多摩川で釣ってきた魚なのよ」
昭夫「本気で言ってるのかよ、父さんそもそも魚が嫌いっていってなかったかい」
富江「ああ、あの人は自分で食べることはしないからねえ」
昭夫「一体どうしてなんだろう、やっぱり自分で釣りあげた魚を自分で食べるってことには抵抗を感じてしまうのかな」
富江「生臭いのが苦手なんだって」
昭夫「なんだそれ、全然関係ないじゃん。じゃあよく魚なんて釣れるよ」
富江「釣って魚を手に入れる瞬間が好きなんだって。でも手に入れたあとは別にどうでもよくなるらしよ。」
昭夫「だから僕の晩御飯はだいたいアジかサバで、父さんは肉ばっか食ってたわけだよ」
富江「最近はそのつけで血圧高いのを健康診断で指摘されたらしいわよ。今はひたすら血圧さげるために黒酢を飲んでるらしいわ」
昭夫「それこそ魚を食べればいい話じゃないか。魚にはDHAやEPAが豊富で血圧低下や血管を上部にする働きがあるというのに、、なんでそこまで意地でも魚を食べないんだ」
富江「とりあえず手洗って、荷物全部部屋に持ってっちゃいなさい」
昭夫「わかったよ」
昭夫の部屋は二階にある。部屋を開けると学習部屋があるが、机には学習書が散乱している。
昭夫の進学しだ大学は、後期入試で滑りこんだ大学であったため、部屋を片付ける余裕はなかった。
入試前最終日に使用した現在通っている大学の過去問集が開きっぱなしになっている。
「…なんか、時が止まっているかのようだな。」
半年前の記憶が昭夫の中で鮮明によみがえる。
「…卒業式、行きたかったなあ。」
高校の卒業式は前期日程と後期日程の間で実施される。昭夫には後期入試の対策のため、卒業式に参加しなかった。
それから幾何もの間、過去の思いをはせただろう。
「昭夫ー、はやくした降りておじいちゃんにおてて合わせてきなさい」
富江の声が聞こえる。
「わかったよ、ちょっとまっててくれ」
昭夫が答える。
仏壇は食卓から見えるところにある。家族で食事を囲むときに一緒に中に入って楽しんでもらうためだという。
祖父は昭夫が中学生になったばかりのころに亡くなった。昭夫にとってはとても愛情あふれた、慈悲深く面白い存在であった。祖父の名前は忠義。いつも昭夫のことをかわいがってくれていた。
仏壇には忠義おじいちゃんの笑った写真がある。屈託のない、とても明るい笑顔である。
仏壇を見ると、そこには真っ赤な林檎が供えられてあった。
昭夫は線香を折り、蠟燭にくべるとお鈴を一ならしし、手を合わせた。
「おじいちゃん、、、。僕、サッカーで優勝したよ。」
昭夫は大学に入ってから、中高と続けてきたサッカー部に所属している。
最初はテニスサークルにしようと思ったが、硬式と聞いてやめた。
仏間の荘厳な雰囲気に、昭夫は改めて実家へ戻ってきた思いを反芻する。
林檎の赤みは透き通るように美しく、蝋燭の炎の光をガラスのように反射する。
昭夫は、林檎を見つめ、母親に悟られぬようそっと手に取り、裏返した。
裏にはシールが貼られてあり、「清美の特産りんご 03.25」と書かれてあった。
「…時が止まっているかのようだ」
昭夫は息を呑んだ。




