第五話 死神とニホンジン
まさかの日本人登場。
"平たい顔族"ってワードを使いかけましたが、パクリになるといけないと思い止めました。(某漫画より)
ミグレクト侯爵家の屋敷で起きた事件から数日が過ぎた。ワッツもタニアも2日ほどで体調が回復し、再び穏やかな日常がーー
「セシル君!タニアさんの屋敷でお父上を救われたって本当ですの!?ぜひ!ぜひ、わたくしの屋敷にもいらして欲しいのですけれど!」
「セシル君!!私、最近眠れなくて…怖いの。助けてくれませんか?」
「セシル君!!!王国騎士団の方と懇意にされているとか…将来は騎士団に入られるの?!私の兄も騎士団に所属し…」
「ご、ごめん…ちょっとお手洗いに……」
セシルにとっては穏やかではなかった。以前にも増して、女生徒たちからのアタックが頻発し、セシルはこうしてトイレの大便所に逃げ込む朝が続いている。
「セシル君、僕だよ。ワッツだけど。……大変だね。噂の出所はやっぱりタニアさんなのかな」
ドアの前で話しかけてきてくれるワッツの優しさだけがセシルのここ最近の唯一の癒しだった。
「僕は結局何もしてないのに…迷惑な話だよ」
一限目開始の予鈴が鳴り、トイレから出てきたセシルはワッツの陰に隠れるように教室へと戻った。
一限目は魔法史の授業だが、教室に入ってきたのは担当教師ではなく、セシル達のクラスの担任教師であるエディウスともう1人ーー黒髪に金のメッシュが入った短髪で彫りの浅い薄顔の少年だった。
「授業の前に、新しく編入してきた…ア、アソージン?君だ。みんな、仲良くしてやってくれ」
「うっす!麻生 迅です!よろしく!!」
明らかにこの国にいる人間とは顔の造りが異なる。見たことのない人種にクラスの面々は静まり返っていた。
「反応薄ぃーな。元気だしてこーぜ!!元気があれば何でも出来る!ってな!」
麻生の一言で、さらに温度差が開いてしまった。担任のエディウスも若干ではあるが引いている。エディウスの指示で空席だったセシルの前の席に腰を下ろす麻生。
「おっす!よろしくな!みんな緊張してんのか?えらく静かじゃね?」
「あーえっと…う、うん…そうだね。僕はセシル。よろしく」
凹凸の少ないサッパリとした顔をしているというのに、この圧の強さは何なのだろう。この国にこんなにも暑苦しい人間がいたのかと驚かされていた。エディウスと入れ替わるように魔法史の担当教師が入ってきて授業が始まっても尚、麻生からの絡みは続いた。
ようやく午前の授業が全て終わり、昼休みを迎える頃にはセシルは普段の倍、疲弊していた。
「なぁ!セシル!メシってみんなどこで食ってんだ?案内してくれよ」
これは学校が終わるまで解放されそうにないと、ゲッソリしていたセシルであったが、一つだけ麻生が絡んでくることで受けられる恩恵に気が付いた。麻生が邪魔で、女生徒たちがセシルに近付けないのである。
ワッツも巻き込み、セシルは麻生を連れて食堂へ向かった。歩いている姿を近くで見ていて気付いたことだが、麻生はガタイがいい方なのかもしれない。ピタピタという訳ではないが制服の袖や胸まわりにあまりゆとりがない。これはサイズが合っていないのではなく、身長と肩幅に合わせてサイズを選んではいるが標準体型よりもボリュームがあることになる。
「アソーは何か武道を嗜んでいるのか?」
「麻生だなんて他人行儀じゃねぇか!ジンでいいぜ!なになに?興味あんのか?ああ、やってるぜ!…あ、いや……"やってた"になんのか…んなことよりメシメシ!さっさと案内してくれ!」
一瞬、麻生の表情に陰りが見えたが、はぐらかされてしまった。食堂に到着してからも、セシルたちは麻生の行動に驚かさーーいや、ドン引きさせられっぱなしだった。ワッツは白身魚をフライドしたサンドウィッチ、セシルはパンと肉を煮込んだ具沢山スープ、麻生はステーキ7皿を注文した。
「あ、あのさ…そのステーキ、シェアするつもりとかじゃ…ないよな?」
「ん?セシル!お前…俺の肉狙ってんのか!?悪ぃけど、いくらダチでも肉はやれねぇかんな!」
「いや、いらんし。もういいや…」
テーブルの上の圧倒的なボリュームに、奇異の目にさらされながらのランチとなったセシルたち。食事を済ませ落ち着くと、ワッツは皆も気になっていると思われることを麻生に尋ねた。
「ジンくん…あの、君はこの国の人ではないよね?見た目もそうだし、名前も聞いたことのない感じだから…」
少し苦しそうに腹を摩っていた麻生はワッツの質問を聞くなり、神妙な面持ちになった。やはりデリケートな内容だったのだろうかと、セシルとワッツは息を呑んだ。
「この国っていうか…そうだな。いやぁ、実は自分でもよくわかんねぇんだわ!ハハ!」
「……え?」
麻生の話によると、彼は"ニホン"という国で"カラテ"という武術の大会に出場していたとのことで、試合の最中に相手の上段蹴りへのガードが遅れて首筋に受けたという。当たりどころが悪く首の骨が折れたような感覚があったらしいのだが、そこで視界が真っ暗になり気がつくとこの学院内の演舞場に倒れていたという。
「ニホン?カラテ?聞いたことない名前ばかりだ…それで演舞場に?ど、どういうこと?!」
「いや、わかんねぇ…首の骨なんて折れたら死ぬだろ、普通?なのに、気が付いたら無傷なんだよ。ヤバくねぇか?しかも、大会の会場ですらない場所で目覚めて…意味もわからずこの学院の警備兵に引っ捕らえられて投獄された時は人生詰んだって思ったぜ!ハハハッ!」
「投獄!?いやいや笑い事じゃないよ…波瀾万丈すぎる」
セシルは思い返していた。自身も同じような境遇であったことを。保護者として拾ってくれたユドラ伯と出逢う前は、名も記憶も失っている状態だった。
半年ほど前ーーラグナス王国の隣国、ウルド帝国の干ばつ地帯で目が覚めたセシル。自分が何者なのかも分からず、ただ彷徨い歩く日々。やがて空腹に倒れるが、そこを偶然通りかかったラグナス王国の奴隷商人に拾われ命を繋ぎ止めることが出来た。過酷な環境のウルド帝国にいれば、間違いなくそのまま野垂れ死んでいたことだろう。
特にラグナスとウルド間の国境越えは商人の免罪符がなければ非常に難しいため、奴隷商人とはいえ商人に拾われたのは幸運かに思われたーーしかし、連れて行かれた先は地獄だった。
買い手が見つかるまでは1日2回わずかなパンくずと水のみが与えられ、不衛生な檻で管理されるだけだった。幸い、セシルは完璧なまでに顔立ちが整っていたこともあり、すぐに貴婦人の目に留まり買い取られることが決定したが、並の奴隷であれば買い手が見つかる前に劣悪な環境で身体を壊し息絶えてしまう者も少なくない。
買い手への引き渡し当日、セシルは行動に出た。引き渡しの際に檻から出したところ、セシルは隙を見て脱走したのである。ラグナス王国はウルド帝国と違い緑豊かな大地のため、食には困ることがなかった。野草を食べ、川の水を飲み当てもなく歩き続きること数日、セシルは自分の中に眠る不思議な力を自覚し始めていた。
野を駆ける草食動物の姿を見ていた時、急に頭が痛み出して視界に映る景色が一瞬でモノクロの映像へと変わった。草食動物が駆けて行った先で獰猛な野獣に食い殺されてしまう映像を。映像がそこで切れると、目の前にはまだその草食動物が駆けている姿がそこにあった。
そんな体験を数回経験した後に辿り着いたのが、ユドラ辺境伯が治めるトロワ領の目と鼻の先にある街道である。セシルはここでユドラ伯と運命的な出逢いを果たしたのであった。
「でもよ。演舞場で俺の姿を見てたイレニア学院の理事長かなんだかわかんねぇけど…爺さんがさ、牢まで面会に来てくれたんだよ。俺の恵まれた体躯と身体能力を正しいことに使えるなら出してやろうってな。学院で魔法や武芸を学んで王国に尽くせる人間になりなさいってことで、寮に入ったって訳よ!んで、今に至るって感じだな!」
イレニア魔導学院、理事長ーー理事長でありながら、イレニア大聖教の枢機卿でもあるラーニャ・グラトニウス。麻生の話からも推測できるように、彼は愛国心の強い男で、それはラーニャの祖父の影響でもあった。学院の創始者であるブロワ・グラトニウスはラグナス王国を絶対的な強国にするため、兵士や騎士団員が魔法を使えるようにと魔導学院を創設したと言われている。いわば、創設当時のイレニア魔導学院はラグナス王国の強兵を育てる機関としての意味合いが強かった。
現在は昔ほど戦が多くなくなってきたこともあり、卒業後は兵士以外の進路に進む者もいるが、それでもやはり今も卒業生の7割は王国の兵や騎士団に所属することが多かった。
「てことは、ジン君はここの寮が実家になるんだ!?でも、そのニホン?ってところはどの辺にあるんだろうね…」
「いや、ほら。よくあるやつ。異世界転生とかそーいうんじゃね?」
「イ、イセカイテンセー?き、聞いたことないなぁ…」
「いや、もしくは別の次元の世界…とか?」
たしかに未知の国、異なる文化、種族ーー本当にこの世に存在しているのかと考えるのも無理はない。そうであれば、この世とは別の世界という発想にも至るだろう。ここで、セシルはネガティブな一説が頭に浮かんだ。別次元の住人といえばーー"悪魔"ではないのかと。
午後からの授業も終わり、皆が寮に帰っていく中、セシルはリエリカにこのことを相談すべきか悩んでいた。
そんな勘ぐりをされているとは知るはずもない麻生は、寮の部屋で1人苦しんでいた。
ーーな、なん…だ…景色が歪んで…見える。うっ、頭いってぇ…どうしたってんだよ俺……
麻生は頭痛と眩暈でふらついた拍子に、テーブルに置いてあった水の入ったコップを落としてしまった。そのはずだったがーー傾いたコップと溢れ出た水は一瞬の間、空中で静止した。
「は?……な、な、なんじゃこりゃああぁぁぁっ!?」
しかし、麻生の驚きも束の間、すぐにコップは落ちて割れ、水も床に落ちて水溜りになった。
新キャラ、ちょっとヤンチャな香りがする暑苦しい男、麻生くん。
17歳、空手の全国大会に出場する実力者だが、不慮の事故で異世界転生しちゃった不運なヤツ。
女の子を前にすると、緊張しちゃう童…いや、これは皆まで言うまいよ。




