第二十話 戦乙女と世界蛇
今回は色々盛り込んだのでちょっと情報量が多いかもしれません、、、
「セシル君、あなたもそろそろ本当のことを話した方がいいと思うの。この奥へ進むのなら尚更…ね」
この奥ーー修練窟の先に待つものと自身の素性に何か関係があるのか。疑問を感じつつもリエリカの話を神妙な面持ちで聞いていたセシルは立ち上がって麻生とグレイスの方を向き、軽く深呼吸をする。
「ふう…ジン。グレイス。さっきの悪魔も呼んでたからもう気付いているかもだけど、僕はこの地上の遥か下の世界"奈落"に住む死を司るタナトスという神…だった。ヴァサーゴとの戦いの後、神だった頃の記憶が少しだけ戻ったんだ。黙っていてごめん」
他人の口から聞くのと、改めて本人から聞くのとでは真実の重みが違う。この世界に転生して同じ学院の友人として接してきた男が死神であったという衝撃は、そう簡単に受け入れられるものではないはず。だが、麻生は良い意味で単細胞だった。
「ヴァサーゴもお前のこと死神って言ってたしな…さすがにバカな俺でも薄々気付いちゃいたぜ。でもそんなことはいいんだよ。だって、今のお前はセシルなんだろ?ならそれでいいじゃねぇか」
「うん。僕はセシルだ。ありがとう」
まだ知り合ってそんなに日が経っている訳でもないが、すでに何度かの死線を潜り抜けてきたことでセシルと麻生の絆はすでに固く結ばれていた。人間であろうが神であろうが、もはや2人の関係はそんなことでは揺らがないーーそんな様子だった。
しかし、グレイスはまだ知り合って2日目。初めて遭遇した人間ーーだと思っていた人物が実は人ではなく神だったのだ。良くも悪くも真面目なグレイスにとっては麻生のように簡単に受け入れられるはずもなかった。
「私は…生まれながらに高い魔力を持つエルフ族でありながら魔力を持たない里でもはみ出した存在です。だからこそ強くなりたい。その為に関わったことのない人間という種族でも致し方なしと同行を申し出ました。ただ…セシルさんが神だというなら、その旅路は計り知れない苦難の連続だと思うんです。私のような些末な存在など、今は良くてもいずれ足手まといにしかならないかと……」
同族内における劣等感。グレイスの心の闇は根深く、エルフよりも劣る人間であればその劣等感も感じずに済んだのかもしれないが、畏怖すべき神と行動を共にするとなれば、その心の闇はたちまち姿を現し彼女を蝕むだろう。やはり、この先、彼女を連れていくことは酷なことなのかもしれない。しかし、セシルは真っ直ぐグレイスの目を見て語った。
「グレイス。黙っていたことは謝るよ。でも僕は神であったというだけで、今は何の力も持たない空っぽの器なんだ。ジンやグレイス、リエリカと出会って僕は人としてほんの少し成長できたと思ってる。君を足手まといだなんて思うことはないし、互いに足りない部分は補い合って共に成長していきたいと思ってる。だから、これからも力を貸してほしい」
神にここまで言われて断るほど彼女は冷酷ではない。これまで誰にも認められてこなかったグレイスにとって、セシルの言葉はどんな賞賛よりも深く刺さった。少し瞳を潤ませながらグレイスは静かに頷いた。
セシルの話がひと段落したのを見計らって、ようやく自分の番が回ってきたと、リエリカはおもむろに甲冑を脱ぎ始めた。
「ちょ、リ、リエリカさん!?な、何のご褒美!?お、俺、魅了されてただけで何も頑張れてねぇけど!?」
「ジン…あなた、それ言ってて恥ずかしくないの?」
さきほどまでの空気が台無しになる麻生の一言にグレイスの辛辣なツッコミに麻生は顔を真っ赤にして黙った。
ルナの言っていたオリュンポスの支援者というのはヘルメスのことだろう。では、オリュンポス以外の支援者と表現されたリエリカは一体何者なのか。甲冑を脱いだリエリカはショートパンツにショート丈のタンクトップ姿のラフなスタイルになっていた。肌面積が一気に増えたことによってリエリカの均等のとれた美しいボディラインが露わになり、思春期を爆進中の麻生は少し前屈みになった。
「アソージン君、これはご褒美じゃない。期待させて悪いわね。説明するよりも見てもらった方が早いと思う。私は……」
リエリカの身体がほんの少し地面から浮いている。次の瞬間、リエリカの背中から純白の翼が広がった。そのあまりにも美しく神々しい姿に3人の口をついて出た言葉は皆、同じだった。
「……天使じゃん」
「フフ、ハズレ。私はオリュンポスとは別の天上の宮殿ヴァルハラからやって来た主神オーディンに仕える神の戦士、ヴァルキュリア」
リエリカの任務は、地上へ顕現したソロモンの悪魔たちとの決戦に向け、オーディンの命に従い強き魂を持つ戦士をヴァルハラへ招聘するために地上へ下り騎士団に入ったという。騎士団には王国中から腕に覚えのある者たちが集まってくる。そこで戦士の品定めをしていたのだという。
「悪魔への対抗策を講じていたのはゼウス様だけじゃなかったんだね…オーディン。名前くらいは聞いたことがあるよ」
「マジで!?オーディン!?あの斬鉄剣の!?え、闇属性!?」
「えっと…どのザンテツケンかはわからないが、たぶん違うわね。闇属性でもないし…」
「このおめでたいお頭のバカと私以外、皆さん神族なんですか…な、なんかもう吐きそう…です」
「あ、私は神族ではないわ。ただの天上人よ。とまぁ、私の素性はこれくらいにして…実はここに来たのはヘルメスから急な救援要請があったから。グレイスさんには少し言い辛いのだけど…」
エルフの隠れ里のエルフは死者こそ出ていないが、生気を吸われほぼ皆が床に伏せっており、レイアークに至っては意識不明の重傷を負ったということ。里自体も焼き討ちの影響で甚大な被害が出ているという。それをやったのがウルド帝国の三魔将、ルナ・ディアスであった。危機を感じ取ったヘルメスはニアミスで身を隠して事なきを得たが、セシルを探していたルナの様子から修練窟に向かったと推測しリエリカに助けを求めたのだ。
「そ、そんな…レイアーク様が……里まで…すみません!私、里に戻ります!!」
「待って、グレイスさん!里の救助活動は今、ラグナス王国の騎士団で行なっているわ。治癒魔導士と消火活動で役に立つ力自慢の兵を連れて来ているから、不安はもっともだけど、少し落ち着いて」
「リエリカ。故郷が滅ぼされかけたんだ…行かせてあげてもいいんじゃないの?」
「いいえ。修練窟は宝玉の力で一度入ると個々人の能力が上がらない限り出ることが出来ない掟があるのよ」
そんな闇ルール聞いてないんですけどーーといった悲愴感あふれる顔で麻生がこちらを見ている。修練窟の管理を担っていたエルフ族のグレイスでさえ修練窟に入るのは初めてだった為、そのような掟が存在するとは思っていなかった。
こうなった以上、それぞれの成長なくして脱出は不可能という強制力の影響でセシルたちは進まざるを得なくなった。
「そんな…」
「先を急ごう。リエリカは…どうするの?」
羽根を仕舞い再び甲冑を身につけていたリエリカ。彼女は修練窟の掟を知った上でここに来ている。当然、そのまま引き返すことは出来ない故、セシルたちに同行し共に最奥の宝玉の間へと向かう腹積りであった。
一波乱あったものの、リエリカを加え4人となったセシルたちは目的を果たすため再び進み出した。
「ヘルメスとセシルの野朗3人でメレルの森に来た時はむさ苦しいパーティだと思ってたけどよぉ…いやぁ〜華やかになりましたなぁ!セシルさんよぉ!」
リエリカが加わったことで、麻生のテンションがおかしくなった。思い返してみればその予兆はすでにあった。セシルと麻生の2人で修行するためバルフレア王宮に訪れた時、リエリカがセシルの教育を受け持ち、麻生は"筋肉"という同じ属性のダンに当てがわれた際、ひどく不満を漏らしていた。
「ジン…グレイスは落ち込んでるんだ。もうちょっとテンション抑えなよ」
正論。ぐうの音も出ない正論を真顔で言われ、麻生は肩を落として黙りこくった。そこに母性の塊、リエリカがフォローを入れる。
「重い空気を和らげようとおバカな役を買って出たのでしょ。胸を張っていいと思うわ」
ーー天使!!
麻生のテンションは再び、しかし静かに火を噴いた。大胸筋をピクピクと動かしながら上機嫌に歩いている。魔物が現れれば率先して前に出て退治するなど順調に進んでいき、ようやく階段に辿り着いた。
様々な意味でリエリカがいることによる恩恵があり、上の階層よりも労力を費やすことなく下の階層へと進んでいく。
そして、ついに最下層と思われるところまで到達した。明らかに他の階層とは異なった造り。そこの見えない谷に真っ直ぐに伸びた石造の橋。その先に地下とは思えない古代の神殿が存在している。神殿の両脇からは滝のようにそこの見えない谷底へと水が流れ出ており、大森林の地底にこんな場所があることに改めて驚きを隠せない一行であった。
「きっと、あの神殿の中に宝玉があるはずです。向かいましょう」
しかし、リエリカとグレイスはあることに気がついた。橋に落ちている小石がわずかだが小刻みに震えている。足の裏からは感じ取れないほどの微弱な振動はやがて、身体で感じるほどの揺れになった。
「な、ななな、なになに!?地震か!?こんな地下で地震とかマジかんべんありえねぇんだけど!?」
「いや、地震ではない。何かが底から近づいてきている…」
リエリカの言葉通り、橋を支える支柱に巻き付きながら這い上がってきたのは想像を超える大蛇のような魔物だった。鱗の一枚一枚が大きく岩肌のような質感をしており、その鱗が支柱に擦れることで橋が揺れていた。這い出てきた頭から人でいう腹あたりまでは視認できるが尾にあたる末端の部分はまだ谷底なのか全長が見えない。
「あれは…ミドガルズオルム!!」
「リエリカさん、ご存知なのですか?!」
「別名"神殺しの竜"。しかし、どうしてこんな場所に…」
「まぁとりあえずラスボスってやつだろ!オーケー!オーケー!修行前の肩慣らしだ!やってやろうぜ!!」
4人は一斉に武器を構え戦闘態勢に入る。4人の行手を遮るかのように甲高い咆哮を上げながらミドガルズオルムは身体を畝らせて突進してきた。セシルは右に避け、リエリカとグレイスは飛び上がって回避しながら矢と魔法を放った。麻生は真正面から迎え追突する寸前に頬に拳を穿った。
しかし、リエリカの魔法もグレイスの矢も背中のウロコに弾かれ全くダメージが通っていない。唯一、麻生の拳がミドガルズオルムの進行を僅かに右へずらしたが、蚊に刺された程度のダメージであることは明白だった。
「硬すぎんだろ…」
殴った拳のほうが逆にダメージを受けている。魔法で滞空していたリエリカは剣を構えて一気に急降下していく。背中に向けて真下へ降下し勢いに任せて突き刺した。刃が通りはしたものの、ミドガルズオルムの体の幅は直径2mほどあり、刃渡り1m弱の剣が刺さっても致命傷にはならない。ミドガルズオルムは痛みに怒り出したのか、身体を激しく畝らせ始めると、その波にリエリカは飛ばされた。
その隙をついてセシルは初っ端から魔剣の剣閃を放った。剣閃は表面にヒットしたが、これもかすり傷程度にしか傷を付けることができなかった。
「魔剣でもダメなのか…」
「打倒、悪魔のためにここに来て悪魔より強ぇヤツ相手にするとかおかしいだろ!ヘルメスの情報どうなってんだよ!!」
グレイスは走り回ってミドガルズオルムの目に向けて矢を放っているが、激しく動き回られていては当たるものも当たらず、誰の攻撃も決定打にはならなかった。
「ジン!アレ!ワールド・ワイド・なんとか!時間止めるやつ!それでグレイスのサポートを!」
「ザ・ワールド・タイムレスだ!チクショウ!やってやらぁ!!」
グレイスが照準を合わせた瞬間、麻生は身体中に力を込めて叫んだ。麻生以外の全ての時間が停止した。流れ落ちる滝も水飛沫も宙で静止している。
ーーここで止めても時間と共に蛇も動き出したら結局当たらねぇよな…一瞬でも何とか動きを合わせるようにしないと…
麻生はジャンプしてミドガルズオルムの頭に飛び乗り、頭頂部に拳を振り下ろすポーズを取ったところで滝が再び流れ出し、矢がミドガルズオルムへと飛んでいく。頭の上の違和感にミドガルズオルムは振り下ろそうと暴れ出すと、やはり矢の進行方向から目の位置がずれてしまった。しかし、それを予測していた麻生は矢が迫る直前に、拳を強くミドガルズオルムの頭頂部に叩きつけた。拳から放たれた真下に走る衝撃によってミドガルズオルムの頭部は下方へと戻され矢の照準と合致すると、矢は見事にミドガルズオルムの目に突き刺さった。
「っしゃあーっ!!どうだ!俺とグレイスの初めての共同作業!!」
「誤解を招くような言い方は止めてください…」
2人の活躍でようやく与えることのできたダメージに全員の士気が上がったが、それは同時に大蛇の逆鱗に触れたということを4人はまだ把握できていなかった。
ギリシア神話をベースにしていると作品説明に記載しておきながら、20話目にして北欧神話まで絡んでくるという、、、いや〜カオスですね。
北欧神話に登場する戦乙女はワルキューレやらヴァルキリーやら様々な呼び方があるみたいですが、ヴァルキュリアという名称にしてみました。
死者の魂を運ぶタナトス、英雄の魂を運ぶワルキューレ、伝令の神ヘルメス、、、
この作品の登場人物、運び屋ばっかりやん!←言い方




