第十八話 招かれざる客
いよいよ修練窟に入るセシルたち。
しかし、不穏な影が近づいていることを彼らはまだ知る由もなかった。
「おはよーございまーす」
「ん、んん…やあ、ジン。おはよう。早いね」
里で借りた1枚の布の上で川の字になって一夜を過ごした男3人。ヘルメスは左端、セシルは右端。麻生の顔はどこか疲れており、目元が黒い。
「ああ!寝てねーからな!今なら気功砲だって出せるぜ」
中央の寝心地はそんなに悪かったのだろうか。麻生のテンションがおかしなことになっている。麻生の騒がしい声にヘルメスも目を覚ました。
「ふわあぁ…君たち早いっすね。やる気十分ってカンジっすか?」
「おうよ!今なら空だって飛べるはずだぜ!」
(セシル君、この子どしたんすか?前から頭おかしいとは思ってたすけど、今日は一段と…)
(眠れなかったらしいよ)
そこにグレイスが木の上から飛び降りてきた。手にはたくさんの木の実を持っている。紅一点ということもあり、グレイスは木の上で1人夜を過ごし、誰よりも早く目覚めて朝ごはんの代わりになるような食材を集めていたのだ。
「朝から騒がしいですね。これなら食べながら移動できますし、そろそろ向かいませんか?」
木の実を頬張りながら後片付けをして一行は修練窟へと歩き出した。今日は昨日よりも森が静かだ。鳥や小動物たちの姿もなく、まるでを息を潜めているかのように。麻生は気付いていないようだが、セシルとヘルメスは何か違和感を感じていた。
しばらく歩いて木の実を食べ尽くした頃合いに目的地へと到着した。森の中に岩でできた"かまくら"のような穴蔵が不自然にあるだけだった。女王が言っていた通り、岩肌には苔が張り長い間誰も入った痕跡がない様子で、入り口には蜘蛛の巣が張り巡らされている。そこに近くの草陰からエルフの男が出てきた。
「誰だ、君たちは…って、グレイスか。じゃあ、あんた達が修練窟に挑むっていうラグナス王国の人たちだな?」
「ええ、そうです。でも、メイナード。どうしてあなたがここに?」
「レイアーク様に言われて様子を見に来ただけさ。何か変なことでもしないか見張っとけってことだろ。俺のことは気にせず進んでくれ」
「それじゃ、みんな頑張るっすよ〜」
「は?!ヘルメス!あんたは来ねぇのかよ!?」
「だって、俺、神だもん」
修練窟の使用は許可されたが信用はされていないということらしい。よそ者嫌いのエルフらしい判断だ。薄情なヘルメスに見送られながら一行はメイナードに軽く頭を下げると、穴蔵から地下へと続く階段を下りていった。
中の通路は岩壁に燭台こそあるものの蝋燭はなく真っ暗闇であった。先頭のセシルが指先から光球を出し浮遊させ、前を照らしながら進んでいく。
「な、なんか…思ってたのと違うな…これ、ただのダンジョンじゃね?」
「ええ、そうよ。ここは迷宮になっていて最奥には、触れると自身に眠る魔力を呼び醒ますとか、新たなチカラを手にすることができるとか言われているそんな宝玉があるの。定かではないけれど」
「定かじゃねぇのかよ…眉唾すぎねぇか、それ」
進んでいくと坑道のような道から次第に石を加工したブロックを積んだ人工的な壁へと変化した。誰が何のために作り上げたのか謎だが、どうやらここからが修練窟ということになるようだ。そして、行く手を阻むものが現れ始めた。
「なあ、こいつらって例の悪魔が作り出した魔獣ってやつか?」
「いえ、たぶん違うわね。レイアーク様の話では、この修練窟に溜まった魔力がもともと棲みついていた獣を変異させた"魔物"らしいわよ」
魔獣ほど強力ではないものの、獣よりも凶暴性が増しており姿形も獣であった原型をわずかに残しながら、全く別のおどろおどろしい容姿をしていた。3人は斬って殴って射抜いて、初めてにしては上手く連携をとりながら奥へと進んでいき、そして階段を見つけた。
その頃ーーエルフの隠れ里では異変が起きていた。
「ねーえ、ここに学生のふりした死神が来てなかったあ?」
「し、知らぬ…何…者だ、き、さま…」
「知らないなら名乗る必要ないっつーの」
女が握力を込めると、戦士は瞬く間に肌からツヤがなくなり、しわしわの年老いた姿へと変貌した。
「まっず。見た目若いからワンチャンあるかと思ったけど、やっぱ数百年生きてるジジイの味がする…サイアク〜」
戦士はゴミのように投げ捨てられた。逃げ惑うエルフたちを女子供容赦なく1人また1人と女は捕まえて同じ問いと行動を繰り返す。
「あーもう!だっれも知らないじゃん!死神ちゃんほんとにここに来たのかしら〜」
「そこまでです!これ以上の狼藉は許しません!!」
里で暴挙を働く女の前に女王レイアークが立ち塞がった。レイアークは両手に魔力を込めている。すでに臨戦態勢だ。
「あらぁ?有力情報を知ってそうな人がいるじゃなぁーい。あたしはウルド帝国三魔将が1人、ルナ・ディアス。死神ちゃんを探してるの。あなた、知ってる?」
「答える義理はありません。早々に立ち去らなければ攻撃します」
「めんどくさ〜はいはい。じゃあ、話したくなるようにするわよ」
ルナもまた手に魔力を集め始めると、レイアークはすかさず両手を合わせて魔力を合体させるとそこに魔法陣が現れた。そして、その魔法陣からレーザー砲のような巨大な光線を放った。
「うわ、すご」
迫り来る光線にルナは飛び退くが、レイアークは魔法陣の向きをずらして地面の土を抉りながらルナを追従させていく。強敵を前に、もはやレイアークも里へのダメージは考慮に入れていない。
「しつこいな〜。だったら…」
ルナは立ち止まって何もないところから黒い扇を取り出すと、力任せに右から左へと扇を薙ぎ払った。そこから暴風が発生し光線が一気に反対方向へと向くと、魔法陣を突き破ってレイアークを直撃し大爆発を起こした。土煙が舞う中、ルナは扇を閉じた。
「ふう…チョロいチョロい。あ!やば。死神ちゃんのこと聞く前に倒しちゃったじゃん!もう!!」
慌てて土煙の中に走っていくと、全身から血を流し倒れているレイアークがいた。どうやらまだ息はあるようだが、瀕死に近い。ルナは屈み込んでダメ元で尋ねてみた。
「おねーさん、死神ちゃん知らない?あたし、ファンなんだ。だから会いたいな〜って。教えて?」
レイアークは何やらか細い声で答えているが、何を言っているのかわからない。
「わっかんない。もーいーよ。自分でさがしまーす」
諦めたルナは目を閉じて、魔力の残滓を探るように立ったまま瞑想を始めた。しばらくして何かを発見したのか、目を開くとルナは背中から漆黒の羽根を広げその場から飛び立ち、一瞬にしていなくなった。
階段を下りて下の階層に来たセシル達3人は変わらず魔物を倒しながら進んでいたが、ここで麻生が呟いた。
「これ、どこまで続いてんだろな…全然終わりが見えねーけど…三日三晩寝ずにダンジョン攻略とかヤダぜ、俺…」
「それは私も嫌です。そんなにはかからないと思いたいですが…」
「たぶんだけど…少なくともあと5階層くらいは下だと思う。強い魔力を底の方から感じる」
「ウソだろ…丸一日はかかりそうだな、それ…。つーか、ここ入ってからどれくらい経ったんだろな」
「まだお昼だよ〜」
突然聞き覚えのない声が会話に入ってきて驚いた3人は声がした方を向く。
そこには妖艶な姿の女性が立っていたが、3人はその女が人間でないことがすぐにわかった。ポニーテールにしたプラチナブロンドの髪、その側頭部から猛牛のような湾曲した鋭い角が生えている。
「な、なあ、あれって見るからに悪魔…だよな?……めちゃ美人だけど」
「あれが…悪魔……」
初めて目にする悪魔らしきその姿にグレイスは戸惑っている。角以外は人間とさほど変わらない姿形をしていたからだ。
「ジン、グレイス…逃げた方がいいかも。あの人、王宮に攻めてきたヴァサーゴってやつと同じくらいの魔力だ」
ほとんど感情を表に出さないセシルが明らかに戦慄している。しかし、こんな閉所、ましてや歩いてきた方向に立っている相手を前に逃げ場などある訳がなかった。選択肢は1つーー奥へと突っ走る以外ほかにない。
「え、待って。死神ちゃん…めちゃくちゃイケメンじゃん!うっそ、ヤバ!タイプかも〜!あたし、ルナ・ディアス!死神ちゃんは?」
状況に相反した悪魔のノリの軽さに麻生の顔は引き攣り、グレイスはただただ目を丸くしている。はしゃいでいる悪魔の女を横目にグレイスはセシルに耳打ちした。
あの、セシルさん…気に入られてるみたいですけど…なんとか説得できないですか…?)
(……無理だよ。2人は逃げて。狙いが僕なら引きつけられるかもしれないから)
「おい!セシル聞こえてんぞ!アホか、テメェ!お前を残して逃げられる訳ねぇだろ!」
「ちょっと〜無視しないでよ〜。死神ちゃん、セシルっていうんだ。ねぇねぇ、セシるんって呼んでい?てか、あたし、他の2人に用はないからさ。ここ通って地上に出なよ」
「今取り込み中だから黙ってろ!」
「あんたさあ…あんま調子のらないでよね。遠回しに2人きりにしろっつってんだよ。空気読め脳筋」
甘ったるい口調のルナが突如、口調を乱し丸かった瞳孔が猫のように縦に細長くなった。明らかに威嚇態勢に入ったルナの豹変ぶりにセシルは麻生たちの前に出て身構えた。
「やるしかない…みんな、あれはきっとサキュバスだ。掴まれたら生気を奪われるから気をつけて!」
「精気!?お、おま、ちょっ、この歳で不能とかはカンベン願いたいぜ…」
何か勘違いしている麻生を憐れみの目で一瞥すると、グレイスは矢を構えた。
「はぁ…あたしの恋路ってどうしてこう上手くいかないんだろ。もう……食べちゃうゾ」
舌なめずりをしたルナの深紅の指の爪が短剣ほどの長さまで伸びると、その手で小指から順に折っていくように妖しく手招きをしてきた。
「上等だコラァ!!」
密閉された逃げ場のないダンジョンで今、三魔将ルナ・ディアスとの戦いが始まる。
どこぞの作品に出てくる淫夢サービスで生計を立てているサキュバスとは違い、うちのサキュバスは敵国の将軍を務める強い娘さんでした。
エロい見た目のルナに思春期真っ只中の麻生くんが反応するかと思いきや、今回は友達思いな熱い男でした。
(一部誤解はありましたが、、、)




