第十一話 窮地
敵国の将、アスタロトの強大な魔法によって窮地に追い込まれたラグナス王国騎士団。
この戦争の結末は如何に、、、
ウルド帝国、騎竜兵団長アスタロトが上空にて魔法を発動させる数刻前ーー
バルフレア宮殿から出発したラグナス王国騎士団の増援の馬車は王都とザイオン砦を結ぶ中間地点を進んでいたが、到着までの時間を短縮するために整備された街道を途中で抜け、直線距離となる悪路に入っていた。
「う、うぅ…きぼちわりぃ…」
激しい揺れに麻生は乗り物酔いしていた。そんな麻生を他所にセシルは外を眺めている。胸騒ぎが止まない。一刻も早く騎士団の皆を撤退させなければ、ヴィジョンで見た惨状が起きてしまう。とはいえ一介の学生が来て撤退を呼び掛けたとしても、誰が聞き入れるだろうか。勢いで来てしまったが、果たして本当にあの惨状を回避出来るのか。セシルの中で不安が募るばかりであった。そんな中、ザイオン砦まではまだ少し距離がある場所であるにも関わらず、遠い空が黒く染まっていくのが見えた。
「空が…黒く…?」
悪天候とは違う、異様な空の様子に悪寒が走る。さらに増す嫌な予感にセシルは、御者を担う兵士にもっと急ぐよう催促した。しかし、この悪路ではこれ以上の速度アップは無理があり、激しく揺れると荷物も落ちてしまいかねない。セシルは逸る気持ちを抑え、空を見つめた。
そして現在ーー土煙の漂うザイオン砦上空でアスタロトはため息を吐いた。
「…呆気ないものだ。命令とはいえ、やはり大技は味気なくて好かん」
アスタロトは根っからの戦闘狂であり、戦いとは力と力のぶつかり合い、それこそが至高という考えであるが故に、強大な魔法で一方的に蹂躙するのはあまり面白くなかったのだろう。
土煙が次第におさまってくると、徐々にアスタロトの魔法による爪痕が姿を見せ始める。これまで繰り返し行なわれてきた国境防衛戦の中でも、未だかつて見たことのない規模の凄惨な光景がそこには広がっていた。
ザイオン砦の門にあたる部分は跡形もなく消し飛んでおり、砦自体もほぼ半壊状態であった。地面には大勢の兵士たちが伏しており、騎竜兵団のリザーディも立っている個体はなく、皆横たわっている。ラグナス王国の騎馬隊も同様に兵士、騎馬ともに大半が急所を貫かれて息絶えていた。
「な、なんだ…あの魔法は。何が起きた…」
砦から少し離れた場所に作戦本部を築いて、そこから指揮を出していたダン団長は幸い被害を被らずに済んだようだが、眼前に広がる無慈悲な光景に呆然と立ち尽くしたまま固まっていた。
アスタロトは地上を見下ろし、まだ生き残りがいることを確認すると、ドラゴンと共に急降下し作戦本部に向けて襲い掛かってきた。多くの兵を死なせてしまった重責に押し潰された団長を庇うように、本部に残っていた兵士たちが前に立ちはだかって剣を構えるが、ドラゴンの鉤爪によってあっさりと引き裂かれた。それを目にしてようやく我に返ったダンは怒り狂ったように咆哮を上げてドラゴンに殴り掛かった。
「こんなのが敵国の主将なのか…拳で立ち向かってくるなど愚かな…」
しかし、アスタロトの嘲笑はすぐに驚愕の表情へと変わることとなる。ダンの怒りの拳がドラゴンの頬を穿つと、その破壊力はドラゴンの脳を揺らし一気に意識を飛ばした。低空飛行していたドラゴンはそのまま墜落し、アスタロトは咄嗟に飛び降りて後方へと退いた。
「ほう。俺のドラゴンを一撃で伸してしまうとは…面白い!」
「そりゃどーも。次はお前だ!兵たちの無念晴らさせてもらう!!」
両者ともにまだ余裕を見せている。アスタロトにおいては戦いを楽しんですらいる様子だった。2人は同時に駆け出す。戦斧を全力で振り下ろすアスタロトに対しダンは目の前で白羽取りを行ないそれを止めた。すかさずアスタロトの脇腹へとミドルキックをお見舞いするが、手応えがない。
「なに!?硬い!?」
「ぬるいわぁっ!!」
今度はアスタロトが身体で止めたダンの脚を掴んで振り上げ、癇癪を起こした子供がぬいぐるみに当たり散らすかのようにダンの身体を地面へと何度も叩きつけた。恐るべきはアスタロトの腕力である。片手で80kgほどあるダンの身体をボロ雑巾のように扱ったということは、少なく見積もっても70kg以上の握力と100kg以上の腕力が備わっていることになる。
もはやアスタロトの一方的な展開に思われたが、ダンを叩き付けていた地面が間欠泉の如く上に向かって噴き上げるように爆発し土塊が飛び散った。気がつくと、掴んでいたはずのアスタロトの手にダンの脚はなかった。
「ふう…危ない危ない。心地良すぎて一瞬、気を失いかけたぞ」
ダンは地面に叩きつけられる瞬間に気を込めた拳で地面を殴って、地面が噴き上げるに爆発が起きた。そして、その勢いでアスタロトの手から逃れたのである。
ダンの額から血が流れ落ちる。なんとか離脱したとはいえ、常人であれば骨が砕ける力で数回は叩きつけられたのである。ダンの消耗は肩を震わせている様子からも明らかであった。
「上手いこと逃れたか。ガサツに見えて意外と器用だな。いいぞ、もっと俺を楽しませろ!」
「余裕かよ。まだ倒れる訳にはいかん…」
ダンのこめかみから血と汗が混ざり合って流れ落ちる。呼吸を整えようと鳩尾に意識を集中させ、短く息を吸って長く息を吐き出しながら頭の中でアスタロトへの有効打になりうる方法を考えた。気を練って拳に集めた打撃であれば、あの硬い身体にもダメージが通るかもしれないが、気を練るだけの時間をアスタロトが与えてくれるだろうか。おそらく無理だろう。そんなことを考えていると、アスタロトが踏み出すような姿勢を見せた。
ーーマズイ!来る!!
しかし、何かに気付いたアスタロトは構えを解いた。ダンの背後から数台の補給の馬車が続々とやってきたのだ。セシルたちは馬車から降りて、目の前に広がる惨状に言葉を失った。敵味方ともに兵士たちが倒れている。物資を運んできた兵士たちもこの光景に、ただただ立ち尽くすだけだった。
ーーくっ、遅かった。このままではジンもあのヴィジョンで見えたように命を落としてしまう。なんとかしないと。
「しっしょおーーーっ!!」
セシルの心配を他所に、セシルを追い越して麻生が横を駆け抜けて行った。ダンの元へと駆け寄り、麻生は狼狽えている。自分をタコ殴りに出来るほどの実力を持つダンが負傷しているのだ。無理もない。セシルもリエリカを探すが、その姿はなかった。
ーーリエリカがいない…まさかやられたのか?
先日のミグレクト侯に扮していた悪魔を1人で片付けるほどの力量を以てしても、太刀打ち出来ないほどこの戦いは劣勢なのかとセシルは戦慄した。
「ぞろぞろと。まぁいい。まとめて片付ける」
再びアスタロトは腰を落として戦斧を構えると、土を蹴って一気に駆け出した。ダンを庇うように麻生は前に出て、アスタロトの攻撃への防御姿勢をとった。
「バカ者!どけ!!死んでしまうぞ!!」
ーーダメだ!ジン!!
麻生に迫る危機にセシルが魔剣を抜こうとしたその時だった。瓦礫の山となっていたザイオン砦の残骸が爆散し、戦斧を振ろうとしていたアスタロトの前腕が血飛沫とともに宙を舞った。
「…… なん…だと?」
麻生がやったとは思えない。とんでもなく驚いた顔をしている。ダンも動いた様子はない。一体何が起きたのかと、セシルは視線を忙しなく左右に動かすと、アスタロトのすぐ側に剣を振り抜いたまま背を向け立っているリエリカの姿があった。
「リエリカ!」
「見事な太刀筋…俺の腕を飛ばすとは。まだこんな実力者がいたとは、喜ばしい!!」
リエリカの姿を見てセシルが喜んだの束の間、リエリカの脇腹にあたる部分の鎧には穴があいており、そこから血が流れ出ていた。
ーーっ!?
次の瞬間、セシルはリエリカのところまで駆け出していた。
「リエリカ!傷が……」
リエリカの前に来てセシルは青ざめた。脇腹の部分の穴は前側にもあいているーーまるで何かが貫通したかのように。そして、脇腹だけではなく額から脚まで全身から夥しい量の血が流れて出ていたのである。この状態で立っているだけでも驚異的だが、ダンの拳でも通らなかったアスタロトの硬い身体、その腕を落としたというリエリカの執念にセシルは言葉を失った。
「セシル君、来ていたのか…すまないが、あとは…頼んでもいい…かな…」
そう言い残すとリエリカは立ったまま気を失った。セシルはすぐに両腕にリエリカを担ぎ、馬車に向かって歩き出した。
「おい待て、小僧。その女をどこへ連れて行くつもりだ」
「……うるさい。僕が相手をしてやる。待ってろ」
アスタロトの方を見ることもなく背中越しに牽制してきたセシルにアスタロトは若干の恐怖を覚えた。背中からでも分かる、静かな怒りのようなものをひしひしと感じたからだ。
セシルは馬車の荷台にリエリカを寝かせ、兵士に手当てをお願いすると、アスタロトに向き直って睨みつけながら言い放った。
「僕は怒っている。生きて帰れると思うなよ」
いつものアンニュイな雰囲気とは違うその姿は、怒りに満ちているが、どこか荘厳さも感じさせるオーラを放っていた。麻生はおろか、セシルの実力をまだ見ていないはずのアスタロトもその雰囲気に少し気圧されている。
「ほう…デカい口を叩くじゃないか。いいだろう。一撃で仕留めてやる」
アスタロトは全身に力を込めると、切り落とされたはずの腕の切り口から新しい腕が突出するように生えた。
「あ、あいつ人間じゃねぇのかよ…」
傷ついたダンを隣で支えながら麻生はセシルとアスタロトの一騎打ちを固唾を飲んで見守ることにした。
第一節も佳境に入ってきました。
ここで、ちょっと悩みというか表現法に困っていることをボヤきます。←なんの宣言
時代設定的に神話の要素をミックスしているので、古代なんですよね。そこで物の単位をいつもどう言えばいいのか迷うのです。
メートル?フィート?何分?何キロ?
古の時代にそんな単位なくない?表現合ってる?
ま、フィクションだから伝われば何でもいっか!と勝手に納得させて書き及んでおります。←なんの報告




