7
励は目を覚ました。外はもう暗くなっていた。今、何時だろうと励は思った。そろそろ夕飯の時間だろうか。
励が下へ降りようと思い部屋を出ようとした時、廊下が騒がしいことに気付いた。
女の子の声がした。その子は喚いている。
最初、萌ちゃんか羽鳥さんかとも思ったが、二人の声とは違うように励は思えた。となると、一体誰だろう? 女の子には違いない。
それと、もう一人の声も聴こえた。男の声である。
励はその声を聞き覚えがあった。その声は励たちを誘拐した男の声であった。
その声で男が帰ってきたことが励にも分かった。
その女の子は喚いている。もしかして、今日、その男に誘拐された子なのではないかと励は気付く。
男のひどい罵声。改めて聞くだけで、励は鳥肌が立ってきた。それから、扉がバタンと閉まる音が響いた。励は再びその音でビクリとした。
階段を降りる音が聞こえた。おそらく男が降りて行ったのだろう。その音を聞いて、励は一安心する。
ようやくして、廊下は静かになった。
励はしばらく部屋に留まることにした。少ししてトイレへ行きたくなり、励は一階へ降りる。すぐに用を足して、二階へ上がった。
部屋へ戻ろうとして、励は先ほどの女の子のことが気になった。
励の右隣の部屋。昨日まで空き部屋だった部屋の扉が閉まっていた。おそらく彼女はそこにいるのだろう。
励は声を掛けようかと思ったが、一度留まる。考えて、励は自分の左隣の部屋の扉をノックした。
「はい」と、奥から羽鳥さんの声がする。
「小木曽だけど、ちょっと話があって……」
励がそう言うと、ややあって羽鳥さんが扉から顔を出した。
「なあに?」と、彼女が訊く。
「さっき新しい子が来たみたいなんだけど、ちょっとその子に挨拶しようかなと思ってね……」
励がそう言うと、「ふうん」と、羽鳥さんが言う。
「いいんじゃない?」
「それで……」
「それで?」
「羽鳥さんに一つお願いなんだけど」と励は言って、彼女に用件を伝える。
「え!? 私が? なんで?? 小木曽くんが声掛ければいいじゃない?」と、彼女は言った。
「ゴメン……そこをなんとか」
励はそう言って、手を合わせ彼女に懇願する。
「ははーん、さては、小木曽くん、女の子と喋るのが苦手だな?」
羽鳥さんがにやりと笑って言う。
「いや、そういう訳じゃないよ。ただ男子よりむしろ女子の方から行った方がほら……」
励が困った顔でそう言うと、「うん、分かった分かった」と、羽鳥さんは笑って頷いた。
「ありがとう」と、励は彼女にお礼を言う。
励は羽鳥さんと一緒に励の右隣の部屋の前まで行く。すぐに羽鳥さんがその扉をノックした。
ノックをしたが、返事はなかった。その後すぐ羽鳥さんが声を掛けた。
「こんばんは。ねえ、起きてる? 私は羽鳥玖美。あなたとちょっとお話がしたくて」
しかし、声を掛けても全く反応がなかった。
一体どうしてだろう。もしかして、寝てるのかもしれないと励は思った。
が、ややあって、その扉が開いた。
そこに小さな女の子が立っていた。彼女はショートヘアで背が低く、紺色のシャツを着て、赤色チェックのスカートを履いている。
「…………。」
彼女は二人を見て、黙っている。
「あ! や、やあ!」と、励は手を上げる。
「こんばんは」
羽鳥さんが改めて彼女に挨拶する。
「……こんばんは」
その女の子が二人に挨拶した。
「羽鳥玖美です」と、羽鳥さんが自己紹介する。励もその後に名乗った。
その女の子が自分の名前を言う。
「仲穂乃果……」
「穂乃果ちゃんね! 何年生?」と、羽鳥さんが訊いた。
「四年」と、穂乃果が答える。
「そっか。私たちは五年生なの」と、羽鳥さんが言った。
穂乃果は頷く。
「よろしくね」
羽鳥さんは穂乃果に言った。その後、励もよろしくと彼女に言う。
彼女は再び頷いた。
励が口を開く。
「穂乃果ちゃん、あのね、実は僕たちだけじゃないんだ。ここには、穂乃果ちゃん含めて六人の子どもがいるんだよ……」
「六人!?」と、穂乃果は驚いた。
「そう。ヤバいよね! 六人もいるなんて……」
羽鳥さんがそう言うと、穂乃果は頷く。
「帰りたい……」
穂乃果がそう言った。
「だよね」と、励は相槌を打つ。
「私もだよ」と、羽鳥さんが言った。
だからね、と励が話を続ける。
「ここにいる皆で、あの男に見つからずに脱出しようと思っているんだ!」
励がそう言うと、「ここ、出たい」と、穂乃果は言った。励は頷く。
しばらくして、穂乃果が欠伸をした。それから、「眠い……」と、彼女が言った。
励は穂乃果の顔を窺う。数時間前にここへ来たばかりだ。疲れているのだろうなと励は思った。
「もう寝る」
穂乃果がそう言った。
「あ、ゴメンね。穂乃果ちゃん、おやすみ」と、羽鳥さんが彼女に言った。
「おやすみ」と穂乃果が言って、扉を閉めようとする。
「あ、穂乃果ちゃん、待って」
咄嗟に励が言った。穂乃果は再び扉を開ける。
「朝になったら、一階へ降りてきてほしい」
「一階?」と、穂乃果は首を傾げる。
「うん、一階。一階にダイニングキッチンがあるから、そこへ来てほしい」
励がそう言うと、「ダイニング? どうして?」と、穂乃果が訊き返す。
「他の子たちにも会わせたいし、あと、朝ご飯もそこで食べられるから」
励がそう説明すると、「朝ご飯?」と、穂乃果は不思議な顔をした。
その後、羽鳥さんが頷く。それから、「朝ご飯って言っても、お菓子だけなんだけどね」と言って彼女は笑う。
すると、穂乃果は嬉しそうな顔をした。「お菓子、好き」と、彼女は言って笑う。
「それなら良かった」と、励は安堵する。
再び穂乃果が欠伸をした。
「おやすみ」と、励は彼女に言う。
「おやすみなさい」と穂乃果は笑顔で言って、扉を閉めた。