14 懇親パーティー
王都の学園に入学して、早いもので一ヶ月あまりが経った。
どこか浮き足立ったようすの新入学生たちも、どうにか日常生活と学業を両立させて、自身の生活基盤を安定させてきているようだ。
その証拠に、ということだろうか。ある日、俺は寮内の掲示板に『懇親パーティー開催のお知らせ』という旨の掲示を見つけた。
あとから知ったことだが、学園内では学生たちが主催するパーティーやサロンなどのあつまりがたびたび開催されているらしい。それらは大概、おなじような身分、家柄の者たち、あるいはおなじ派閥に属している貴族子女たちが寄り集まって行われるものであるという話だった。オルカの部屋付きになっている俺には預かり知らぬ話である。
しかしながら、今回の懇親パーティーというのはすこし違うようだ。曰く、寮内の学年を問わず、また家柄や派閥も問わない純粋なパーティーを催す、とのこと。なるほど、どんな身の上だろうが参加自由のあつまりというわけだ。……大学の新歓コンパを思い出すな、などといらない記憶を掘り起こし、俺はひそやかに苦笑した。
記載をなんとなく目で追いつつも、しかし俺はすぐに掲示板から視線を外した。
何しろ、いまの俺は他ならぬオルカ・ヴェーゼンタールのサイドキックである。オルカは寮に厨房と専属の料理人までつけているVIPだ。つまりは毒見なしには食事もとらないご身分なのである。そんな彼が、不特定多数のあつまりに参加するとは思えなかった。
……まあ、俺はいまの三人との生活で満足してますし? というかすでにいっぱいいっぱいな感はあるし? 新歓コンパでろくすっぽしゃべることもままならなかったやつが、いきなり貴族のパーティーに出てうまくやれるとも思わないし……。
後半は大分悲しくなりつつ思ったが、まあ今の自分には縁のないものであろう。そんなことを考えつつ、そのときはその場を離れたのだった。
「寮の懇親パーティーに出ようと思う」
だから、その日の夕食の席でオルカがそんなふうに言い出したとき、俺は驚いた。
リズワースとパーシヴァルもそうだったようで、ふたりとも不意をつかれたような声を上げた。その中で難色を示したのはやはりと言うべきか、侍従長さんだった。
「オルカ様」
彼は渋面をつくって静かにオルカを呼んだ。しかしながら、オルカはこたえていないようすだった。
「この学園に入ったのだから、ある程度の交友を持つことは必要だ。すこしは外を見ることも大事なのではないか」
ふだんなら、こうして名前を呼ぶだけでわかってくれたのだろう。しかし、どうしてかいまのオルカはそうではないらしい。侍従長さんはやや困惑したようすで、さらにあれこれと苦言を呈す。
「新入学生とは言え、多数の者が行き交う場です。オルカ様が、たとえひとときであれ目の届かないところにいらっしゃるのは困ります」
「いずれフェルモニカのパーティーや、その他の夜会には出なくてはならないのだから、このあつまりを断念する理由はない」
さらに侍従長さんがあれこれと言うものの、オルカはどうしてか頑として受け付けなかった。リズワースやパーシヴァルも、侍従長さん相手にはあまり意見を言えないようで、俺もいっしょになって固唾をのんで見守るしかなかった。
静かな問答の末、最終的にとうとう侍従長さんが折れるかたちになった。俺たち三人がついていくという条件付きではあったが、これならほとんど無条件で許してもらったようなものだ。
「くれぐれも、ヴェーゼンタール家の者としての自覚をお忘れなきよう」
侍従長さんはあいかわらずの渋面でそう言ったが、その声は穏やかだった。なんだかんだ、オルカの頼みとなればそう無碍にはしないのかも知れない。
「そういうことになった。よろしく頼む」
オルカが簡単にそう言うのに、リズワースとパーシヴァルはそれぞれうなずいている。
……あれ? これ思ったよりいつものことだったりするのかな? 予定調和?
そう思っていた俺に、オルカが顔を向ける。その視線を受けて、俺は笑顔をつくった。
「……ぼくでよろしければ、いつでもお供しますよ」
……あ、オルカがほっとした顔した。それに気づいて、俺はしれずこころを和ませていた。
◆
寮棟には食堂や談話室のほか、ダンス用のボールルームが備わっている。まだカリキュラムに組み込まれてはいないが、近くダンスの授業も行われる予定になっているはずだ。さすがは貴族の学園である。
懇親パーティーは、このボールルームを貸し切って行われた。
夕刻を過ぎると、比較的カジュアルな盛装に身を包んだ学生たちがつぎつぎにボールルームにあつまってきた。貴族主催のパーティーとはいえ、学生のあつまりである。ノリとしては、やはり新歓コンパに近い気がした。
それなりの装備……実家から『こういったときのため』の服装を、簡単なものながら幾種類か持たされていた……でそれなりにドレスアップし、俺はオルカたちとともにボールルームへ向かった。すでに学生たちの多くが集合しており、さっそく仲の良いもの同士で盛り上がっているようすがうかがえる。
……ああ、この感じね。なんか懐かしいなあ。俺はぼんやりと大学に入ってすぐのことを思い出し、その記憶をすぐさま振り払った。あんまり深く思い返すと、古傷が痛むこともあります。
とはいえ、今日はオルカのお付きとしての参加である。疼く古傷はまず置いておいて、ひとまずはパーティーを楽しんでみることにした。
ボールルーム内は秋らしく紅葉を模したガーランドで彩られ、ランタンの灯りがやわらかい色あいに仕立てている。壁際には大きなまるいテーブルが並べられ、白いテーブルクロスの上にはさまざまな料理が供されている。スタンダードな立食スタイルのあつらえがされていた。
やがてホールの中央に上級生のひとりがやってきて、あつまった学生たちに挨拶をのべる。無事に開催するはこびとなった感謝と、今日は存分に楽しんでほしいという旨を滔々と話すと、学生たちのあいだから惜しみなく喝采が送られた。
挨拶が終わると、ボールルーム内は一気ににぎやかしくなった。学年の垣根を超えて歓談にいそしむ者、料理や飲み物をまず楽しむ者など、さっそくみんなそれぞれに楽しんでいるようだ。
オルカのほうはといえば。俺はひっきりなしに挨拶にやって来る学生たちが彼の前に列を成しているのを見て、ひっそりと圧倒されていた。
「オルカ様! ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私、ケイリシアより参りましたゴールト伯の……」
「お久しゅうございます、オルカ様。兄上はお元気ですか? ぼくは以前、王都に参りました際に兄上には良くしていただいて……」
「素敵なお召し物ですわ、オルカ様。とってもよくお似合いです」
「オルカ様、ぜひともわたくしとダンスを踊ってくださいまし」
つぎからつぎへ、オルカとひとことでも交わしたい学生たちは引きも切らずやってくる。同級生のみならず、上級生たちもこぞってやってきていた。すでにオルカのまわりには人だかりができている始末だった。
……なるほど、これは多人数の場にあまり顔を出させたくない侍従長さんの気持ちもわかる。貴族って高名になればなるほど面倒が増えていくんだな、とあらためて感じた。まあ、入学時からオルカについててなんとなくわかってはいたのだが。
とはいえ、そこは学生とはいえヴェーゼンタール公爵家の嫡男である。どんなものでもそつなく挨拶を交わし、ときにはねぎらいの言葉をかけ、ちょっとばかり失礼な輩にはそれ相応の態度で接している。パーシヴァルやリズワースも隣について似たようなことをこなしているからたいしたものだ。
……俺もそのうち、こういうことをしていかなくちゃならないんだよな。勢い込んで自分の領地の宣伝にかかっている上級生のひとりを見ながら、俺はひっそりと遠い目になった。