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第三話 リゼット、ゲーム内容を書き出す

あれから一週間経って、私はすっかり回復していた。だけど声だけは全く出る気配を感じなかった。

自室の机の上に広がっているのは日記帳だけど、内容は全く日記などではない。

私が書いているのは、キミハナのゲームの内容だった。


このゲームの攻略対象は全部で六人。

四つ下から六つ上までと年齢層も幅広く、第一王子、第二王子、それから騎士という王道もいれば、ただの商人や暗殺者なんて相手もいる。

このうちすでに会っているのは二人、義弟のシャルル・ヴィオネと、リゼットの専属執事であるカミュだ。

義弟は半年前にこの侯爵家に養子に来た、天使のような姿の少年だが、両親を取られると思ったゲーム内のリゼットは、それはもう虐めに虐め抜く。


《虐めダメ! 絶対!》


思わず力んだら、羽根ペンがボキッと折れた。

これはいけない。

ちゃんと落ち着こう。

侯爵家で使っている羽根ペン一本で、市民は一週間生きていけるって侍女のラナから聞いたことがある。

無駄に折るなんて許されない。


「リゼットお嬢様、ご昼食の用意が整いました」


気を取り直して書き進めようとしたところで、専属侍女のラナから声がかかった。

二階のテラスにいるラナの姿が、ふわりと風に触れるカーテンの先に見える。

焦げ茶の髪をなびかせながら無表情で凛と立つ彼女の姿は、まるで手練れの騎士のようだ。

十代の女性にしては高い背丈やすらりと伸びる手足から、そう見えるのかもしれない。


《ありがとう、ラナ》


テラスに向かいながら口だけ動かすと、ラナの表情が一瞬だけ和らいだのを感じた。

卵料理や野菜、そしてロールパンが並ぶテーブルの席に着く。

さすが日本人が作ったゲームの世界だけあって、食事事情はかなり良い方だ。

野菜も色とりどりの物が揃っているし、味だって前世と比べても遜色ないからとても助かる。


《いただきます》


軽く手を合わせてから食べ始めたところで、目下に広がる庭から明るい声が響いてきた。

座ったまま視線を動かすと、リゼットの両親と四つ下の義弟シャルルが楽しそうに話している姿が見える。

数ヵ月前に養子となったシャルルはまだ六歳で、彼を侯爵家に馴染ませるために両親も奮闘中なのだろう。

もちろんシャルルは年下のかわいい美少年、だけどちょっとツンツンしているキャラとして一定数のファンがいる攻略対象だ。

主人公より四つも下なので、学院時代にそれほど恋愛イベントはないが、エンディングでは見事な美青年に成長したシャルルが主人公を翻弄する姿が見られる。

体力が回復してから、両親とシャルルとは義務のように夕食を一緒に食べるようになった。

けれど、他での交流はほとんどなく、まるでリゼットだけ家族の一員ではないような扱いにすら感じられる。

もちろん、まだ方針が固まり切っていない私が自らそうしているのもあるけれど、それだけではない。

優しい両親なのだ。

ただ少し不器用で、少し臆病だから、声が出なくなった私をどう扱っていいかわからなくなってしまった。

ゲーム内ではこの後割とすぐに離れて暮らすようになってしまった結果、家族の愛というものを忘れた、荒んだ精神のリゼット・ヴィオネができあがってしまう。


もし病気にならなければ?

もしシャルルを養子にするのがもっと遅ければ?

色々考えてみるけど、たらればを考えてもどうしようもないことくらい、わかっている。


「お嬢様、私はいつもそばにおります」


心の中でもやもや考え事をしていると、どこか優し気な口調でラナが言った。


《ラナ……》


ラナはリゼットが物心ついた時から姉のようにずっと世話をしてくれている、専用侍女だ。

ワガママ放題になっていくリゼットに常に寄り添い、悪役令嬢となっても離れることなく、最終的には一緒に処刑されるルートもあるキャラクターだ。

そんな未来は絶対に嫌だ。


両親と距離があることが、寂しくないと言ったら嘘だ。

いくら前世の記憶があっても、私はリゼット・ヴィオネなのだから。

だけどラナを守るためにも、私は絶対に主人公を虐めたり、悪いことをしたりなんてしない。

改めて決心しながら、私はどんどん昼食を食べ進めた。

目下では両親とシャルルが楽しそうにピクニックを始めていた。

私の中のリゼットの心が、チクリと痛む。


現実逃避するように視線を動かして、ふと気づいた。

そういえば庭の奥に広がる林には、何かレアアイテムがあったような気がする。

林に迷い込んで初めて手に入れられるあれは――そうだ、カミュ用のトゥルーエンド攻略アイテムだ。

それに林なら動物が、このファンタジー世界の動物がたくさんいるはずだ。

そんなの天国と同義じゃないか。


《ラナ! 林に行きたい!》


 勢いよく食事を済ませてから、私は居ても立っても居られずに立ち上がった。


「林に……?」


ラナが訝し気な視線を送ってきた。

無理もない、前世を思い出すまで一度も林になんて行きたいと言ったことがない。


《林には動物がいるでしょう?》


子供らしく目を輝かせてみれば、ラナも少し納得したように頷いた。

最近私が動物図鑑を眺めているのを知っているからかもしれない。


「承知いたしました。では、片付けましたらカミュも連れて行きましょう」

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