表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

第2話 精霊の気配と、ひとりの塔

 パスカルの塔の中は、外見よりもずっと広かった。


 薄暗い石壁に、いくつもの本棚。天井近くまで積まれた書物の山。あちこちに木箱や薬瓶、古びた魔法具が転がっている。


 そして何より、空気に漂う魔力の密度が濃い。


 ソランジュ──いや、ソランは思わずくしゅん、と小さくくしゃみをした。


「魔力に酔ったか。慣れてないなら深く吸うな」


「うう、ちょっとだけ……。でも、へいきです」


 薬師見習いとして、多少の魔力には慣れていたつもりだったが、この塔の中は別格だった。


 パスカルはそんなソランに一瞥をくれると、黙って籠を作業台に置き、中身をひとつずつ並べていく。


「……この抽出液は、お前が作ったのか?」


「え? はい。煮詰め方、薬師さまに教わって……でも、ほとんど私の自己流です」


 パスカルの手が、ほんの少し止まった。


「……なるほど」


 それだけ言うと、また黙々と手を動かし始める。


 褒められたのか、ダメ出しされたのか。よくわからない反応だったけれど、ソランの胸の中にほんのりとしたうれしさが灯った。


「……ねえ、賢者さまって、ここでずっと暮らしてるんですか?」


 遠慮がちに尋ねたソランに、パスカルはふと顔を上げた。


「名で呼べ」


「……え?」


「“賢者”と呼ばれるのは、もううんざりだ。私はただの一人の魔術師、名はパスカルだ」


 その声音は、かすかに痛みを含んでいた。


 それ以上、ソランは聞かなかった。


 たぶん彼には、いろいろな過去があるのだろう。

 だけど今は、こうして目の前で薬草を丁寧に扱っている。


「わかりました、パスカルさま」


 ソランは、にこりと笑った。


 その笑顔に、パスカルは一瞬だけ、目を細めた。

 まるで、懐かしい夢でも見たかのように。


「……その呼び方も、いずれ省略することになるだろうな」


「へ? な、なんですかそれっ」


「さあな」


 無表情のままそう言って、パスカルは作業を再開した。


 だけど塔の空気は、ほんのすこしだけやわらかくなっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ