表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

第1話 森の塔の賢者さま

 ソランジュは、朝露に濡れた野道を踏みしめながら、手にした籠をぎゅっと抱え直した。中には丁寧に摘み取った薬草と、村の薬師に仕込まれた軟膏が並んでいる。


 目的地は、森の奥――

 「賢者パスカル」の住む、灰色の石造りの塔。


 村の誰もが怖がって近づかないその場所へ、彼女は一人で向かっていた。


(だって、薬草届けなきゃだもん)


 心の中でそうつぶやく。怖くは、ない。たぶん。


 森は深く、昼でも薄暗い。ときおり枝が揺れるたびに、風の精霊か何かが潜んでいるような気配を感じた。けれど、ソランジュは立ち止まらない。塔の姿が、木々の間に見え始める。


 ──ずっと昔、この森で魔法の災厄を封じた賢者がいたという。その名をパスカル。

 その人が、今も生きているという噂。


(ほんとに、いるのかな……)


 そんな風に思っていたのは、塔の扉を叩くまでだった。


「……誰だ」


 低く、乾いた声。

 古びた扉の向こうから響いた声は、少し眠たげで、けれど威厳があった。


「あ、あのっ。わたし、ソランジュっていいます。村から、薬草をお届けに……!」


 扉が、ぎぃ、ときしんで開いた。


 現れたのは、肩まで伸びた銀髪を無造作に結んだ男だった。

 精悍な顔立ちに、薄く疲れた瞳。黒いローブに身を包んでいるのに、どこか異様な静けさがある。


 ……この人が、賢者パスカル?


「……いらん」


「えっ」


「薬草など、自分で育てている。もう来なくていい」


 言い終えるや否や、扉を閉めようとする男に、ソランジュはあわてて声を上げた。


「あの!でもこれ、村の薬師の……お願いされて……!」


 ぐっと籠を差し出すと、男の目が一瞬だけ、それを見た。


 そのまま、しばらく沈黙。

 やがて、無言で片手を伸ばし、ソランの籠を取る。扉の隙間から、彼の指がわずかに震えたようにも見えた。


「……この香りは」


 薬草の束を手に取ったパスカルが、かすかに目を細める。

 どこか遠くを見るように、それを見つめていた。


 次の瞬間。


「──中に入れ」


 ソランジュは、ぽかんとした。

 あっさり帰されると思っていたのに、まさかの展開。


「えっ……あの、大丈夫なんですか? 入って……」


「質問が多い。さっさと来い」


 くるりと背を向けて、塔の中へと戻っていくパスカル。


 ソランジュは、戸惑いながらも一歩、足を踏み入れた。

 ひんやりとした石の床。高くそびえる天井。どこまでも無機質で冷たい空間なのに──


(……なんだろう)


 心の奥で、小さな火が灯るような気がした。


 この人は、きっと、ずっとひとりぼっちだったのだと。

 そんな気がして、胸がすこし、ちくりと痛んだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ