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「……むぅ、やはり不格好だな。」
「あー!」
「気に入ってくれているのは、ありがたい限りなのだが。」
例の家屋、いつも通り妹と自身の体内で遊んでいたのだが、今日は非常に彼女の機嫌がいい。
そう、先日から思案していた彼女の玩具。その一つ目が無事に完成し、手渡した所になる。今日の為に狩りの際は夜な夜な獣を追いかけ赤子にとって最適な柔らかい毛を持つ獣を探し、粘体で確保。その後は皮以外の内部全てを酸で溶かし切り、毛皮は念入りに洗浄を行った。
(汚れや住みついた寄生虫は私の粘体で処理、その後は煮沸消毒した水で徹底的に洗浄。外での時間を最大限利用しての作業だった。)
あとは脳内で書き上げた設計図を基に、基本的に隠れる以外することがない例の家屋の中で作成。
ようやく物を自分の意思でつかめるようになり、渡したぬいぐるみの感触を楽しんでいる彼女からすれば、結果は最上なのだろうが……。
「人形と呼ぶにはいささか……。こんなことならデザインか手芸を学んでおけばよかった。」
いたるところから毛が飛び出ており、そもそも人型と言えるか怪しい物体。
清潔な綿や布を手に入れることができなかったため、全て手作りなソレ。わざわざ獣の毛を整え結び糸にしながら編み上げた布で、良く捏ねて丸めた毛を包み人型とする。私の身体は粘液の塊だ、触手の太さをいくらでも細く出来るが故に、人の指では不可能な作業も出来た。触手操作の練習にもなったし、よい経験だったと言えるだろう。
けれど結果は、この不格好な人形。妹は喜んでくれているが、あまりにも見れたものではない。そう、作業自体は出来るのだが、私にデザインのセンスが欠片もなかったのだ。毛織物として質は初めてにしては良かったと思うのだが、肝心の製作物がな……。
「だが良い経験にはなった。いずれ服やベットメリーも用意するから、今はそれで我慢してくれるかい、妹よ。それと君が物心つくまでにはこの壊滅的なセンスを改善すると誓おう。」
「あ!」
おそらく意味は伝わっていないだろうが、機嫌よく声を返してくれた彼女にそう誓い、気を新たにする。
さて……、この子と遊ぶのもいいが、それ以外の仕事もせねばならない。
私が今掲げている大きな目標は2つ、『生存』と『復讐』だ。けれど両者ともに、現状維持の見通しが立ったり、これ以上の行動を必要としなくなってきている。
まず生存だが、以前として母乳の確保は問題なく行えている。この家屋に住む女は『自分は乳の出が悪い』と完全に思い込んだようで、一切の疑問を抱かずに生活している。こちらも何度も繰り返すうちにその辺りの塩梅は上手くなってきた。未だ自分たちが露見せぬように気を付けねばならないが、安定した採取が見込める。
魔力においても、問題はない。今の所村の外の森で私が逃走を選ばなければいけない存在には出会っておらず、獣を狩ったり木々や木の実を採取したりと安定した魔力採取が行えている。生態系への影響を考えねばならないのが少々面倒ではあるが、取り過ぎないように注意すれば問題はない。
(一応農業の真似事も始めたが、こちらはもっと時間がかかる。しばらくは水やりを継続して放置だ。)
次に、『復讐』に関してだが、実行は妹の生存と成長を私一人でサポートできるようになるまでは行わないと決めた。母乳の採取はもちろんだが、この世界で生きる者たちの知識やその成果を観察し採取できるこの場所はかなり重要だ。利用できるものがあるならば、消してしまうのは勿体無い。
それに今はまだ考えられないが、今行っている採取などの活動が私の中で『恩義』に代わり、殺しつくすという選択肢を消すということもありうるだろう。
未だ煮えたぎっている私の心は『母を殺されたことを忘れたのか』と声をあげているが、人の心というのは移ろうものだ。それに妹の生存と成長に置いて私の行為が悪影響にしかならない、というのもある。何かしらの報いは必ず受けさせるが、私が直接手を下す意味や必要性が消える可能性もある。
(まだどうなるかは解らないが……、とりあえず自身の『力』を高めることは必要だろう。)
今だ私たちとこの村の者たちは、敵対関係にある。見つかれば殺しに来るだろうし、私は生き抜くために、この胸に残る怒りを解消するために立ち向かうだろう。その時に勝ち抜き妹を守り抜く力が必要なのだが……。これは既に手に入れている可能性がある。
この村に住みついてから何度も外に出ているのだが、その際に獣を狩ったり木々を伐採したりと色々なものを吸収している。その中で手に入れた魔力は日々消費しているが、体積と質量は増え続ける一方だ。前は普通の一軒家程度だったが……、今『圧縮』を解放すれば豪邸程度の大きさになるだろう。
私が一番危険視している、司祭が放つという『神の火』さえ気を付ければ、おそらく簡単に制圧できる大きさだ。
(まぁつまり、私が掲げる大目標において早急に手を付けるべき案件が無くなった。この空いた時間を妹の為に服などを作る時間に当ててもいいのだが……、もう少し踏み出してもいいか。)
思考を回した時、やはり今後必要になるだろうと浮かぶのは『情報』だ。
私は前世の記憶を持つが、この記憶はこことは別の世界のモノであり、別の時代のモノである。ある程度は参考に出来るだろうが、この世界に『魔力』という摩訶不思議な存在がある以上、自身のしる物理法則すら信用できない可能性が高い。
そして時代と世界が違えば、確実に価値観などの相違が生まれてくる。その理解を私が持っていなければ、妹に教えることも出来ない。
「情報が、情報がいるのだ。どんな些細な会話でも、細かく分析すればいくつもの情報が手に入る。それを集め統合すれば、見えぬものも見えてくるだろう。」
何より……、私達のこと。そして母の情報も手に入るかもしれないのだ。
未だ敵対している村の者たちが私達のことをどう考えていて、どのように警戒しているのか。おそらくこの村で住んでいた母の様子や、その痕跡。それを見つけることが出来るかもしれない。
私達の存在が露見する可能性もあるが、手を尽くし策を尽くせば、リスクも最低限にまで落とせる。
今余裕があるのならば、やるしかない。
「想像以上に時間はかかったが……、こんなものだろうか?」
そう考え、生み出したのがこの村へと続く地下道だ。
私の粘体は、既に豪邸レベルの体積を誇っている。しかし圧縮したとしても重さは変わらないため、以前通り屋根裏に潜んでいれば家が倒壊してしまう恐れがあった。当初は体を切り離して重さの調節をしようかと思っていたが、以前の農業で土を掘り返していた時、石どころか土も吸収出来ていたことから、『地下を掘ればよいのでは?』という結論に至った。
「当初はあの家屋の地下だけの予定だったが……、今の私は下手な重機よりも速い。村の出入りの際に周囲の視線を気にせぬように、地下道を作ってやろう。」
ということで始まったのが掘削計画である。やはり何か私が作業しているところを見るのが面白いようで、妹にも好評で進んでいったもの。落盤を防ぐために森の深部から採取した丸太や、加工した板材で補強しながら掘り進め……。
計画の第一段階。例の家屋の地下と、村からある程度離れた入口までの道が、開通した。
「いずれ、あの目印兼畑になっているあの場所から直通の地下道を作りたいところだが……、流石に距離が長すぎる。今は村はずれの入り口でいいだろう。」
そしてこれが出来れば、わざわざ家の中に潜む必要はない。触手を通す道も製作済み。母乳の採取や情報を手に入れる際はそこから手を伸ばすだけでいい。私の粘体は、人のすべての器官を役目を果たすことが出来る。つまり触手の先端が目の役割を果たすことが出来る。つまり依然と変わりなく、採取することが可能なわけだ。
補強の素材が木材だけなため、崩壊の危険性があり少々不安ではあるが、この地下道に潜めば露見する可能性はほぼ0。そしてもしこの地下道が崩壊したとしても、私が体積を維持し降りかかる土全てを吸収消化すれば妹に危害が加わることはない。
出入口を村人に発見されない限り、何の問題もないのだ。
「あとはゆっくりと確実に第二段階を進めていくとしよう。」
第二段階は、先ほど言っていた『情報』を手に入れる手段の拡充だ。
現在の地下道は一本の大きな道しかないが、これを広げこの村全体に私の触手を配置できるようにするつもりだ。人目の付かない場所や家の床下などに触手を出し、そこから情報を得るという作戦である。これがうまく行けば、この村全てを手中に収めたも同然。
私の意識が一つしかないため、実際に全てを見聞きし分析するということは難しいだろうが……。それでも、家の中でしか手に入れられなかった情報と比べると、各段に上だ。
「しかも出すのは触手の先端だけでいい。この地下道より大きな穴を掘らなくてもすむ。まぁ、その場所の算定が少々厄介なのだが……。」
夜中に地上へと触手の先端を出し、情報収集を繰り返すことで安全な場所を探すしかないだろうな。
◇◆◇◆◇
「村長、やはり皆の不安を取り除くにはこれしかないかと。」
「しかし司祭殿、この村に差し出せる財貨など限られていますし……。」
「ご安心ください、足りぬ分は私が出しますとも。」
(この声は司祭と……、声を聞いたことはないが村長と言うことは村のトップか。)
情報網を増強し始めてから数日後。
とりあえずすべての家屋に触手を配置できたのだが……、偶々彼らの会話を聞くことが出来た。母を殺した者たちを司祭が統括していたことから、彼が村の権力者の一人と言うことは解っていたのだが、村長もいたのだな。
若い声が司祭で、年寄りの声が村長。長く生きた経験と村の長という名前から村長の方が偉いのかと一瞬考えたが、話しぶりを聞く限り村の中のパワーバランスは司祭に傾いているようだ。
しかし財貨を使用するということは……、商人でも来るのだろうか? いや『不安』といったか?
「例の悪魔ですが、あれから村の周辺で見かけたという話は聞きません。けれど未だいつ襲い掛かって来るかは解らず、村の皆様の心に大きな不安があることは村長もご存じでしょう?」
「……えぇ。働き盛りの若い衆が、悪魔に両足を溶かされ死んでしまったというのは聞いております。もしそれが村に襲い掛かれば、途轍もない被害になってしまうでしょう。」
「えぇ、その通りです。皆の力と私が神から授かった力があれば、滅することは可能です。しかしそれまでに出る被害を0にすることは残念ながら……。そして村の皆様の様子を見ればご理解いただけるように、常に悪魔を警戒し続けるというのは、いささか難しい。故に『冒険者』なのです。」
……冒険者、ねぇ?
創作の世界じゃよく聞くけど、こっちの世界にもあるのか。んで文脈的に、私みたいな化け物殺しの専門家、ってところなのかな?
「司祭殿、本当に必要なのでしょうか? 獣に喰われた可能性もあるのではないですか? あの女の胎にいたと言うことは、生まれたばかりなのですね?」
「獣が悪魔に勝てるとでもお思いですか? 確かにあの時点では生まれたばかりだったでしょうが、既にあれから三カ月以上経過しています。周囲の獣を喰らい、より強大な存在になっていてもおかしくありません。実際、狩人たちから森の様子が少々おかしいという報告は村長のお耳にも届いているかと。……あの時すぐに討伐隊を組めば話は変わっていたのでしょうが。」
「……。」
あ、やっぱりちょっと狩り過ぎていたか。妹の服作りの為に狼の群れを追いかけ続けたのが駄目だったかもしれない。
「まぁ過ぎたことは良いのです。悪魔への恐怖は私も強く理解できます。そして冒険者を呼ぶことで村の財貨が減り、新たな問題を生み出すかもという不安も。しかし奴が襲い掛かって来て、我々の想定以上の強さを持っていた場合、全てを失うのです。ご理解して頂けますか?」
だんだんと口数が少なくなる村長に、やさしい声色ながら確実に自身の思う通りにことを進めようとする司祭。……なるほど、母が殺された後に私への追手が来なかったのは、おそらくこの村長が反対したからか。
逃げる際に無我夢中で追っての足を溶かしたのだが……、医療技術の乏しいこの世界では救うことが出来ず、死亡。そんなバケモノと戦いたくはない、関わりたくはないと村に籠る選択をしたという所だろう。
でも司祭の言うように、母を殺された悪魔はこの村に強い敵意を持っていてもおかしくない。故に力を蓄え襲ってきてもおかしくないので、外部から戦力を雇おうという話。……少々村での政治というか、村長の発言権を司祭が封殺しようとしているようにも聞こえるが、まぁ間違ってはいない。
実際、強く恨んでいるのは確かなのだから。
「ご安心を村長、自身の伝手で現在近場の町にとても優秀な冒険者が滞在しているという情報が入って来ています。どうやら教会とも関係の深い人物の様で……、私が町の司教様に手紙を書けば、すぐに派遣してくださるでしょう。」
その後、おそらくその冒険者に支払う報奨金に対しての話が進んでいく。
一応耳はそちらに割いているが、そういった金の話は少々重要度が下がる。これまでに手に入ったすぐに対応すべき情報について脳内で整理するべきだろう。
(冒険者の来襲、か。)
司祭の話を聞く限り、その冒険者というものはかなり強い存在なのだろう。村長を誑かすつもりで言ったのかもしれないが、敵は私の強さを『村が壊滅する』程度と想定している。
実際、司祭の力が未知数なため言い切れないが、正面ぶつかってもおそらく勝てる。そして今作っている触手の情報網をより大きく拡大し村全体を地盤沈下で滅ぼすことも出来るため、彼の考えは当たっているといえるだろう。
そんな相手を、滅ぼせる『冒険者』となれば……。最大限の警戒が必要になる。
(……情報収取は絶えず行うべきだが、強く成らねばならない。)
それも、早急に。
まだ冒険者の人物像が見えてこないため、交渉の余地が残っているかもしれないが……。それに期待して何の対策もしないのは愚かだ。妹を守り生き抜くために、全力でことに当たらなければならない。自身の強さの根幹である粘体の増量はもちろん、確殺できるように罠を張り巡らせる必要がある。
そうと決まれば、誘い出すための用意や、トラップの製作をすべきか。
私よりも強い存在であるのならば、何が起きたか認知するよりも早くその命を刈り取らねばならない。
「あ!」
「……あぁすまない。呼んでいてくれたのかい? 大丈夫、姉として指一本触れさせないとも。」