表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6


(前者、か。喜ばしいことではあるが、少々物足りなさもあるな。)



この村に潜むようになってから数週間。想像以上に物事は上手く進んでいる。無論、例のエネルギーに関しても進展があったのだが、付随して幾つかの事項があったため一旦後に回すことにしよう。


私達姉妹の生存に置いて一番重要なのは、妹の食事だ。つまり母乳の確保であるが、成功した。


完璧とは言えないが、おそらく必要最低限の量を確保できていると言っていいだろう。



(採取先が一つしかないのが悔やまれるがな……。)



この家に複数の対象者がいれば楽なのだが、贅沢は言えない。妹の食事の確保は重要だが、それ以上に私たちの存在が発覚しないことが重要なのだ。少しの疑念すら抱かせてはいけない。


そんな私達の採取先は、この家に住む女で、もう一人の男と婚姻関係を結んでいる存在。


彼女が寝静まった時に自身の触手を伸ばし、吸い出すことで妹の食事を手に入れている。最初は触手を張り付けて吸い出すことは出来ても、間違えて吸収してしまうこともあり量を集めることができなかったが、今では上手く採取することが可能だ。そしてその回収したものを、私の身体で包んで保護している妹に食べさせている、という形になる。



(ただ、この女にも子供がいるのだ。多く採取することは出来ない。)



敵対し歯向かう、もしくは妹に危害を加えようとすればたとえ赤子であろうとその命を刈り取し、その必要があるのならば消す。けれど女が最近産んだらしい赤子はまだ右も左も解らない様な存在だ。今この時点でその将来を閉じる様な行動は、すべきではないだろう。


いくらこちらも食事が必要とは言え、赤子が飢えて死ぬほど取り立てる外道に落ちたつもりはない。それに、あまりにもこちらが取り過ぎれば現状に疑いを持たれてしまう。違和感は不安へと繋がり、不安は行動へと繋がる。村人たちが私の知らぬ『探査手段』を持っていてもおかしくはないのだ、今はまだ見つかっていないとしても、大人しくしておくに越したことはない。



(どうやら村の中にまだ母乳が出る女がいるようで、足りぬ分は貰いに行っているようだが……。流石にそちらにまで足を延ばすのは危ういだろう。今はまだ女が『自身の出が悪い』と思っているだけで済んでいる。ならばその状態を維持するしかない。)



このような形で、自身は妹の食事を確保できている。だがそれでもやはり必要最低限でしかなく、妹の腹を満たすには足りないのだが……。それを補うものとして先日から調査していた『何か』が役立った。



(この女の夫、あの男に打ち込んだ『何か』はどうやら『魔力』と呼ばれるようなものらしい。)



異世界万歳と言うべきか、この魔力と言うエネルギーは全ての可能性を持つ力らしく、単純に使用すればエネルギー。いわばカロリーの代わりにすることが出来るようだった。実際にそのような文献を発見し、読み込めたわけではないのだが……。


男に魔力を送り続けていた結果、男の血色が酷く良くなり、精力的に働けるようになったらしい。それに疑問を思った他の村の者たちがこの村の有力者であるらしい司祭に相談し、その司祭がこの部屋に襲来。学の無いただの農民である男に解りやすく説明してくれたのだ。


殺意を抑えるのには苦労したが、非常に有用な知識だったと言えるだろう。



『おそらく、私の『神の炎』を近くで見たことが切っ掛けなのでしょう。こちらのペンダントに触れてみてください。』


『は、はい司祭様。……お、ぉお! 光った!』


『えぇ、微量ですが貴殿の身体に魔力が宿ったようです。これまでそのような兆しは無かったのは確かですが……。これも神の思し召しなのでしょう。まずは共に感謝の祈りを捧げましょう。』



おそらく、私が魔力を注入したことで『魔力を得たと勘違いされている』状態の男。毎朝規定量を叩き込む羽目になったが、おかげさまで経過観察が捗った。


どうやら話に聞く魔力を持って魔法を起こす。手から火を出す様な行為は一定の修練と適性が無ければ出来ないようだが、肉体を回復させたりその出力を上げることは無意識に出来てもおかしくないことだという。まぁつまり、何にでも置き換えられる不思議エネルギーなのだ。



(……正直、もっと調べるべきだったのだろうがな。)



いくらそんな不思議で便利なエネルギーと言えども、安全性が確保されたわけではない。


故にもっと多くの検体で調査を行いたかったのは確かだが、あまり私に猶予は残されていなかった。


何せ食事不足のせいか妹の体調が悪化しかけていたのだ。赤子という弱い存在は、一度崩れれば簡単に死んでしまうだろう。私がいる限り医者にも頼れない。


自身は強い不安を覚えながらも、妹への魔力供給を行い始めた。



(結果としては、成功。産まれたころに比べかなり顔色が良くなっている。遮断しているから外には聞こえてないけど、泣き声も元気に成って来たし……。でも母乳だけでは足りない分を、何とか魔力で補えている状況。)



残念ながら、両手を挙げて喜べるような状況ではない。


感覚の話にはなるが、おそらくこの魔力は『真に万能』というわけではないと思われる。事実、似通った環境で育っていると言ってもよいこの女の子供と、私の妹の生育度合いは少々異なっている。正確に言うなれば、妹の方が少し小さいのだ。エネルギーになるのは確かだが、この魔力が子の成長に必要な栄養素を含んでいるわけではないのだろう。


遺伝の差などももちろんあるだろうが……、それにしても妹の成長スピードが遅い。時たま家の中から抜け出して日光を浴びせてみたり、多めに魔力を送ってみたりしているのだが、良い感触は得られていない。



(生存には現状で問題ないのだろうが、姉として出来る限りのことはしてやりたい。)



だが、これ以上行動範囲を広げること、潜伏場所をこの家だけでなく他にも伸ばすことは、その分発覚するリスクを増やすことに他ならない。既に母の死から数週間立ったことで村の中でも『このまま何も起こらないのではないか』という意識が生まれ始めている。それは好ましいのであるが、その分『村内部の人口』が増えてきてしまっているのだ。


これまで村の男衆たちは外部から私が襲い掛かってくると警戒し、守りを固めていたようだが、それが来ないと言うことは警戒を緩め、それまで防御に割いていた人員を内部に割り振るということになる。必然的に目の数が増え、私が見つかる可能性も増えるのだ。


出来る限り、行動する時間を狭め、物資の採取も最低限にした方がいい。



(発覚し、殺し合いになった場合。あの司祭が出せるらしい『神の炎』とやらは注意すべきだろうが、それ以外はおそらく質量と体積差で殺しつくせる。だがそうなれば、妹の食事は二度と確保できなくなってしまうだろう。)



必要な人間以外、妹の食事以外処理してしまうという方法もないわけではないかが……。供給先への多大なストレスになることは明白。もしかすればそれで母乳が止まってしまうかもしれない。下手な行動は避けた方が良いだろうと、私は考えている。


そして、そう考えるならば妹が成長しきるまで一切この家屋から出ない方がいいのだろうが……。



(おそらく、私個人。いやこの体は魔力を生み出すのに向いていない。)



補食を通じて回収、そして貯蓄することは可能なのだが、自身で魔力を生み出すことが出来ないと、私は仮定している。事実逃げ出した後に木々を吸収してから以降、私の体内で感じられる『何か』、魔力の総量は一切増えていないのだ。


つまり妹の食事分を確保し男に疑惑を抱かせないように供給するには、危険を承知で定期的に外に出て回収する必要がある。



(近くの木々を溶かすだけなら楽だったけれど、そうなると村の住人たちにバレてしまう。……木々を採取して確保するにしても、獣を狩って確保するにしても、距離を放さなければ。)







 ◇◆◇◆◇






「ぁぁああああ!! ぁぁああ!!!」


「あぁ、ごめんごめん。急に移動して悪かったね。ほら、お姉ちゃんはここにいるよ、怖くないよ。それともお腹が空いたのかい?」



思考を纏めていた深夜、日課の女からの採取を終わらせた私は、妹を連れて村の外に出ていた。場所としては、私達が逃げ延びた崖の近く。自身が魔力を得るために木々を採取し、平地になってしまった地点だ。


あの村からかなり離れているし、私が整地したせいでもあるが場所もいい。拠点とはまだ言えないが、目印の一つぐらいにしてもいいだろう。


そんなことを考えながら、自身の妹をあやしていく。深夜だが幼子にとって時間はあまり関係がないのだろう。どうやら腹が空いていたようで、肉体を哺乳瓶のような形にして口に近づけてみれば、すぐに口にくわえてくれた。すぐに体内に格納してあった採取済みの母乳をゆっくりと送り込み、食事の時間とする。



「大丈夫かい? 飲めるかい? ……ごめんね、もっと私がしっかりしていればお母さんと一緒にいられただろうに。不甲斐ないお姉ちゃんでごめんね。」



この粘体の身体では、真に親の代わりなど出来ない。そして周囲に見つからぬように、普段は私の体内で生活させてしまっている。まだ幼子で、分別などつかないだろうが、本来この子が受け取るべきだったものを、私が奪ってしまっているのだ。


もっと上手く動けていれば。母が襲撃される以前に体外へと出て要られれば、おそらく母は殺されなかっただろう。完全に守り切りことは難しくても、命を落とすことは無かったはずだ。


ずっとこの子の面倒を見て、あの家屋の中での情報を集め、屋根を通じて触手を外へと出し家の周りにいる村人たちの会話から情報を集める。けれど確実に何もすべきことがない時間が生まれ、常にそのことを考えてしまう。あの時どう動いていれば、母を助け3人で生き残ることが出来たのか、と。



「……。」


「あぁもういらないのかい? ならこれはしまっておこうね。たぶんお姉ちゃんの体の中が一番安全で清潔だから……。さ、とんとんしよう。げっぷね。」


「……けぷ。」


「よくできました。さ、後は私の中で眠っていてくれるかい? 少ししなくちゃいけないことがあるからね。」



自身の触手をその手に握らせながら、その体を体で包み込んでいく。体の中に視点を移すことも出来るが、この子からすればまた暗い所に閉じ込められるわけだ。少しでも安心できるよう、握れるものがあると良い筈だ。


弱くもしっかりと握られた彼女の指の感触を楽しみながら、思考を移していく。


魔力の補給に来たのだ、妹の相手は最優先だが、同時に目的もなさねばなるまい。



「さて、索敵もついでにしていこうか。村人たちの会話から聞いたが、悪魔以外にも魔物もいるらしい。おそらく木々よりも魔力量は多いだろう。見つけられれば補食しておきたいのだが……。」



そう口にしながら、自身の体積を解放していく。


普段の圧縮した姿ではなく、これまで吸収したすべての体積が合算された姿。村の中では小さい方がいいが、今の様に人目のない場所では妹を守るためにも、解放しておいた方がいい。単純な防御力であれば圧縮した方が固いだろうが、あれだと衝撃などに弱くなってしまう。有り余る体積で内部にいる妹へと到達する前に吸収・分散させる。


以前は運がよく他の生き物と出会わなかったが、魔物という未知の存在がいるのならば想定外の攻撃に対応できる形の方がいい筈だ。



「足跡や糞、その辺りの解りやすい印があればいいのだが……。うん?」



考えを口にしながら動こうとした瞬間、月光で何かが反射したように思える。


目などこの体には何が、よくよく周囲を伺ってみれば……。周囲に見えるいくつもの目。その目が位置する高さ的に、四足動物。この周辺の立地、深い森であることと、集団での行動を考えると狼か野犬あたりだろうか? もしかしたら、自身の知らぬ魔物という存在かもしれない。


……あぁそうだ、一応警告だけはしておいた方がいいだろう。



「こちらに敵対の意思はないよ。そのまま引くのであれば追うこともない。どうだい、そちらにとっても有益な提案だと思うのだが?」



此方の問いに応えるように、響き渡る遠吠え。そして多くの獣たちが地面を蹴る音が響き渡る。


成程、戦闘開始という訳か。相手に知性があった場合は面倒なことに成りうると思っていたが、意味のない行為だったようだ。全て妹のための魔力になってもらうことにしよう。


そう思考を纏めていると、既に『狩り』の準備を整えたのであろう彼らが、行動を開始する。



(……狼、かな?)



同時に駆け出してきたのは、5体の狼。闇夜で詳しくは解らないが、おそらく雄で群れの中で先鋒を務める戦士のような者たちなのだろう。前世で知る大型犬よりも二回りほど大きい。


前世の人だった私では反応できなかったであろう速度で飛び掛かって来る獣を眺め思考を回しながら、迎撃の用意を整えていく。肉食獣の彼らからすれば粘体の身体を持つ私は美味しくないと思うのだが……、攻撃してくると言うことは、何かしらの理由があるのだろうな。



(粘体も食えるのか、それとも『魔力』に反応したか、単に目障りな敵の排除も考えられるか?)



どちらにせよ、言語による対話を蹴り飛ばし攻撃を仕掛けて来た相手。ならば駄賃としてその命を貰ったとしても、問題はない。


その鋭い牙で私の体に噛みつこうとした『ソレら』を、全て受け入れ、包み込む。



「この『酸』がどこまで溶かせるのか解らならなかったが……。」



その全身を包み込み、狼の口へと走らせるのは自身の触手。内外全てを自身の粘体で包み込んだ瞬間。溜め込んでいた酸全てを放出する。


するとまるで何かの実験を見ているかのように、綺麗に溶かされていく狼たち。


すぐに骨まで消え去り、泥となった彼らを全て飲み込んでしまえば、その体積分だけ私の身体が大きくなる。そして同時に流れ込んでいく、木々と比べれば数えられない程大量の『魔力』。



「やはり植物よりも動物の方が保有量が多いのか? それとも狼自体が私の知る存在と違うのか……。」



まぁ、その辺りは置いておくことにしよう。


何せ目の前に、私に危害を加えることのできない『餌』がいるのだから。


彼らを殲滅することで起きる、この周辺の生態系に与える影響は確かに気になるが……。妹の食事の確保は全てにおいて優先させるのだ。



「では、頂くとしよう。」



十数分後。殲滅を完了し十分な魔力の貯蓄を得た私は、日が昇る前に村へと帰還した。


帰った後に気が付いたのだが、もしかすると狼の毛皮は取っておいた方が良かったのだろうか? 丁寧に洗わねばならないだろうが、妹の服や玩具に出来たかもしれない。家の中にいる際はずっと私の中にいるのだ。暗く退屈な体内でも気を紛らわせるような何かを早急に用意すべきだ。


今後獣を狩る際に備え、上手く毛皮だけを剥ぐ方法を考えようか。



「内側から溶かすことも出来たし、中身だけ消すことも可能か? その辺りは試行錯誤だな。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ