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「……どうした?」


 突然立ち止まった愛稀に、凜が声をかけた。彼女の視線は彼をかすめて、その向こうの丘の方をぼんやりと眺めている。


「凜くん、ほら、あそこ」


 愛稀は彼の腕を掴んでいない方の腕を伸ばして、その方向を指さした。小高くなったところに、石でできた小さな鳥居があった。


「行ってみようよ」

 と、愛稀は言う。


「車に戻るんじゃなかったのか」


 戻ろうと言ったり、やっぱり行こうと言ったり、彼女のお天気ぶりにも困ったものだ。見たところ、規模的にも小さな神社のようだ。あえて行くほどのものだろうか、と凜は思った。しかし、「分かったよ」と結局は彼女の意思を尊重することにした。いったんこうと決めたら退かない強情な一面があることも、よく知っている。


「やった」

 と、愛稀はさぞ嬉しそうに笑って、今度は自分の方から彼の腕を引くような形で歩いてゆく。スロープを上り、鳥居の前に着くと、石の階段が続いていた。真ん中に手すりがあって、左右に分かれている。ただでさえ大きな階段とはいえないのに、中央が仕切られていることで、その幅はさらに狭くなっていた。ギリギリ二人並んで歩けるぐらいだろうか。

 愛稀は凜と腕を組んだまま、もう片方の手を手すりに沿わせつつ階段を上った。上には小さな寂れた社が構えられている。丘の一部のスペースに造られた神社は敷地自体が狭く、存在している社もこれ一つのようだ。愛稀は社の前に立ち、財布を手に取ろうとして、鞄も何も持っていないことに今さら気づいた。


「私、財布を車に置いてきちゃった。お賽銭出して?」


 やれやれという風に、凜はジーンズのポケットから財布を取りだして、小銭を2枚手に取り、1つを彼女に渡した。それぞれ賽銭箱にお金を投げ入れる。愛稀が本坪鈴を鳴らそうと垂れ下がった紐を揺らすと、鈴の中に入っていた土くれが顔に向かってざらざらと落ちてくる。しばらくの間、手入れがされていないことがうかがえた。


 二礼、二拍手、のち拝礼。神は若い二人の参拝の作法が、意外にもちゃんとしていることに驚いた。特に女子の方。立ち振る舞いがとても堂に入っていた。

 こやつ、なかなか面白いな――と、神は呟いた。先ほどまでちゃらんぽらんな姿をさらしていたが、ここぞというところでは、ちゃんとしたところもあるのだと思わせる。そのギャップに神は興味をもったのだった。最近、地元住民の参拝者も少なく、ないがしろにされているようにも感じていた彼だが、自分を神として本当に敬愛してくれているようにも思えて嬉しくなる。


 拝礼の後、一礼。一連の作法を終えると、「さ、行こう」と、彼女は彼の腕を再び取って、道を戻りはじめた。


「おや、もう行くのか。もう少しゆっくりしていかんか」


 その後ろ姿に神は慌てて声をかけた。


「……ん? 凜くん、何か言った?」


「いや、何も言ってないぞ」


「ふーん?」


 愛稀は怪訝そうな顔をしたが、ま、いいかという風に再び歩き出した。手すりを挟んで、先ほどとは逆側の方の階段を下ってゆく。するとそこに、その先に大きな木の枝がデンと横たわっていて、進路を塞いでいた。


「あれ? こんなところに、枝なんて落ちてたっけ……?」


 愛稀が不思議そうにつぶやく。凜が答えた。


「さあ――上りは逆側を歩いてたから、気づかなかったのかもな」


「そうなのかな……?」

 と、愛稀は首をかしげた。そして、彼女は階段の脇にそれ、彼は枝をまたいで通り過ぎてゆく。


 むろん、この枝は二人をこの場に留まらせることを諦めきれない神が置いたものだった。だが、そんなこと知らない二人は、階段をどんどん下りてゆく。神は残念に思った。せっかく面白い奴らが来たのに、もう帰ってしまう。再び暇で寂しい日常に戻ってしまうのだ。

 なんと哀れなわし――。神は悲しげに眉を曲げてみせる。少しでも浮かばれることはないのじゃろうか――神ははたと思いついた。すでに二人は階段を下り切って、鳥居をくぐる直前である。


「おい待て。待ってくれって!」


 神はその場から駆け出し、それでも足らぬと階段からジャンプをした。その身体は、重力に従って、二人の方へと近づいてゆく。


「――ほえ?」


 気配を察知したように、愛稀が振り返った。神の視界に、そんな彼女の頭部が迫り、広がってきた。

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