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「ああもう、あっついのぉ~」

 彼はうんざりしたような声をあげた。


 ある夏の日の午後のことである。夏は暑いものだが、昔はここまで気温が高い日など、滅多になかったように思う。だが、ここのところ、これほどまでの暑さが連日のように続いている。この地に長年住み続ける彼も、さすがに根を上げそうであった。

 ここは、地方のとある田舎町である。繁華街のある地域から、山の方角へと数十キロほど進んだところにある辺鄙な場所だ。しかし、こんなところにも、もちろんそれなりに人間は住んでいて、小さいながらも町というコミュニティができている。


 実は彼は、この町に鎮座する神であった。太古の昔、この地の守護のために戦い、それはこの地の伝説として、数行程度ではあるが史料にも記されている。現在の彼の住処は、人々が自身を祀るために造ってくれた神社だった。いわば、古代から現代に至るまで、この地で人々が幸せに暮らせているのは、わしのおかげだ――彼はそのように自負していた。


 しかし、後世の人々の評価にはなかなか手厳しいものがある。そこまでこの地のために尽くしておきながら、彼が祀られている社はお世辞にも立派なものとはいえなかった。町はずれにひっそりとたたずんでおり、表には申し訳程度の些末な鳥居が立てられ、祠も大きいものとはいえない。参拝する者も、ごく稀に地元のお年寄りたちが来るのみで、ほとんどいなかった。

 それについては、諦めの気持ちもある一方で、本当はもっと尊敬されて然るべきものなのに――という思いがしてしまうのも、また事実だった。というのも、この町にはもう一つ神社がある。だが、そちらは彼の祀られている神社に比べると、もっと規模が大きく、最近(とはいっても50年ほど前の話であるが)建て直しをされたこともあり、初詣の時などにはたくさんの地元の人が参拝するのだった。

 その神社に祀られてるのも、もちろんこの地に根付く神である。だが、彼は自分よりもはるか後の時代に生まれた、いわば神界の後輩であった。しかも、生前は人間だったにもかかわらず、持ち前の地位欲や名誉欲から、他者を貶めながら自身の偉業は吹聴して回り、その結果後世に神として名を残すようになったのである。

 一方で、自分はまだ世界が天界と下界に分かれ、それぞれを天つ神・国つ神が治めていた頃から存在する、正真正銘の神である。向こうと比べても神としての格が違うのだ――少なくとも彼はそう思っていた。


「なのに、どうしてあんな奴が祀られている社の方が立派で、わしのところはこんな有り様なんじゃ。ケッ」

 と、彼は社の屋根の上に座って毒づきつつ、顎をあげた。一瞬、腹立たしい気持ちが湧き上がったものの、どうでもよいか――と思い直す。彼の神社は小高い丘のふもとに建てられていて、天を見上げても木々に阻まれて青空は見えない。再び顔を前に向き直しながら、ため息混じりにぼやいた。


「はぁ~。暇じゃのぉ~。おまけにこの暑さ。たまらんわ」


 神であるので、人間のように熱中症を恐れる必要はない。とはいえ、気持ちの問題というのがある。できるなら、このような不快な暑さを少しでも紛らせられるような冷たいものが欲しい。いくら辺鄙な田舎とはいえ、町にはコンビニや自動販売機といった類のものはある。それに、社の向かいにはかき氷を売っている屋台があって、夏場は近くの中学校に通う子供たちのご用達だった。しかし、残念なことに、彼は神であるが故、この社から出ることはできないのだ。お賽銭をちょっくら拝借して、自販機へと走ったり、人間に扮してかき氷を買いに行けたらいいものなのに。


「誰か冷た~いジュースなど、備えてくれんかのぉ」


 そんなことを呟きつつ、胡坐をかいた脚に肘を乗せて頬杖をつきながら通りを眺めていると、男女が並んで上り坂になった通りを歩いてくるのが見えた。二人とも暑い日中だけあって、たっぷりと汗をかいている。男性が黙々としている一方で、女性の方が何やらごねながら、腕を彼の腕に絡みつかせて、しがみつくように歩いている。見ているだけで暑苦しい。


「何じゃあいつら。見慣れぬ顔じゃが、旅行者だろうか――」


 こんなところに来るなんて、珍しい奴もいるものだ――などと考えつつ、神は二人をぼんやりと眺めていた。

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