黒吹雪
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
地吹雪、紙吹雪、桜吹雪……うーん、○○吹雪とつく言葉って、多いようだけど偏っている感があるなあ。
いや、三字熟語や四字熟語を集めるのが課題でさあ。同じ言葉がまじるやつでもオッケーてことで、個人的フェイバリットワードな「吹雪」で集め出したわけ。
けれども、これを使う言葉が思ったより見つからなくってね。
舞うのも、地面の雪、紙、桜の花びらといったものがメインだ。数多く舞うイメージがあるのって、これらくらいなのかもしれない。
こーちゃんは、吹雪に遭ったことはある?
ここはあったかい方だから、よそへ行かない限りはそうそう出くわさないだろう。それも命の危険がある環境に身を置くのは、相当な意欲がないとしんどいよね。
でも、僕は出会ったことがあるよ。
雪でも、紙でも、桜でもない。もっと吹雪くものにさ。
僕のそのときの話、聞いてみないかい?
あれは秋の日の中でも、特に春めいたぬくさをたたえた日だった。
家近くの公園のベンチは、僕の数少ない陽だまりのひとつとして気に入っている。
特に何をするでもなく、腰かけて、ときにウトウトするのは、心安らぐ瞬間だ。
「それなら、自分の部屋のほうがよっぽどくつろげるんじゃね?」という人もいるが、家の中だと誘惑が多い。
たとえそれを心が求めようとも、身体には疲労が溜まると聞いた。どこかの臓器を働かせることには違いない。
その点、のんべんだらりとするのが、一番心休まる。
できることなら日向ぼっこをし、自然の風を受けながら、だ。
あいにく、家でそれができそうなところのレベルでは満足できず、外の公園こそをベストポジションと見込んで、その日もゆったりしていたんだよ。
その、ぼーっと眺める視線の先で。
ひらりと、黒いかけらが舞い、通り過ぎていったんだ。
一見して、それは燃えカスのように思えた。たき火などにくべたものが、こんがり焼かれたあとに残す、この世のなごり。
それらはたいてい、触れれば即座に崩れ去り、広く僕たちが認知している「灰」となっていくことだろう。
けれども、そいつはそれで済まなかった。
というのも、ひとつ通り過ぎたのちに、あとからあとから同じような黒い破片が殺到してきたのさ。
ふたつ、みっつ……そう数えるのが面倒になるのに、さほど時間はかからない。
たちまち僕の視界を黒く染め上げるため、いちどきに集まる欠片は、おそらく数十ほど。
そしてそれらは右から左へ視界を横切って、なお高度を落とさないまま。
僕が見送ったときには、おのおのが肩を寄せ合って、夕焼けをバックに飛んでいくカラスのごとき様相で、空の向こうへ去っていくところだった。
あれをみちゃあ、とても燃えカスとは思えない。
とはいえ、地上を行く人にとっちゃ、追いかけようにも、坂アリ、柵アリ、道路アリ……追いつくときには、自分も足ない幽霊でした、なんてシャレにならない。
僕は彼らが見えなくなると、またしばらくベンチで待ち、追加がやってこないのを確認すると、彼らが飛んできた方角を歩き回った。
相当の高さがあるところから、彼らは巻かれたはず。
そう思って、背の高い家やお店の屋根や、高いフロアを見やってみるも、それらしい気配は見当たらなかった。
そのことがあってから、僕はこれまで以上に公園へ足を運ぶようになる。
いちど気になったものは、原因を突き止めるか、「やばいもの」と判断して中断するかのいずれまで、調べ上げる心づもりだったんだ。
なにせ、あの数秒間の視界の覆い隠し以外に、ほとんどが分かっていない。これは長期戦になるかもなあ……と、期待に胸を高鳴らせていた僕だけどね。
その勝負は、比較的あっさり決することになった。
はじめて、あの黒い破片たちと出くわして、半月ほどが経った。
その日も、秋にしては春ごろを思わせる暖かさに包まれた、眠気を誘われる日だったよ。
このときの僕も、あの日の陽気を思い出していてね。
「これはもしかしたら出会えるかな?」と、わくわくしながらベンチへ腰かけていたんだよ。
のんきなものだよね。傍観者気分でいるというのは。
そうしてベンチへ座ってから数十分。
ひらりと、視界を右から左へ横切ったのは、あの黒いかけらだったんだ。
燃えカスを思わせる、頼りない飛び方ながら、地面に落ちることなく安定して高さを保っていたよ。
「間違いない」と、僕がかけらの飛んできた方へ顔を向けたとたん。
ぺたぺたぺた。
殺到するかけらたちが、一斉に僕の顔へ張り付いてきた。
まなこを覆いつくしてなお足りず、頬も顎も、彼らの身の下へ隠されてしまい、僕はたちまち昼から夜へ招かれたかのような気さえしたんだ。
けれど、それをのんきに観察したり、考え事をしたりしている暇はなかったよ。
その黒い視界が、ぱっと赤々と染まったんだ。下から上にさ。
そして僕もまた、顔全体が一気に熱くなる。
まるでコンロやガスバーナーの火元へ、顔を近づけてしまったかのよう。ちりちりと、髪の先が焦げ付く音さえ、耳にし始めていた。
必死に引きはがすと、それを待っていたかのように、黒いかけらたちは僕の手をするりと抜け、先に旅立っていった仲間を追いかけるように、また飛んでいったよ。
痛みのひかない僕が家へ取って返すと、顔全体がものの見事に真っ赤っかになっていたよ。
猛暑の夏場、一日中外にいたとしても、ここまでになるか分からない荒れよう。
しばらくは、冷やそうとする水でさえ、飛び上がるくらいに痛む火傷を負っていたんだよ。
ほんのわずかな間だけで、あの被害。もっと長引いていたらどうなっていたか分からない。
あの「黒吹雪」の正体は、いまだつかめていないんだよ。