#11 『改変VS創造』
杭のようにいくつもの足場が不規則な方向へせり上がる。
カエデは振り落とされそうになりながらも必死に自身の足場にしがみついている。
――こんなん人力で出来る技じゃねぇ!つまりこれが奴の能力⋯⋯権能ってやつか!
まばらな高さにせり上がり、月明かりがより一層眩しさをあげる。
「僕はまだやらなければいけないことがあってね、傷つけられるのでさえ惜しいんだよ。」
カエデ、『創造者』を見下ろすように、ニゲラ・ガルミアは一番高い自身のステージに佇む。
――不安定な足場で落ちたら即死⋯⋯しかも『創造者』はニゲラのいる場所を挟んで逆側⋯⋯完全に分断された⋯
カエデは深い傷を負っている。
故にこの足場の不安定さではまともに身動きが取れない。
「カエデさんっ!!この状況は危険です!あなたは剣の経験を使って攻撃を避け続けてください!私は地面に戻れるように攻撃を仕掛け続けます!」
その言葉は不意に放たれる。
唐突な言葉にほんの少しの間、カエデの思考が停止した。
しかし、瞬時に全てを理解したかのように手に握っていた剣を構える。
「そんな堂々と宣言してさ、僕がさせるわけないでしょ!」
ニゲラは自身が立っている足場以外をまるで手足のように動かし始める。
「地面に叩き落とせば、少なくとも致命傷だ!もう決着は着いているんだよ!」
カエデの立つ足場も不規則に動き、色々な方向から別の足場が迫ってくる。
カエデは剣を頼りに紙一重で避け続け、振り落とされないように踏ん張っている。
同様に、『創造者』にも足場の脅威が迫る。
この状況の中、『創造者』は目を瞑り、精神を研ぎ澄ます。
そして、まるで迫り来る場所を知り尽くしているように、気配のみで避け続ける。
しかし、次の瞬間、滞空している隙に左右から攻撃が迫ってくる。
「尖岩創造!」
そう唱えた瞬間、『創造者』の傍の空間から先端の尖った岩が飛び出した。
岩は足場と衝突し、足場は砕ける。
「何も無い空間から物質を創造した!?やっぱり神使は神使か⋯、化け物め⋯!」
次から次へと迫り来る足場を尖岩で砕き続ける。
一方でカエデは、傷も開き、限界が近づいていた。
動きが鈍くなっていき、段々と攻撃が掠り始める程になっていた。
――ヤバいっ!!このままじゃ当たるのは時間の問題だっ!!
無限に続く攻撃に、とうとうカエデの回避が間に合わなくなる。
――あ⋯これは⋯ヤバい⋯
「尖岩創造!」
その声とともにカエデに向かってきていた不可避の攻撃が創造物によって相殺された。
「っ!!さっきまで援護なんてできる状態じゃなかったはずなのに、どういうことだっ!!しかも、そこはどう考えても権能の有効範囲外のはずだっ!!」
「甘く見られたものですね、私の権能はそんなに使い勝手の悪い権能じゃないですよ。」
『創造者』の権能は万物を世界に創造する、『新物創造』。
創造要素である質量、体積、形状、性質は自由に変更することが出来る。
そして、その権能の有効範囲は、『創造者』の視覚の範囲内。
目の前に障害となるものがない限り果まで続く。
つまりは『創造者』の目線の先、地平線の果てまで。
そして、先程まで佇んでいた障害が取り払われ、彼女の目線は今、カエデの方向を向いている。
「『創造者』⋯!助かった⋯!」
しかし、状況は依然最悪。
カエデにもう動く余力はないと判断した『創造者』はその権能の矛先をニゲラにも向け始める。
――少し出力を上げる必要があるかもしれません⋯あまり上げすぎるのは良くないですが⋯今は仕方ない⋯!
『創造者』が攻撃に転ずる。
ニゲラに対して向かう岩が三つ、自身の身を守るための岩が二つ、カエデを守るための岩が四つ、そして、ニゲラの立つ足場を破壊するために柱を囲むように向かう岩が九つ、ほぼ同時に発射される。
ニゲラは岩の一つを避け、一つを拳で砕き、同時にもう一つを蹴りで砕く。
しかし、足場の中間を襲った九つの岩により、ニゲラの重心が崩れる。
「槍撃創造!」
空間に創造されたのは、武器の一種、「槍」。
角度はニゲラの方向、狙いは心臓の位置へ。
人一人を貫く速度には十分な速さで、創造物は射出される。
崩れた重心で不安定な中、ニゲラは回避行動をとる。
しかし、完全に回避することは出来ず、ニゲラの左肩に槍が突き刺さる。
「ぐあぁぁぁっ!!」
声を上げると共に、ニゲラは左肩を押さえ膝を着く。
「くそっ!!やってくれたね!!でも、致命傷じゃなければ僕の権能は止まらないよ⋯!」
「いいえ、これで十分です。あなたに一撃でもくらわせてあなたの気を引ければ、それで今の私の役目は終わりです。」
その言葉が発せられた瞬間、ニゲラの背後からカエデが奇襲を仕掛ける。
「油断大敵だぜぇぇぇぇっ!!」
―――――――――――――――――――――――
「私の権能には当然、代償が存在します。」
「ノーリスクで使えるってわけじゃねぇのか?」
「能力を使えば世界のどこかから創造する際のエネルギーを消費します。そして創造が困難なものになればなるほど消費エネルギーは増大していってしまいます。」
「つまり、めっちゃでかい大岩とか大量の水とかは創れないって解釈でおーけー?」
「極論そうなります。」
「なんも無いところからも創造物は出せるんだよな?」
「出来ますが、消費するエネルギーは大きくなります。だから極力使いたくはないですね。」
「その創造物ってさ、動かせたりすんの?」
「動かせますよ⋯。でも会話の流れから分かるでしょうけど⋯」
「消費するエネルギーは大きい、だろ?」
「はぁ⋯、その通りです。」
「じゃあこれはもしものもしものときのとっておきだな!」
―――――――――――――――――――――――
とっておき。
それは『創造者』とカエデが開戦前の作戦会議の時話に挙がった、もしもの場合にニゲラを錯乱させるための奇襲の作戦。
創造物を動かし、カエデを飛ばすという奇想天外な作戦。
この作戦を『創造者』は冗談半分に考えていたが、ニゲラが『創造者』に集中するタイミングが来たために、チャンスが生まれた。
練習なしのぶっつけ本番。
それでも形が成功するのは、『創造者』の技量によるもの。
見事にニゲラの意表を突いた攻撃は成功する。
カエデの振り抜いた剣がニゲラの背中をざっくりと斬る。
血飛沫が吹き出し、ニゲラは両膝を着く。
「猿のようなこと⋯を⋯!ふざけやがって⋯!」
ニゲラは肩に刺さった槍を抜き、空中へ投げ捨てる。
カエデは勢いのまま、『創造者』のいる足場へと着地する。
「もう観念しろ!その傷じゃ俺達には勝てねぇ!」
カエデが逃げらに向かって言葉を放つ。
それは誰がどう見ても確信できる内容。
肩貫かれ、背中を深く斬られてしまえば戦闘を続けることなどできはしない。
そう、普通の人間ならば。
「勝利宣言かい?はっはっはっはっは!!ちょっと早すぎるんじゃない?誰がいつ、敗北したんだよ?」
その発言と共に、ニゲラが負っていた傷がみるみるうちに回復していく。
肩に空いた穴も、背中についた斬撃痕も。
「痛かったよ、でももう痛くない。動けない訳でもない。これでどうして観念しなきゃならないんだ?どうして君たちに勝てないんだ?」
「嘘だろ⋯!?傷が完璧に回復した⋯!?」
「言ったじゃないか、淡い希望を粉々にするって。希望を持てただろう?でも今のこの状況は絶望以外の何者でもない!君たちは甘すぎるんだよ!」
「そんな⋯、こんなんどうやって勝てばいいんだよ⋯」
カエデは絶望し、頭を抱える。
今までしてきたことが全て水の泡になり、意味をなくしてしまった。
それはカエデにとってとてつもない絶望を与えた。
しかし、そんなカエデを励ますように『創造者』が口を開く。
「いいえ、カエデさん、この勝負私達の勝ちです。」
そう言うと『創造者』は空に向かって権能を放つ。
「光創造!」
放たれたのは赤色の光の弾。
光の弾は夜の空に美しく輝き、月を照らすように広がる。
「赤い光の弾?なんのつもりだい?」
「私達のターンは終わりです。あとは任せましょう。」
「大蔓波創造!」
『創造者』が唱えると、空間から無数の大きい蔓が現れ、まばらにそびえ立つ足場を崩してゆく。
「今更、足場を壊して何になるって言うんだい?」
三者共に、空の舞台から地面へと戻ってゆく。
そして、三者が地に足をつける。
「もう満足かい?無駄な足掻きだよ。」
ニゲラがそう言い放ち、二人にとどめを刺すためちかずこうとしたその時、それは訪れた。
地に大きな衝撃が加わり、砂埃が辺り一面に舞い上がり、風が空を裂くように流れる。
砂埃が晴れていき、人影が見えてくる。
その影はカエデと『創造者』の方へ近づいていく。
「ご無事ですか?『創造者』様?大事の時に傍に仕えることが出来ずに申し訳ありません。」
青年の声が辺りに響く。
砂埃の中から、すみれ色でそれなりに伸びている髪、腰に剣を携え、黒色の生地にところどころ青色の装飾の入った服を着た好青年が現れた。
「ようやく帰ってきたのですね。ブレイブ。」
『創造者』はその青年に親しげに話しかけた。
「ええ、遅れてしまい申し訳ありません。それはそうと⋯」
青年はニゲラの方を向き、口を開く。
「あなたを知っていますよ。確か、『狂想なき楓』のニゲラ・ガルミア、でしたよね?」
「マジかぁ⋯、こんなところで君に会うなんてね。『国威剣聖』ブレイブ・リバーツ。」
「その肩書きもあるのですが、今は『創造者傍付き護衛』の方が相応しいですね。」
『国威剣聖』もとい『創造者傍付き護衛』ブレイブ・リバーツ。
少し遅れて、討伐に参戦する。