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理想を望む世界のReStart  作者: 甘夢 柊
第一章 生誕村での凶厄
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#10 『幾星霜の覚悟の重み』

 「ドォーン」と身体中に響き渡る衝撃。

 脳が揺れたか、カエデは意識が朦朧としながら、まだ辛うじてその目は開いていた。

 視界の暗闇が徐々に景色に移り変っていくにつれ、カエデの脳に痛みの信号が伝わっていく。

 肩の辺りから、鎖骨の辺りまでに連なる焼くような痛みがカエデの脳の意識を繋ぎ止める。

 範囲は小さく、だが、深く傷が開き、とても剣を触れるような状況では無い。

 さらには、叩きつけられた衝撃で体が上手く動かせない。


 ――痛い⋯!熱い⋯!苦しい⋯!


 頭の中で、負の感情がグルグルと駆け回る。

 ズキズキとした痛みは、意識がハッキリしていくにつれて、どんどん鮮明になっていく。

 蹴りが直撃した顔の鼻からは血が垂れている。


 ――戻ら⋯ないと⋯


 痛みの次に頭に浮かぶのは、『創造者』の心配。

 戦闘はからっきしであると明言していた彼女を一人にしてしまっていることに対する焦り。

 こんな状況でもカエデは、一端の剣士だった。

 その瞳は常に、敵のいるであろう方向を向いている。


 ――早く⋯戻らないと⋯


 しかし、感情に体が追いつかない。

 依然として、体の重みは消えない。

 心と体が一致していない今、カエデは動くことが出来ない。


 ――あぁ⋯前にもこんなことが⋯あったような⋯


 この状況の中、身に覚えのない既視感がカエデの頭を駆け巡る。

 焦燥感は募るばかり。


 ――でも⋯戻ってどうすればいい⋯


 突きつけられた現実と共に疑問が浮かぶ。

 今の自分の情けない状態を理解しているからこそ、浮かんでくる疑問。


 ――この状態で⋯どうやってあいつを足止めしたらいい⋯


 五体満足の状態ですら適わなかった相手を今の状態でどう立ち回り、どう足止めしたらいいのかという疑問。

 むしろ絶望感を刻まれたと言っても過言ではない。

 遂にはうっすらと幻覚も出始めた。


 ――なんだよ⋯女の子が立ってる⋯?


 カエデが見たその女の子はうっすらと微笑んでいるようだった。


 ――俺⋯死ぬのか⋯?


 状態はさらに悪化し、幻聴までもが聞こえてきた。


「助けて貰えなくて⋯ごめんね⋯」


 その言葉がカエデの耳に届く。

 無意識だろうか、カエデの目から涙が零れる。

「悲しい」というよりも鮮明に覚えた感情。

「悔しい」という感情。「惨め」という感情。

 心の底から鳴り響く、「ズキッ」とした溢れそうな音。


 ――なんで⋯そんなこと言うんだよ⋯


 幻聴はさらに続く。

 今一番、カエデに重くのしかかる幻聴が。


「だから今度は⋯守ってあげて⋯」


 その言葉は体の重みを取り払う。

 心に響き渡る衝撃と、突風が吹いたかのような感覚。

 疲れきって動かない鉛のような体を、凝り固まっていた覚悟を、それは一言にして溶かしていった。

 勝手に体が動くというのはこういう事だと体現するように、カエデは必死に立ち上がる。


 ――あぁ⋯重いなぁ⋯


 窮地に立たされてこそ、花開く才能。

 突出した能力値はこの時のためのものだと言わんばかりに、カエデの体に力が込もる。


 ――何度だって考えたはずだ⋯自分が傷つく事も⋯苦しいことも⋯


 体に込められた力は、胴を伝い、足に移って行く。


 ――覚悟もしてたはずだ⋯


 剣を握る手はより一層、力を増していく。

 筋肉がはち切れそうな程に、込められた力はより一層、重くなっていく。


 ――重いなぁ⋯でも⋯まだ全然足りなかった⋯覚悟が足りなかった⋯


 圧縮された力は瞬間にして解き放たれる。

 今までにないほどの速さで、強さで。

 思いっきり踏み込まれた足の行く先は、自分が吹き飛ばされた方向へ、ニゲラのいる場所へ。

 雷のように、空気を裂きながら、カエデの体は動く。

 速く、より速く、カエデは足を動かし、走る。

 そしてカエデは目撃する。

 今まさに、『創造者』に振り下ろされる瞬間の剣を。


 ――ありがとう⋯間に合った⋯


 カエデはそのスピードで、『創造者』とニゲラの間に割って入る。

 痛む右腕を動かし、振り抜く。

 その刃は正確に、かつとても強く空気を裂く。

「ガキィン」という音と共に、ニゲラの凶刃は止められた。


「へぇ、あの状態から戻ってこれたんだ。」


 ニゲラは驚いた様子で言葉を発する。

 カエデの目はそんなニゲラの姿を睨みつけながら捉えていた。



 ―――――――――――――――――――――


「カエデさんっ!!大丈夫なんですか?」


『創造者』が驚いたように、また心配した様子でカエデに声を掛けた。

 カエデの肩からは真っ赤な血が垂れている。

 『創造者』がその容姿に気付き、驚いた表情をした後、自身の巫女装束の裾をちぎり、カエデの傍に駆け寄った。

 そして、ちぎられた裾をカエデの肩に強く巻いた。


「普通、そんな傷であんな動きしたら腕がちぎれるはずなんだけどなぁ。まだ動けるのかい?そんな傷を背負いながら。」


 カエデはニゲラの言葉に反応はしつつも、終始無言を貫いていた。

『創造者』はカエデの応急処置を終え、静かに会話し始める。


「この出血量と傷の深さじゃ、もう戦えません。あなただけでもここから⋯」


「バフを掛け直してくれ。」


「バフ?もうあなたは戦えるような状態じゃ⋯」


「早くしてくれ、あいつがいつ攻撃してきてもおかしくない。」


「そんなこと言っても⋯、いえ、あなたの覚悟に賭けましょう⋯、どうなっても知りませんよ。」


『創造者』は渋々ながらも了承して、バフを掛ける準備を始める。


強化創造ストレングスクリエイト!」


 カエデは沈黙を続ける。

 ニゲラへの熱線、その一点だけを強く見つめて。

 静寂を切ったのはカエデの飛び出し。

 ニゲラの足元へ高速で移動し、右腕を振り上げる。

 カエデの握る剣は真っ直ぐ、ニゲラの頸を目掛けて振られる。

「ガキィン」と音が響き、カエデの斬撃は止められる。


「危ないじゃないか、僕だから止められたけど。」


 カエデは寡黙に剣を振り続ける。

 ニゲラはそれを軽々と捌き、どこか余裕の笑みを浮かべている。


「甘いよ、甘すぎる。そんなんで僕に刃が届くと思ったら大間違いだ!」


 ニゲラは瞬間に三連撃、カエデはその斬撃を右頬と左肩、そして右足に食らう。


 ――ッ!!⋯⋯⋯


 カエデはその場に膝を着き、しゃがみこんでしまった。

 カエデの体は既に満身創痍、これ以上の戦闘が危険な状態。

 未だ出血は勢いを止めず、カエデは貧血気味になっている。

 その様子を『創造者』は遠くから眺めることしか出来なかった。

 自分が割って入れば、邪魔になってしまうこと。

 カエデにもはや自分を庇いながら戦闘ができる状態では無いこと。

 この考えが、下手な加勢を引き止める。


 ――もうカエデさんは戦えない⋯私が⋯


 唇を噛み締め、葛藤の狭間で立ち止まっている。

 ニゲラの圧倒する実力にカエデも『創造者』さえも為す術なく切り崩された。

 覚悟も届かず、無常に。



 ―――――――――――――――――――――


 ニゲラ・ガルミアは『規律者』の治める土地「パテラ」で産まれ落ち、育った。

 しかし、両親はニゲラが五歳の頃、戦争で亡くなった。

 行く宛てもなく、生きる術も持たず、孤独に過ごしていたとき、ニゲラはある後の師匠となる人物と出会う。


「君は、一人なのか⋯?親はどうした⋯?」


「お母さんもお父さんも、居なくなっちゃった⋯」


「捨てられたのか⋯?」


「ううん、戦いに行って居なくなっちゃった⋯」


「戦い⋯?戦争のことか⋯、子供一人⋯か⋯。私のところで育てよう⋯。ついてくるといい⋯。」


 ニゲラは偶然知り合ったこの人物に生活を貰った。


「私はいつまでも君の面倒を見れる訳ではないんだ⋯、君にはこの世界で生きるための強さを覚えてもらう⋯。」


 ニゲラは戦闘を叩き込まれた。

 この世界で生きるために、強くなるため、と。


 ニゲラが七歳の時、ちょうど二年が経った頃、権能を発現する。


「すごい権能だな⋯、鍛えれば強くなれる⋯、これからはそっちも鍛えよう⋯。」


 師匠はニゲラに権能の使い方を教え、鍛えた。

 しかし、ニゲラにはどうしてもなし得ないことがあった。

 師匠は権能を所持しているらしいが、それを使うことは一度もなかった。

 しかし、ニゲラが権能を戦いに織り込んでも、師匠にホコリ一つつけることが出来なかった。

 加えて、師匠は立ち会いの時、自分がいる場所から一歩たりとも動くことがなかった。


 ――この人は越えられない⋯


 鍛錬を重ね、剣技を磨き、権能を鍛え、五年が過ぎた。

 それでもニゲラは師匠に全く適わなかった。

 そして、いつも通り迎えたある朝。


「私は旅に出る⋯、君の面倒を見れるのもここまでだ⋯。」


 その言葉は唐突に発せられた。


「旅に出るって⋯どこに⋯?なんで急に⋯!?」


「これも私の天命だ⋯、どこ⋯か⋯、そうだな、ずっと西の方へ⋯。」


「そんな⋯!俺、まだ教わりたいことが沢山⋯!」


「気持ちは分かるが、これも君のためだ⋯、君も自分の道を歩むといい⋯。」


「その旅っていうのは、世界を厄災から救う予言と何か関係があるんですか⋯?」


「そうだな、私はそう思っている⋯。」


「なら僕も一緒に⋯!」


「ダメだ⋯、君は自分の道を進むべきだ⋯。」

 

 ニゲラは師匠と共について行くことが叶わなかった。

 そして、ニゲラはまた一人になった。



 ―――――――――――――――――――――


「お前がどれだけ強くても、絶対に俺はお前に刃を突き立てる!」


 カエデは剣を握る右腕を大きく振り上げる。

 意表を突いたこの攻撃は、ニゲラの頬に傷をつけた。


「!? まだ剣を振れるのか⋯、まったくしぶといなぁ⋯。」


 ニゲラは驚き、傷つけられた頬に触れた。

 一瞬、両者の間合いが空間から消える。

 ニゲラが意表を突かれ、呆気にとられているその一瞬を『創造者』はしっかりと見ていた。


岩石創造(ストーンクリエイト)!」


 ニゲラの足元から、尖った岩が飛び出す。


 ――この攻撃は⋯!速いっ⋯!


 先程と違い、岩は速度を持っていた。

 鋭利な岩の先端がニゲラの剣を握る腕に直撃する。

 ニゲラは反応が出来ず、剣を手放してしまった。

 ニゲラはバックステップで迫り来る岩を回避する。


「やってくれたね⋯。」


 ニゲラは余裕を持っていた表情から、怒りに満ちた狂気のような表情へと変わっていった。


「ああ、そうかい。君も君も、まだ淡い希望を抱いているんなら、全部粉々に壊してあげるよ⋯!」


 ニゲラはそう言いながら右手を大きく掲げた。

 そして、その右手に眩い光が終息する。


「『《改変(モディフィケイション)》』!」


 その言葉と共に、地面がまばらに浮き上がってくる。

 丸い円形の筒のように、地面がせり上がり、カエデと『創造者』を空中のステージへと誘う。


 ――なんだよこれっ!?床がせり上がって⋯!


 カエデも『創造者』もこの事態に対応ができず、ただただされるがままに佇む。


「今一度、君たちと僕の力の違いってものを見せておこう!もう二度と、ヘマをしないためにね⋯!」


 舞台は地面から空へと、切り替わっていった。


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