#9 『星の祝福』
カエデには確かな勝算があった。
ただし、告げられた50%の数字。
この数字がカエデの確かな勝算を鈍らせる。
「あいつがここに来るタイミングを知ることは出来るか?」
「結界を跨ぐときに。それまでに経験を慣らしておくことをおすすめします。」
カエデは剣を鞘から抜き、試し振りする。
「もうこれで経験を積んだことになんのか?」
「そうですね。」
経験を積んだという感覚は無いが、確かに経験を積んだことになっているらしい。
あとは待つのみ。
カエデは静かに開戦の時を待つ。
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「そろそろかな⋯」
男は機会を伺っていた。
「ここから一歩踏み出したら、もう戻れないかな⋯」
男は静かに階段に向かい歩み出す。
一段、また一段と登り続けていく。
「ここからは結界が貼ってあるのか⋯ちょっと厄介だね。」
男は貼られている結界に気付くと、顔を顰めて階段の先を見つめた。
目線はずっと上を向きながら、男は階段をどんどんと登っていく。
男が鳥居が見える辺りまで登った時、突如、大きく飛び上がった。
男は鳥居を軽々と飛び越え、砂埃を上げながら着地した。
男は目の前にいた者と、後ろにいる『創造者』を視界に捉えた。
「おや、他にもいるようだね。どっちだっていいけど、始めようか⋯。」
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カエデと『創造者』は今か今かとその時を待っていた。
カエデは腰の剣の柄に手をかけ、鳥居の方向をじっと見つめる。
その後ろで『創造者』は目を閉じながらじっとしている。
だが、瞬間、静寂を切り裂くように『創造者』が声を上げる。
「カエデさんっ、結界に反応がありました!」
カエデは依然として鳥居から目を離さず『創造者』の言葉を聞いていた。
――さぁ来い⋯!厄災!
カエデの目に一瞬、影が映った。
次の瞬間、突然にして、鳥居とカエデの間を割るように砂埃が巻き上がる。
カエデと『創造者』の耳に男の声が届く。
「おや、他にもいるようだね。どっちだっていいけど、始めようか⋯。」
砂埃が晴れていき、男の容姿が顕になっていく。
カエデの瞳に、『創造者』の瞳に、姿が映る。
「待っていましたよ⋯」
「やっと来やがったなっ⋯」
「「ニゲラ・ガルミアッ!!」」
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「ビンゴだ、やっぱりここにいたんだねぇ、『創造者』。」
「なぜこの場所が分かったのですか、なんて分かりきった質問はしません。私が問いたいのはただ一つ、なぜここに来たのですか?」
「その質問に僕が答えて、君たちは武器を下げてくれるのかい?」
「返答次第ですかね。」
『創造者』がそう言うと、ニゲラは背中に差していた剣を手に取り腰にかけ直した。
そして、剣を鞘から抜き、カエデの方へ切っ先を向けた。
「返事はしないよ。時間の無駄だしね。」
ニゲラはそう言葉を残すと、とても素早い動きでカエデの後ろに回り込む。
――やべぇ!速っ⋯⋯
カエデの首に剣が振られ、振り切られる。
あまりの速さに、一切の身動きを取れなかったカエデの首に刃が到達する瞬間⋯
「防壁創造!」
『創造者』がそう唱えると、カエデの首と刃の間に岩か何か分からないが、壁が突如として現れ、斬撃を防いだ。
「カエデさん、援護は任せてニゲラ・ガルミアに集中してください!」
『創造者』がカエデにそう告げると、また唱え始める。
「強化創造 二重層!」
唱え終えると、カエデは自身の体が軽くなるのを感じた。
――なんだこれ⋯!体がめちゃくちゃ軽い!
カエデの能力値にバフが掛かる。
間髪入れず、ニゲラはカエデに剣を振る。
その攻撃に合わせカエデも同じく剣を振りかざす。
『ガキィン』という金属音が辺りに響き渡り、二つの刃は互いに交差して拮抗していた。
「君、面白いね。まるで経験を詰んだように見えないのに、僕とここまで張り合う実力がある⋯。何者だい?」
「んな事言って、自分の方が実力が上ですってか?余裕だなっ!!」
カエデは休む隙も与えぬ程の連撃を浴びせ続ける。
ニゲラはその猛攻をいとも容易く受け流していく。
「この猛攻の中、的確に隙をつけているね。攻撃に入る前まではさっぱりなのにさ。その剣に何かからくりがあるのかな?」
「そういう剣技なんだよっ!!澄まし顔しやがって!!」
カエデの息使いが荒くなっていく中、ニゲラは顔色を変えずにカエデの剣撃を捌いている。
「そりゃあね、僕だって剣術をかじってるから、君みたいな形無しの剣術には負けないよ。」
依然としてカエデの勢いは止むことがないが、同じようにニゲラもブレない。
「そろそろバフも切れる頃じゃないかい?」
ニゲラから放たれた唐突の一言。
カエデはその言葉に一瞬、動きが止まる。
「動揺したね?」
その一瞬をニゲラは見逃さなかった。
カエデの瞳に映るニゲラの剣は突如として消える。
またしてもの動揺、故に生まれる一瞬の隙。
その一瞬にニゲラの固く握られた右の拳がカエデの鳩尾の辺りに重くぶつかる。
息着く間も無く、ニゲラは左手を伸ばし、刀を握るカエデの右腕を自身の間合いに引きずり込む。
握られた右拳はカエデの顔の辺りまで挙げられ、肘がカエデの握り拳に落とされる。
衝撃で剣を落とされたカエデの目の前には、ニゲラの裏拳が映っていた。
「しまっ⋯!!」
カエデの顔面に裏拳がクリーンヒットした。
空を舞っていたニゲラの剣は一連の動きの後、タイミングを合わせたかのように、ニゲラの手元に戻る。
――まずいっ!!モロにくらって回避が⋯!
ニゲラが剣を振り上げ、カエデの右肩を目掛けて振り下ろす。
「氷結創造!」
しかし、その攻撃は凍てつく冷気と共に不発に終わる。
「私がいることも忘れないでくださいね。あなたの戦闘の邪魔ぐらいならいくらでも出来ます。」
「へぇ、面白くなってきたね。遂に五大神使も参戦かい?君は補助特化の権能っぽいけど、どこまで役に立てるんだい?」
「岩石創造!」
『創造者』が唱えた瞬間、ニゲラの足元から尖った岩が突き出してくる。
ニゲラは左右にバックステップで距離を取りながら躱していく。
「速度は抑えめだけど、範囲が広いね。本当に妨害に特化してるのか。厄介だなぁ。」
ニゲラが距離を取ったおかげでカエデは体勢を取り戻す。
「助かった、ありがとう『創造者』。」
「えぇ、バフも切れてしまいました。やはり一筋縄では行きませんね。なりふり構ってられません。やはり、盟譜を使いましょう。」
「やっぱそうなんのか⋯、あんたの予想通りだな。」
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時は遡り、戦闘開始前、作戦を話し合っている時。
「おそらく普通に戦っても相手の体力を消耗させる事も叶わないでしょう。」
「じゃあ、どうすんだよ?」
「アストルムの盟譜を使います。」
「またアストルムかよ⋯、それって大事なもんじゃねぇのか?」
「いえ、そこまで重要ではありません。というより、こういう時の為のものです。盟譜に印字されているのは『能力値超上昇』です。その剣に組み込まれているのは『上昇』なので、確実にパワーアップは出来ます。」
「超って⋯、じゃあ剣の上昇量が2なら盟譜?ってやつはどんくらいなんだよ?」
「ざっと100です。」
「ひゃ、100!?バケモンじゃねぇか!!そんなん制御出来んのかよ?」
「制御自体はできます。ただし剣と違い効果時間があります。」
「どんくらい?」
「30分持ったらいい方です。普通なら10分程度でしょうが、あなたの素の能力値から見たら20分は持つでしょう。」
「20分か⋯、ギリギリになるかもしんねぇ⋯。」
「そうですね、残り40分の稼ぎ方が重要です。」
「自力で稼ぐしかない、か。」
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「アストルムより捧げられし天啓よ、運命に守られし星の光よ、我が命に従い、かの者に祝福を!」
『創造者』が譜文を唱えると、盟譜は光りだし、その光がカエデの体の元へ吸い込まれていった。
「またバフをかけたのかい?懲りないね。でもさっきのチンケなバフと違ってちゃんとしたバフみたいだ。」
ニゲラはそう呟くと、とてつもない速さで動き、カエデとの開いてた距離を詰めてきた。
「今度のはどれくらい持つかな?」
距離を詰めると同時に繰り出される攻撃。
が、しかし、ニゲラの目の前からカエデの姿が消える。
「なるほど、凄い反応速度だ⋯。」
ニゲラの背後に砂ぼこりが舞う。
そこにはカエデの姿が映っていた。
――本当に強くなってる⋯!今までに無いくらい速く動けた⋯
「この力でお前を倒してやる!ニゲラっ!」
カエデは剣の切っ先を向け、堂々と宣言した。
しかし、ニゲラの顔から、どこか余裕を出していた不気味な笑みが消えていった。
「この力、か。寝言は寝て言えよ。その力はアストルムのものだろう?そんな忌々しいものに、僕が負けるわけが無いだろう。」
ニゲラのこの発言を聞き、後ろで様子を見ていた『創造者』は思わず口に出す。
「忌々しい、と言いましたか?ふざけないでください!この力は神聖なものです。忌々しいわけが無いでしょう!」
「いいや、忌々しいさ。それは裏切りの力だ。僕も身をもって経験しているからね。そんな忌々しいもの、見たくもないんだよ。」
「馬鹿にするのもいい加減にしてください!」
「馬鹿にしているのは君たちの方だ!アストルムというものがなんなのかを君たちはまるで理解していない!こんなチンケな村から出たこともないような青二才のガキも、引きこもって何の役にも立たない憐れな神使も、夢も理想もないような奴らが、僕の邪魔をするなんて笑わせるな!」
ニゲラは今までにないぐらいの迫力で言葉を吐き出した後、カエデの目の前から凄いスピードで姿を消した。
――!? 消えた⋯!?どこに⋯
瞬間、凶刃は振られる。
カエデの右の鎖骨辺りから肩に向かって、刃がざっくりと通される。
カエデは上がった反応速度を持ってしても反応が出来ず、モロに攻撃を身で受けることとなる。
カエデは咄嗟に肩の辺りに手を当てる。
――斬ら⋯れた!?やばい!
思考が攻撃されたという事実に追いついた時には既に遅く、カエデの目の前に黒い影が映る。
ニゲラの右足がカエデの顔面に直撃する。
カエデの体が宙を舞い、社に向かって吹っ飛ぶ。
「カエデさんっ!!」
カエデの後ろで状況を見ていた『創造者』は思わず声を上げた。
「ふぅ、利き手は右だろう?もう君は剣を振れない。勝負ありだね。次は君がやるのかい?『創造者』。」
ニゲラは『創造者』の方に静かに体を向けて問いかける。
「くっ⋯!」
『創造者』は苦しい表情を浮かべながらニゲラを見る。
完全なる誤算。
ニゲラのこの強さは、カエデと『創造者』が予想していたよりも遥かに上をいっていた。
――考えなければ⋯この状況を打開する方法を⋯
空間に緊張が走る。
ニゲラの顔に不気味な笑みが戻ってくる。
「所詮この程度。本人に実力がなければ、どれだけバフを掛けようとも届くことは無い。ある程度の実力が無かったら、神使のテリトリーに一人で乗り込んでくるはずがないだろう?それなのに、君はあんな青二才を寄越してきた。僕に適うわけもない。」
「この程度で彼が戦闘不能になるとでも?」
「絞り出した言葉がそれかい?ハッキリ言おう。彼じゃ役不足だ。君にはとても恐ろしい強さの傍付き護衛がいると聞いていたから、拍子抜けだよ。」
ニゲラは会話をしながらもジリジリと『創造者』に近づいていく。
「君が僕たちに協力してくれるというのなら、命は助けるよ?君の力はとても強大で替えが効かないんだ。」
「私があなた達に協力?くだらない妄言はやめてください。」
ニゲラはどんどん近づいていき、とうとう『創造者』がニゲラの間合いに入る。
「それが答えだね?惜しいなぁ、憐れで、情弱で、なんとも儚いものだよ。」
ニゲラが腕を振り上げ、凶刃が振り下ろされる。
「終わりだね。」
空を裂きながら、『創造者』に無慈悲な凶刃が振り下ろされた。