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(二)-8
幸恵はキッチンに戻っていった。
その直後のことである。寿司桶によってテーブルの隅に押しやられ、神先生の前にかろうじて存在場所を確保していた時代遅れの黒い電信装置が、昭和のベル音を高らかに奏でた。一堂はそれを凝視し、その動きを止めた。
「ついに来た」
「いよいよね」
そう兄妹が言うと、高井戸が「先生、さ、どうぞ」と神先生に受話器を取るように促した。
神先生は引きつっているとも言えるほど引き締まった顔をした。そして一度三人の顔を見回した後、ゆっくり受話器に手を伸ばす。そして黒い台座からそれを持ち上げる。さっきまでけたたましい音がぴたりと止む。神先生が握った受話器をゆっくりと自らの耳にもってゆき、当てる。
(続く)




