悪徳金貸しの俺を死神が迎えに来た
余命宣告を受けたのは一年前。
告げたのは医者でも薬師でもなく、死神と名乗る男。
「どーもー。初めまして!
私は、貴方を審判の門までお連れする死神です。
予定は一年後。
それまでに心残りが無くなるように、お手伝いさせていただきまーす」
なんとも軽い死神だが、キライじゃない。
俺は世間では、悪徳金貸しで通っている。
人の弱みに付け込み、金を根こそぎ巻き上げる。
若い娘を無理やり金で買い、すぐに飽きて捨てる。
それが世間での、俺の評判だ。
「そうか、後一年か。
それまでに、何人女を買えるかな?
何人から幾ら巻き上げられるだろう?」
「楽しそうですねえ」
「ああ、楽しいさ。
俺はやりたいことを、好き放題やってるからな!」
余命一年でも大人しくなんてしていられない。
俺は、今までと同じように女を買い、容赦なく金を巻き上げた。
やがて、最期の夜が来る。
「いい人生だったよ。悔いはない。
死神、お前さんのお陰だな。ありがとう」
「お礼を言われたのは初めてです。
皆、私を下僕のように手酷く扱うんですよ」
「そうなのか?
寿命を教えてくれて、サポートまでしてくれるのに感謝しないとは、酷い奴等だ」
「まあ、そういう連中はほとんど、地獄へ落ちるんですけどね。
私も役目ですから一応近くにはおりますが、貴方のように助言を受け入れてくれる方でないと、あまり手助けはしませんね」
「はは、そうか。俺はお眼鏡にかなったか。
ありがたいことだな」
俺は森の中の小屋にいた。
俺を恨む連中に嬲り殺されるなんて、真っ平だからな。
寿命が来たら、どこで何をしていても死ぬと教わったので、一人静かにベッドで逝くことに決めた。
「明日の朝、俺は目覚めないんだな」
「はい。人生最期の眠りです。安らかに、お休みください」
「本当にありがとう。お休み」
次に気付いたときは、死神と共に空に浮かんでいた。
魂だけが抜け出したようだ。
身体が残っているはずの小屋は、つる草に覆われて見えない。
「あれは、お前さんがやってくれたのか?」
「ええ。ちょっとしたサービスです。
遺体を穢しに来るような輩もいますからね」
「本当に、何から何まで世話になる」
「いいえ、本番はこれからですよ。
天国と地獄、どっちがいいです?」
「選べるのか?」
「ごめんなさい、冗談です。
審判の門でサイコロが決めますから選べません。
でも貴方、人気者ですよ。
天国からも地獄からも、お迎えが来てます」
空を昇って行くと、やがて審判の門が見えてきた。
その片側には一人の美女、そして、反対側にはなんとも醜い地獄の住人たちが押し合いへし合いしている。
天国からの迎えは、大昔に失った恋人の顔をしていた。
大きな翼を背負った天使の姿で微笑んでいる。
しかし、よく見れば、その手には尖った槍が……
「……すごい美女ですが、闘うタイプの天使様ですね」
対して地獄からの迎えにも、見覚えがある。
まさしく、俺が地獄へと突き落としてきた面々だ。
さぞや恨んでいることだろう。
「逆恨みもいいとこですねー。
地獄に落ちたのは自分の行いのせいなのに。
人間がいかに干渉しようとも、地獄に落とせるわけがない」
死神の言うことは正論だろうが、そう割り切れるもんでもないんだろう。
地獄コースなら、奴らの話を聞いてやるさ。
話で済むのかわからんが。
魂同士で殴り合ったりするのだろうか?
痛いのは、あまり好かないが。
そして、天使の彼女も俺を恨んでいてもしょうがない。
若かった俺は、好いた女を守れなかった。
あの時、俺に金と力があれば、彼女は身を落とさずに済んだのに。
娼館に売られた挙句、流行り病で早死にするなんて……
俺は覚悟を決めた。
彼女の槍に突かれ、地獄へ真っ逆さまもいい。
それなら、気分良く落ちていけるだろう。
ん、サイコロが行先を決めるんだったか?
更に門へ近づくと、地獄勢が邪魔するように押し寄せて来る。
すると、天使が猛スピードで奴らに迫り、一瞬のうちに槍で蹴散らしてしまった。
「あらー、あの天使様、お強い」
「さて、次に成敗されるのは俺かな?」
神妙にしていると、天使が笑顔を向けてくる。
「やっと来たのね」
「俺を恨んでいるか?」
「馬鹿ね。わたしは貴方の真心を知っているわ。
わたしを本当に愛してくれた貴方は、お金と力が無いことを後悔した。
だから努力して、それを手に入れた」
「そんな立派な人間じゃない」
「貴方は悪徳金貸しなんかじゃないでしょ?
困ってる女の子を、金で買ったと見せかけ、救ってきたじゃない。
そして、彼女たちを陥れようとした悪者たちから金を巻き上げた。
そんな貴方を地獄に落とす神がいるなら、わたしが成敗するわ」
「え? 神を成敗?」
死神も驚いている。
「君はなんで、そんな力を持っているんだ?」
「わたし、もともと大天使なの。
しかも、神様の下にいるわけじゃない。
神が過ちを犯した時には、私が審判を下すのよ。
貴方に会えたのは、地上で人間界の視察をしていたから」
「神を審判? こわー」
死神が縮み上がる。
「こんなわたしじゃ嫌かしら?」
「まさか! さすが俺の最愛の女だぜ!」
「ふふ、その軽口、最高!
さあ、いらっしゃい。貴方が来るのを待っていたんだから」
「ではー、私はこれでー」
「あら、貴方のお友達じゃないの?」
「まあ、そうだな。いい話し相手だったし、いろいろ助かったよ。
ありがとう」
「いえいえ、とんでもないー」
「ねえ、死神さん。よければ、一緒に来ない?」
「しかし、私はこの門の先には行けません」
「わたしが許すわ。
それに、いろいろ、教えて欲しいこともあるし」
「もしや、死神の裏事情を調査なさる、とか?」
「まあ、そういうことね」
「うーん、私、うっかりバラして消されませんかね?」
「わたしの庇護下に入れば、誰にも手出しさせないけど?」
「なるほど。分かりました。
では、大天使様の下で働かせていただきましょう」
門の前には審判のサイコロが待ち構えていた。
しかし、彼女がひと睨みすると、コロリと転がる。
出た目は、天国行きだ。
足を踏み入れた門の向こうには雲の階段がひたすら上へと続いていた。
「じゃあ、上で待っているから、ゆっくり昇ってきてね」
彼女は大きな白い翼を広げ、先に飛んでいった。
「おっと、意外にも置き去りか?」
「ああ、最初に門を潜った時は、自力で昇るルールなんですよ」
「なるほどなぁ」
魂だけだから、疲れもしない。
しかし、雲の階段は飽き飽きするほど長い。
「道連れがいて、助かったよ」
「それを見越しての、大天使様のお誘いだったんでしょうか」
「だとしたら、済まんな」
「いえいえ、光栄です」
もう、金も地位も何も持ってない。
まっさらの俺は、彼女の役に立てるかな?
でもきっと何か、出来ることがあるだろう。
「なんだか、ワクワクしてきました」
死神が明るい顔で言う。
そう言われて不思議と、足取りが軽くなった気がした。