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異世界キャンプ ~旅する秘密基地~ 第1章

作者: 無限ユウキ

   【焚き火の煙の行末は】




   1




 ここはとある森の中。

 木漏れ日が心地よく、ささやかな(さえず)りと僅かな葉擦(はず)れの音がなんとも言えない癒しの空間を作り出していました。

 そこは王都『ハルファルト』から南へ下っていった先にある『シンリョクの森』。鮮やかな新緑から力強い深緑へ移り変わり、やがて枯れた木々たちは母なる大地へと還り神の力となる──。

 ゆえに、そこは『シンリョクの森』と名付けられました。ちなみにいまは新緑の状態です。涼しげな明るい緑が爽やかな気持ちにさせてくれます。


「よし、この辺りなら安全だな」


 そこへ、一人の青年が立派な角の生えた大きな鹿のような動物の手綱を引いてやってきました。

 中肉中背、黒目に黒髪、少しだけ焼けた肌は健康的で、血色の良い表情は人当たりが良さそうな印象を与える好青年でした。

 名前は新谷(あらや)景助(けいすけ)。美しい景色を保つ手助けができるように、名字との組み合わせも意識して両親が一生懸命に考えてくれた名前です。

 両親や祖父母から話を聞くに、ご先祖様が新たな谷を切り拓いて人類の繁栄に大きく貢献したから新谷という名前を貰えたんだとか。


「っいしょっと」


 ごてごてと色々な物が上にも横にも下にもくっついたバックパックをドカッと下ろし、それから立派な角の生えた大きな鹿──世間ではガウンゼルやケルウィーと呼ばれています──に取り付けられた(くら)にぶら下がったサイドバックも外して、身軽にさせてあげました。


「重かったろ。ありがとな」


 正面から首を優しく撫でてあげると、嬉しそうに二度三度と頭を上下に振りました。(はた)から見たら立派な角が当たりそうで危ないですが、ガウンゼルは心優しき生き物です。信頼を寄せている者に危害を加えるようなことは決してしません。


「お疲れさん、レーグ。また帰りも頼むな」


 手綱をどこかへ結ぶようなことはせず、そのまま手放してレーグと名付けられたガウンゼルを自由にさせました。呼べばすぐに駆けつけてくれるほど賢いので、問題はありません。

 レーグは景助の邪魔にならない適当な場所で、美味しいのかわからない雑草を()み始めました。

 その(かたわら)で、景助は気合を入れます。


「さて、サクッと設営しちゃいますか!」


 手慣れた様子で景助はバックパックからテントや寝袋(シュラフ)やイスやテーブルを取り出しては組み立ててレイアウトしていきます。

 静かな森にテントの衣擦れが染みていき、ペグを地面に打ち込む甲高いハンマーの打撃音、イスやテーブルのフレームが奏でる金属音などなどなどなどがこだまします。次から次へと色々な物が取り出される様はまるで魔法のポケットです。


「ふぅ……ま、ざっとこんなもんかな」


 腰に手を当てて全体の出来栄えを眺めながら、うんうんと頷きます。あっという間にキャンプサイトの完成です。

 と言っても30分ほどかかりましたが、これでもかなり早いほう。一時間かかる、なんて人もざらにいるほどですから。


「レーグのお陰で多少重い道具(ギア)も持ってこれたし、良いキャンプができそうな予感!」


 これから楽しい時間が待っている、と想いを馳せてウキウキな気分になる景助。でも彼の言う『良いキャンプ』を実現させるためには、まだまだやらなければいけないことが残されています。


「それじゃ薪拾いといきますか!」


 キャンプの醍醐味といえば〝焚き火〟と言っても過言ではありません。そのためには薪が必要不可欠です。

 テントが目視できる距離をキープしながら、森の中にある天然の燃料を片っ端から拾い集めていきます。ノコギリも活用して、太めな枝も適当な長さにカットします。


「うし、これだけあれば薪には困らないだろ」


『シンリョクの森』は良くも悪くも人の手がほとんど入っていません。無限に薪を拾うことだってできちゃいそうです。

 もちろんそんなことはしません。必要な分が集まれば充分です。というか拾い過ぎてもテントまで持っていくのが大変ですし、燃やし切れなかったら結局お持ち帰りか放置になりますから。

 拾った薪は一ヶ所に集めておいて、それからまとめてテントに運びました。

 続いて待っているのは薪割り。一番大変な作業であり、一番楽しい作業でもあります。

 今度はナイフと小ぶりな手斧がバックパックから出てきました。


「ガルドルさん、試させてもらいますよ」


 ガルドルと言うのは金物屋を営んでいるドワーフの店主。ナイフと手斧の制作者で、景助がよくお世話になっている恩人の一人です。

 立てた薪に斧を振り下ろすほど薪も斧も大きくないので、拾ってきた薪を寝かせて手斧の刃を先端に当てがいました。


「ほっ、よっ、おらっ──いい音、響く」


 静かな『シンリョクの森』に薪割りの乾いた音が響き渡ります。

 刃をあてがったまま、下敷きにしておいた別の薪にバコンバコンと何度か叩きつけると先端に刃が入ってパキッと少し裂けるので、そのまま斧を(ひね)ってテコの原理を利用しつつ薪を完全に裂きました。

 この工程を繰り返し、拾ってきた薪をどんどん細くして〝小割り〟を作っていきます。全部細くしてしまうとすぐに燃え尽きてしまうので、これも必要な分だけ。

 節があるものは避けましょう。とても割りずらいし、刃を痛めてしまう可能性があるからです。どうせ最終的には燃やしてしまいますから、ここで無理をする必要はありません。

 次はナイフを革でできた(シース)から抜いて、握り心地などを確かめます。


「どっちもばっちばちに研いであるなぁ。試作品だって言ってたのに」


 ギラギラに輝く刃を覗き込んで、仕事の丁寧さに感心の声を漏らします。ドワーフの職人気質が爆発したのか、どんな作品であろうとも全力投球のようです。

 細くなった小割りの中から真っ直ぐに形の整った物を選び、鉛筆を削るような要領で撫でるように何度も滑らせて削っていきます。ただし、削りカスがくっついたままになるように、先端は残したままです。


「ん、良い感じ」


 抵抗少なくナイフが入っていく気持ち良さに、景助も思わずにっこりです。

 これを繰り返していると、先端がもじゃもじゃになっていきます。こうすることによって表面積が増えてよく燃えるので、着火が楽になるのです。

 ここまでが、焚き火を行うまでに必要な儀式のようなもの。いよいよ本番──着火の瞬間が目前にまで迫ってきました。


「どうやって火ぃ着けようかな……」


 火を着けるものを忘れたわけではありません。複数あるから、どの方法にしようか悩んでいるだけです。


「フェザースティック上手く作れたし、直接やってみるか」


 フェザースティックとはいましがた作ったもじゃもじゃの小割りのこと。羽毛のように先端がふわっとしているからそう名付けられました。

 見てると簡単そうですが、奇麗に作るのは意外と難しいのです。腕ももちろんですが、薪の状態とナイフがとても重要。ガルドルはとてもいい仕事をしたようです。

 景助はバックパックから10㎝ほどの黒い棒を取り出して、もじゃもじゃに先端を突っ込み、ナイフの背で力強く、勢いよく、擦りました。

 すると──バチバチバチバチ! 黒い棒から激しい火花が飛び出し、もじゃもじゃに小さな火が生まれました。

 黒い棒はファイアースターターと言い、マグネシウムでできています。ナイフの背で削った粉が化学反応を起こして強烈な火花が生まれて着火した、というのが種明かし。手品ではありませんが、見る人が見たらきっと驚くことでしょう。


「こっからは慎重に……丁寧に……」


 そっと、火が着いたフェザースティックを金属製の箱──お気に入りの焚き火台へ。灰や燃えカスが溢れても受け止めてくれるように焚き火シートも敷いてあります。

 そして枯葉や枝などをそっと重ねて小さな火が大きくなるように、大切に大切に、育てていきます。


「きたきたきた」


 焚き火台にくべられた薪が(かす)かに爆ぜる音を立てて産声を上げます。見つめる景助の瞳に灯火の輝きが映り込みました。モクモクと煙が上がりますが、火が大きくなり炎となって、煙も大人しくなっていきます。

 ここまでくれば、もう安心。温度も充分に上昇したので簡単には消えないでしょう。焚き火の暖かな明かりが体を照らし、暖めてくれます。別に寒くはありませんが、心地よいです。


「……焚き火調理は難しいけど、シングルバーナーはもう使えないからな」


 CB缶(カセットガス)を用いたシングルバーナーは安定した火力で調理ができる便利グッズですが、景助の故郷と違ってこの世界では燃料となるCB缶を購入することができません。とっくに使い切って、その抜け殻は自室のインテリアと化しています。

 持参できたステンレスやアルミ素材の道具(ギア)類も、いつまで持つかわかりません。破損するまで使い潰すつもりですが、そうなったらいよいよガルドルの金属加工の技術をさらに頼りにするしかありません。

 ゆくゆくは全ての道具(ギア)が異世界製のものに入れ替わっていくことでしょう。

 ま、それはそれで良いだろう。と景助はよく言えば前向きに、悪く言えば楽観的に捉えていました。


「ん~! 旨そうだ……」


 レーグに取り付けていたサイドバッグから包みを取り出し、そっと中を覗き込むと綺麗な赤身の肉がチラリ。安いお肉ですが、質は悪くありません。

 ハルファルトから出発する直前にエルフの女性が経営している店に寄り、肉や野菜などの食料をゲットしておいたのです。

 現実世界から持参したクーラーバッグや保冷剤ならありますが、この世界に冷凍庫はありませんし景助では氷魔法も使えません。ようはまともに保冷なんてできないので、肉はよく火を通して早めに食べてしまおうという算段。

 持ってきた食材を適度に刻んで雑に放り込んでいるので、本日のメニューは煮込み料理でしょうか。火加減が難しい焚き火調理にはうってつけなメニューです。


「……ん、レーグ? どうした?」


 キャンプ中はあまり近寄ってこないレーグが珍しく姿を現したので景助は怪訝に思って首を傾げました。よく見ると、口になにかを咥えているではありませんか。

 それは綺麗な羽の生えた人形のようで──


「──それ、もしかして妖精か?!」


 手の平で優しく受け取って、確認してみます。

 羽の輝きが失われていないのでまだ生きているようですが、グッタリとした様子で意識はありません。外傷は無いように見えますが羽の輝きが弱く、憔悴(しょうすい)していました。


「本当にいたんだな妖精って。イメージのまんまだ」


 漫画やアニメで見たことがある妖精の見た目そのままで感心してしまった景助でしたが、それどころではありません。

 拾ってきたレーグは『助けられる?』と主人に懇願(こんがん)しているようにも感じられます。

 そんな可愛いレーグの期待を裏切りたくはありませんでした。


「よく見つけたなレーグ。俺に任せとけ!」


 景助は自分の胸を力一杯叩いたのでした。




   2




 とはカッコつけて言ったものの、景助では特別なことはしてあげられません。医者ではないので具合の良し悪しは不明だし、妖精でもなければこの世界の人間でもないので妖精事情にも疎いです。

 景助にしてあげられることと言えば、体が冷えないように自分の上着を畳んで簡易ベッドにして、焚き火のそばで寝かせている間にボロボロになった小さな衣服を修繕してあげることくらい。


「何事も備えておくもんだな」


 備えあれば憂いなし、とはよく言ったものです。

 キャンプはフィールドワークですから、棘や枝が服に引っかかって破れたりほつれたりしてしまう場合があります。そんなときのために百円均一で買っておいた小さな裁縫道具(ソーイングツール)がまさかこんなところで、こんな形で、役に立つとは思っていませんでした。


「家庭科の授業でやった以来だけど、やりゃあなんとかなるもんだ」


 流石に色まで合わせることはできませんでしたが、悪くはない針仕事に新たな自信がつく景助。

 コンパクトゆえに針も糸も細かったのですが、妖精の服サイズならば、むしろちょうど良くて助かりました。


「レーグ、どう思う? これで大丈夫かな?」


 そばで様子を見守ってくれていたレーグの鼻先に修繕した妖精の服を広げて見せますが、いくら賢いガウンゼルとはいえ理解できませんでした。小首を傾げるのみです。

 ちなみに妖精の現在の格好ですが、もちろんすっぽんぽん──ではありません。安心してください。着てますよ。

 内側にもう一枚肌着を身につけていて、そちらは大丈夫そうだったので、外傷が本当に無いか確認するついでに一枚脱がせて直してあげたのです。

 さらについでに言うと、女の子の妖精っぽいので悪いことをしているような気持ちになってドキドキしていました。というのはここだけの内緒です。


「……せめて目を覚ましてくれると助かるんだけどな」


 焚き火台で火にかけている鍋の様子を覗き見て、ポツリとこぼします。鍋は煮込めば煮込むほど美味しいですが、程度というものはあります。灰汁(アク)も旨味ですから取り過ぎは良くないのです。

 無駄になるわけではありませんが、入れた具材が溶けてしまってはせっかくの食感も楽しめません。

 そして倒れている妖精をさしおいて、自分だけ食事をするというのはいかがなものか、と景助の良心が揺れ動いているのです。

 その葛藤を神様が聞き届けてくれたのか、妖精が「ゥ~ん……」と小さく喉を鳴らしながら身じろぎをひとつ。ようやく妖精が目を覚ましたようです。


「……エっ」

「よ、具合は?」


 バッチリと目が合って、妖精はカチンと石のように固まってしまいました。自分より何倍も体の大きい存在が急にそばに現れたらドキッとして体も固まってしまうでしょう。

 そう思ってなるべく警戒心を刺激しないように優しく声をかけたつもりだったのですが、景助の努力は水の泡となりました。

 バビュン! という音が聞こえてきそうなくらいの勢いで上着のベッドから飛び出して、近くにいたレーグの体の陰に隠れてしまったのです。

 美しい金色の髪と空色の瞳を覗かせて、景助の動向を窺っています。


「えっと……俺は新谷景助って言うんだ。君に危害を加えるつもりはない。そんなに警戒しなくても大丈夫だ」

「クろい髪と目……それに変な名前。アなた、異邦人(いほうじん)?」

「異邦人って言うより異世界人だけどな。まぁ大体合ってるだろ、多分」


 意味的には全然違いますが、感覚的に大きな違いはありません。環境が変われば文化が変わるのはどこの世界でも同じで、妖精から見たら珍しい余所者、くらいなのです。


「フーん……?」


 目を細めて妖精は警戒しています。

 景助はできれば仲良くなりたい、力になってあげたいと考えていました。神秘的であり、ファンタジーの代表的な存在として知られている妖精ですから、こんな機会は滅多にありません。

 それに、景助が困っているとき周りの人は当たり前のように助けてくれました。景助も同じようにしてあげたかったのです。


「良かったらでいいんだけど、名前を教えてくれよ。仲良くなるにはまず名前から、ってな」


 仲良くなるにはまず名前から。コミュニケーションの基本です。景助はすでに名乗りましたから、次は妖精の番。果たして人間に警戒心を抱いている妖精は名乗ってくれるのでしょうか。


「……マチ」


 名乗ってくれました。割とあっさりと。景助はそこまで警戒されていないのかもしれません。


「マチか。いい名前だな」

「フん、どこがよ。モりに住んでるのにマチなんてお笑いものだわ」

「イントネーション違うからセーフだろそんなの。気にすんなって」


 妖精の名前は()チであって、町や街ではありません。景助の言う通りセーフでしょう。

 ですが、マチにとってはコンプレックスとなっているようです。


「ところでマチ。話を戻すが、体の具合はどうだ?」

「ベ、別に? イつものことだしなんてことない」

「いつもボロボロになって倒れてるってか? お仲間はどうしたよ。いるんだろ?」


 本人が言う通り、具合については問題無さそうですが、たった一人だけでこの森にいるわけではないでしょう。当然、他の妖精もどこかにいるはずです。

 聞くと、マチの表情は暗いものへと変わっていきました。まるで(まぶた)を閉じて闇に包まれた『シンリョクの森』のように、暗い表情へ。

 黄金色の髪も空色の瞳も陰ってしまって。


「……ソのお仲間にやられたの」

「あー……」


 どうやら景助は地雷を踏み抜いてしまったようです。天を仰いで、顔を手で隠しました。

 人間の世界では当たり前にある虐めや虐待ですが、それは妖精の世界でもあるようです。

 そして、もう聞いてしまったことは仕方がないと、一瞬で切り替えました。


「俺でよければ話くらい聞くぞ。人間だけど、力になってやれるかもしれん」

「ヨ計なお世話よ。ニんげんになにができるっていうの?」

「そうだな──」


 顎に手を添えて景助は考えます。

 確かに、人間が妖精にしてあげられることなんてたかが知れています。

 でも、それでも、してあげられることはありました。


「──腹減ってないか? ご馳走してやるよ」


 グツグツと美味しそうな香りと一緒に湯気が立っている鍋を指差しました。

 とっくに完成していた鍋は、マチが目を覚ますまで手をつけずにとっておいたもの。


「ニんげんの食べ物なんて──」


 くぅぅぅぅ……。

 小さな小さな、お腹の音が鳴りました。小さすぎて景助の耳には届きませんでしたが、その音は景助の良心を受け取るには良いきっかけとなったようです。


「タべてやってもいいわ! トく別にね!」

「そりゃよかった。なら隠れてないでそろそろ出てきてくれないか?」


 ずっとレーグの陰に身を隠していたマチは、そっと身を出してふわふわと、警戒心はいまだに少し残したまま、景助の側へと近寄っていきます。


「ちょうどいいから上着(そこ)に座りな。あと衣服(これ)も返しておくな」

「……ナおしてくれたの?」

「こう見えても器用なんだぜ? ドワーフとかエルフには負けるけどな」


 景助なりに一所懸命に縫って修繕した妖精の小さな衣服を返してあげると、マチは意外そうに、そして嬉しさを滲ませて景助のことを見つめます。

 見つめられているとはつゆ知らず、景助は「流石に妖精サイズの食器はねぇよな……」と持ってきた荷物を漁っています。


「しぁねぇからこれで我慢してくれな」


 フック状の取っ手が特徴的な円形の器──シェラカップに鍋の中身を移し、フォークと一緒にマチの目の前に置いてやりました。

 景助の持ち物の中で一番小さいものを選んだのですが、マチの体はさらに小さいので折りたたみのフォークですらビッグサイズ。


「二んげんはこんな大きなもので食事をしてるのね」

「そりゃ人間だからな」


 見ればわかるであろう当たり前のことを興奮気味に言ってきたので、景助は肩をすくめて苦笑い。どうやら妖精であるマチは人間に興味があるようでした。


「コれはなんて料理?」

「ん? あー……そうだな、芋煮ってとこか? 肉も入ってるけど」


 地球で言うところのサトイモやゴボウにニンジン、それから長ネギとシイタケなど、それらに見た目がそっくりな食材を選んで買ってきたので、正式な名前はわかりません。まだこの世界の食材のちゃんとした名前は覚えられていないのでした。


「ちなみに味付けは魚醤だけだ。物足りなかったら七味ならある」

「ナにそれ?」

「魚から作った醤油……も伝わらないか。どっちも調味料だよ。七味は乾燥させた辛い植物とか色々混ぜて細かくしたものだな。味変するならこれが定番」


 魚醤も七味もハルファルトでお世話になっている人たちに協力を仰いでなんとか作ってもらったものです。なので本物とは程遠いですが、これから研究が進んでいけば、どんどん完成度が上がっていくことでしょう。


「流石に俺も限界だぁ……腹減った。食おうぜ!」


 いつ目を覚ますかわからないマチが起きるまで、完成した料理を目の前にお預けを食らっていたわけですから、空腹を訴えていたのはマチだけではありませんでした。景助だってとってもお腹が空いていたのです。よく我慢しました。

 両手を合わせて小さく「いただきます」と呟いて、鍋の中身を自分の器によそい、クタクタになった食材を器用にお箸で摘んで口に運びます。


「うん、悪くない。『美味い』と言えないあたり、まだ舌が肥えてんなー俺」


 素材の味が違ったり、単純に煮込み過ぎてしまったところもありますが、それはそれ、これはこれ。人間は慣れていく生き物ですから、いずれは〝美味しい〟と感じるときがやってくるでしょう。そうしてだんだんと、異世界に体や考え方や、その他諸々が移り変わっていくのです。


「──どうした? 食わないのか?」

「タべるわよ! ドくとか入ってないか確認してたの!」

「ほー? で、チェックの結果はどうだった?」

「モん題なさそうだから食べてあげる!」

「いちいち偉そうだな」

「ワたしは妖精だからね! 二んげんより凄いのです!」


 小さな胸を張ってマチは偉そうに踏んぞり返りました。

 妖精の事情にも、この世界の事情にも疎い景助は「そういうもんかね」と話半分に受け取っておきました。真偽は後で判断します。

 マチの体には大きい、小さなフォークでシェラカップのサトイモを小さく切り、危ない手つきで口元にどうにか運んで──


「オいしい……!」

「ははっ、そりゃなにより。ゆっくり食えよ」

「ウん!」


 大きな背中と羽の生えた小さな背中が横並び。オレンジの明かりを透かす妖精の羽は美しさを取り戻し、鮮やかな花畑を切り取ったかように、地面に投影されていて──。

 焚き火の炎に照らされて、静かな森に汁を啜る音と、f分の一にゆらめく影を落とすのでした。




   3




 焚き火の炎に照らされて、二人分の影が地面に揺れています。片方は人間で、片方は妖精。体格にとても差があって、距離も少しばかり開いていますが、不思議とこの距離感を二人とも心地よく感じていました。

 鍋の中身はすでに無くなっています。二人ともあっという間にぺろりでした。

 両手を合わせて、食べる前と同じように「ごちそうさまでした」と景助は呟きます。


「さて、俺はこの後のんびり焚き火を楽しもうと思うけど、マチはどうするんだ?」

「ドうするって……」


 鍋などの食器を適当に片付けつつ聞くと、困ったように黙り込んでしまいました。

 マチの話では同族が原因で倒れていたので、帰る場所があったとして、非常に帰りづらいでしょう。帰っても、また同じ目に遭わされるかもしれませんから。

 沈鬱な表情を浮かべている愛らしい妖精を見て、景助は助け舟を出します。


「俺は明日の朝までここで過ごす。マチも好きに過ごしたらいいさ」

「……コこにいてもいいって言うの?」

「それがマチの好きなことならな」


 来るもの拒まず、去るもの追わず。

 景助はキャンプを楽しむ。一人でも、二人でも、何人でも。どこであろうとも。

 それが、景助の矜持(きょうじ)です。


「……ナら、ここにいる。ベつに好きってわけじゃないけど」

「そうしな。さっきも言ったけど、話くらいなら聞いてやるから」


 ホームセンターで500円もしなかった練炭バサミで薪を挟み、焚き火台にそっと()べました。

 パキパキとこまめに爆ぜる乾いた音が心地よく、キャンプをしているという充実感が景助の心と体を満たしていきます。

 やっぱりキャンプと言えば焚き火だと、焚き火をするためにキャンプに来ているのだと、景助は楽しくなってきて表情筋が緩みます。だらしない顔です。


「…………」

「…………」


 ひたすらに、焚き火をするだけの時間が流れていきます。

 景助はやりたいことをやっているので楽しそうですが、マチは沈黙の時間が苦しいのか、ソワソワと落ち着かない様子です。チラチラと景助の様子を窺ったり、景助が使っている様々な道具(ギア)に目移りしているようです。

 妖精は人間との関わり合いを嫌う傾向にある種族ですが好奇心が旺盛な一面もあります。景助の道具(ギア)は地球から持ってきた、この世界では珍しい物も含まれていますから、興味が尽きないのでしょう。

 もちろんマチがソワソワしているのには気が付いています。そうと知っていながら、マチから歩み寄ってくれることを信じて待っているのです。

 景助は「好きに過ごせ」と言いましたし、「話なら聞く」と言いました。あとはマチ次第なのです。


「ソの……」

「ん?」


 マチは小さな一歩を、踏み出してくれました。

 ですがその一歩は、妖精にとってはとても大きな一歩でした。


「……ドうしてその箱の中で火を焚いてるの? ソとだと人間は地面に火を起こすでしょ?」

「ああ、理由は色々あるけど、一言で言えば〝マナー〟だな」

「マなー?」

「俺の故郷で〝礼儀作法〟を指す言葉だ。焚き火をするときは大体こんな感じで焚き火台を使うんだよ」


 日本では地面で直接焚き火をする行為である『直火(じかび)』は基本的に禁止されています。許可が降りている場合にのみ、直火が許されるのです。


「直火は山火事のリスクが高まるからな」


 木の根っこから熱が伝って山火事になった事例がありますし、キャンプ場が芝だったら当然焦がしてしまいます。

 それに灰や炭は土に還りません。つまり焚き火をした跡は残り続けるのです。人の体に残ってしまう大きな傷跡のように、美しい景観を崩してしまうのです。

 そしてそれは、人の心を汚します。景助も〝焚き逃げ〟を見つけると、悲しい気持ちになりますから。


「だから焚き火台が必要なのさ。薪を燃やしやすいし、料理もしやすくなる。いいことずくめってわけ」

「フーん、あんたみたいな人間もいるのね。モりのことなんか気にしてない人間ばっかりと思ってた」

「自分で言うのもなんだけど、この世界じゃ俺だけだと思うぜ? こうしてマナー守ってんのは」


 そもそもこの世界にはキャンプやマナーという概念は広まっていませんから、確かに世界広しと言えども景助だけでしょう。


「ホかにも聞いていい?」

「おう。なんでも聞け」

「ジぁあ、その棒は?」

「火吹き棒だな。空洞になってて、息で火に空気を送り込む道具だ」


 火吹き棒にも伸縮式など様々なタイプが存在しますが、景助が持っているのは連結式のタイプ。真鍮製で重いですが三本継ぎなので結構コンパクトに収まりますし、使い込んだ証として(くす)んだ色合いが無骨で、ロマンに溢れています。

 火の勢いを強くしたり、消えかかっている火を復活させたいときなどに使用します。

 火を起こすときにも使うと勘違いされがちですが、それでは小さな火を吹き消してしまうので気を付けましょう。

 火起こしをする際のコツは『余計なことをしない』です。


「マ法使えばいいのに」

「わかってないなぁマチは」


 身も蓋もないマチの発言に、景助は肩をすくめて鼻で笑いました。


「ナ、なにがよ?! ナにか間違ったこと言った?!」


 顔を赤くして景助の肩に小さな体を当てて来ました。体格差があるので人間には効きません。

 確かにこの世界の観点で見ればなにも間違ったことは言っていませんが、景助が言いたいことはそうではないのです。


「大間違いだよ。なーんにもわかってない」

「ジゃあ教えてよ! ナにが違うのか!」


 今度は服を掴んで前後に揺さぶります。もちろん体格差があるのでビクともしません。服に皺が寄ったくらいです。


「マチにとって〝贅沢〟ってなんだ?」

「……キゅうになに?」

「いいから。マチにとっての贅沢を教えてくれ」

「オいしいもの食べるとか、お買い物するとか……?」

「お、いいね。確かにそれは贅沢だ。でも俺にとっての贅沢は違う」


 新しく薪を追加して、徐々に火が移っていく様を見届けます。そこには魔法なんて介在する余地のない、自然の摂理が焚き火台という箱庭の中に収まっています。


「──俺にとっては〝無駄〟が究極の贅沢なんだ」

「ハぁ? イ味わかんない」


 本気でなにを言っているのか理解できないようで、マチはしきりに首を傾げています。


「美味いもん食いたきゃ店にでも行きゃあいい。欲しいもんあるなら買えばいい。眠いならふかふかなベッドで寝りゃあいい。だろ?」

「……マあ、そうね」

「そこであえて、無駄に苦労するようなことをする! これ以上の贅沢は無いと思ってる。キャンプには俺にとっての贅沢が詰まりまくってんだよ。魔法なんて使ってあっという間に火が起きたら時間を有効的に使えちゃうだろ、もったいない」

「モったいないって……そんな理由で?」

「大真面目だ」


 景助は本当に大真面目に言っていました。

 魔法は確かに楽ですが、楽をするキャンプに意味はありません。楽をしたいならそもそもキャンプなんてしないからです。

 それでもわざわざキャンプをしているのは、無駄を楽しみたいから。そこへ魔法なんて、邪道ですらあります。言語道断です。


「もちろん魔法が便利なのは重々承知さ。いざとなったら頼ることも(いと)わない。それを否定するつもりはないぜ? だからもし俺が本気で困ってたら魔法で助けてくれよな?」

「ドうしようかしらねー?」

「あ、ひでーな。妖精なんだから魔法は得意なんだろ?」


 妖精は魔法のスペシャリストであることは景助も噂程度には聞いています。現実でもそのような設定の話が多かったので特に違和感は覚えませんでした。


「…………」

「あれ、これも地雷だったか?」


 いい感じに会話ができていたと思っていた矢先に、嫌な沈黙にぶつかってしまいました。

 先程のように『トう然でしょ!』とか自信に溢れた返事があると景助は思っていましたから、予想外の反応に戸惑ってしまいます。


「もしかして魔法苦手だったり?」

「ギゃくよ! トく意! チょう得意! ダから仲間にいびられてるの! コれで満足?!」

「わ、わかった、悪かったから落ち着けって!」

「コのこのこのこのこのこの!」


 肩を連続で殴られて微妙にくすぐったかったので手の平でガードすると、構わず手の平に連続パンチを続行されました。


「アげくの果てにはデブだのブスだのウザいだの! ソれは、お前らの、方だ、ろうがっ!!」

「お! その調子だ! いいの入ってるよ!」


 妖精が人間の手の平にミット打ちをするという稀有な状況が繰り広げられていますが、正真正銘、この光景は稀有な状況です。


「テん才には、天才なりの、努力の、仕方が、あるの、よっ!」

「そうだそうだ! 相手の顔を思い浮かべて全部吐き出せ!」

「ドちくしょおおおぉぉ!!!」


 可憐な妖精の心の底からの雄叫びが、夜の(とばり)に包まれた『シンリョクの森』に染み渡っていきます。焚き火の灯りが、闇にぽっかりと穴を開けていました。

 それはまるで、マチの心に巣食う闇を焚き火の光が払ったようにも見えて。


「アー、スッキリした!」

「そりゃよかった。いい顔になって一段と可愛くなったな」

「チょっ──?! ハあ?!」


 景助からのいきなりな褒め言葉にマチの顔が真っ赤に爆発しました。

 そのとき、風の流れが変わって焚き火の煙がピンポイントでマチの顔に被りました。


「ケホッ、ケホッ!」

「ほら、煙もマチが『可愛い』ってよ」

「ケむりが喋るわけないでしょ──けほ」

「俺の故郷じゃ『煙は美男美女のほうに流れてく』って言われてんだぜ? これマジの話な」


 景助も半信半疑でしたし、もちろんそれを証明することなどできませんが、景助には経験がありました。誰かとキャンプをすると、自然と煙がその人のところへ流れていくという経験が。

 裏を返せば景助は美男美女ではない、と煙に言われているわけですが、本人が同意見なので気にしていませんでした。

 実際は煙を被ったときの(てい)の良いただの言い訳でしかありませんが、景助はこの言い訳が結構気に入っています。

 キャンプのことを少しでも良く思って欲しいという涙ぐましい努力を、誰が嫌いになれましょうか。


「ケむりに褒められても嬉しくなんかない」

「俺も褒めたんだけなー」

「ニんげんでも嬉しくない!」


 ですが、そう言うマチの頬は朱に染まり、表情には明るさが戻ってきていたのでした。




   4




 ──ちゅんちゅん。

 ここは異世界ですから(すずめ)ではないでしょうが、それに似た小鳥の鳴き声が『シンリョクの森』のあちこちから大合唱を奏でていました。

 木漏れ日に照らされた地面はさながら大地に流れる天の川。風のさざめきと共に揺らめく光は幻想的な光景を生み出しています。


「んがっ」


 そんな幻想的な光景に似つかわしくない声がひとつ。

 枕から頭が落っこちて締まりのない声と共に意識が覚醒しました。髪がボサボサで目が開いていませんので誰だかわからないかもしれませんからお教えしておくと、こちらの青年は景助です。

 封筒型の寝袋(シュラフ)に肩まで入って寝ぼけています。昨晩は丁度良い気温で快眠でした。


「…………」


 まだ起きたくない、二度寝したいという衝動に駆られている景助でしたが、残念。頑張って起きなければなりません。

 朝食のために焚き火に再び火を入れなければいけませんし、帰り支度もできる範囲でやっておきたいところ。

 葛藤していたら胸の辺りに違和感を感じたので、寝袋(シュラフ)を少しめくってみると──


「……猫かよ」


 胸の上でマチが丸まって眠っていました。

 あの後は結局、眠くなるまで焚き火に手をかざしながらお喋りを楽しんでいました。景助は妖精(マチ)のことを知ることができましたし、マチは人間(けいすけ)のことを知ることができました。

 お互いに実りある時間を過ごすことができたのですが──


 ──『ふわぁ~ぁ……明日も早いから俺はそろそろ寝ようと思うんだが……』

 ──『フーん、あっそ。ジゃあ私も寝る』


 流石に眠気の限界には抗えず、結局どうするのかと切り出すと、あっさりとした反応を返されてしまいました。そしてとっくに寝る体勢になって丸まっていたレーグの毛皮の隙間に飛び込んでいったのです。

 マチの心の傷が少しでも癒えていればいいなと、景助はそう思いながら寝袋(シュラフ)にくるまって目を閉じて、そのままあっという間に意識を睡魔に刈り取られてしまった、というのが昨晩の出来事になります。

 しかしなにを思ったのか、マチはいつの間にかレーグの毛皮から景助の寝袋(シュラフ)へと寝床を変更していたようです。小さくて軽いからか全く気がつきませんでした。


「おーい、起きろー」


 寝ている人を起こすのは気が引けますが、胸の上に居座られては身動きが取れません。ここは心を鬼にしてマチに声をかけます。


「おーい? マチさーん?」


 何度か声をかけましたが、それでもなかなか起きません。


「……ったく」


 声をかけているうちに段々と目が覚めてきたので起こすのは諦めて、起こさないようにそっと寝袋(シュラフ)から出る作戦に変更です。景助の心の鬼はよわよわでした。

 なるべく音を立てないように寝袋(シュラフ)のファスナーを限界まで開けてからゆっくりと両手をマチの体の下に滑り込ませて持ち上げて、マチを中に残したまま体を外へ逃しました。流石に起きてしまうかとドキドキでしたが、やはり起きる気配はありません。ぐっすりと、心配になってしまうくらいに熟睡しています。


「ん~……! っはぁ……」


 全身を伸ばして体のコリをほぐします。

 木の匂い。土の匂い。(もや)がかった森の空気。夜露(よつゆ)に湿った自然の香り。

 早朝の新鮮な空気を全身に浴びる外での目覚め。この瞬間が最高に気持ち良いのです。まるで大自然の力で全身が浄化されていくようで。

 さらに軽くストレッチをしてしっかりを目を覚ますと、すでに起きていたらしいレーグも挨拶にやってきてくれました。


「おはようレーグ。よく眠れたか? マチがお邪魔してたみたいだけど」


 首筋を優しく撫でながら話しかけます。もちろんレーグがなにを言っているかはわかりませんし、レーグも景助がなにを言っているのかわからないでしょうが、ガウンゼルは温厚な性格なので『大丈夫、よく眠れたよ』と言ってくれていることでしょう。


「さて、朝飯の準備して食ったら撤収だ。そんときゃまたよろしくなレーグ」


 レーグにはこのあと重い荷物を再び背負ってもらって王都『ハルファルト』までの道のりを戻ってもらうことになります。大切な相棒には感謝の気持ちしかありませんでした。

 時間は待ってくれないので、景助はバックパックから小さな箱を取り出します。


「マッチはあんだよなこの世界。助かるからいいけど」


 枯葉をかき集めて焚き火台に突っ込み、細い枝もたくさん用意しておきます。昨日拾い集めた薪はほとんど使ってしまって残り少なく、焚き火を楽しむほどの余裕は無さそうです。

 マッチの先端を箱に擦り、燃え上がるのを確認してから慎重に落ち葉の下に忍び込ませます。

 煙が立ち込め、枯葉が発火。そこから枝へと燃え移り、マッチから始まった小さな火はどんどん大きく育っていきます。

 パチパチパチパチ、と焚き火台から炎の誕生を祝福し賞賛する小さな音が鼓膜をくすぐりました。


「朝はやっぱお手軽火起こしに限るね」


 起きがけにフェザースティックを作るなんて力仕事やってられませんし時間もかかってしまいますから、マッチがある世界でよかったと、魔法の使えない景助は本気で思いました。

 炎に成長した焚き火台に男前な鉄フライパンをセットして油を垂らし、ソーセージと卵を落とします。


「こういうので良いんだよなキャンプは!」


 ジュ〜! と空腹を刺激してくる最高の音に耳を澄ませながら、蓋代わりに鍋を被せました。

 ソーセージが焦げないように時折転がしながら焼き、簡単な朝食の完成です。


「アれ……? ナんかいい匂い……」

「お? おはようお寝坊さん」


 ソーセージと卵を焼く音と匂いを嗅ぎつけてマチがもぞもぞと寝袋(シュラフ)から這い出てきました。昨日のようになかなか起きなかったらどうしようかと景助は内心で思っていたので、割とすぐに起きてくれてよかったです。


「朝飯食うか?」

「ン〜。タべるー……」

「なら起きてきな」


 まだ寝ぼけているらしいマチはまるで子供のようにふにゃふにゃになりながらも寝袋(シュラフ)から出てきてふわふわと浮遊し、景助の肩に腰かけました。


「……メニューは?」

「ソーセージと目玉焼き。シンプルイズベスト」

「キってー」

「注文の多いやっちゃな」


 我儘なおねだりをしてくるマチですが、ソーセージも目玉焼きもそのままでは妖精にとっては大きすぎますから、注文通り適当なサイズにナイフでカットしてあげました。それをシェラカップに盛り付けて差し出します。


「ほれ。俺の分も込みだから全部食うなよ」

「サすがにこの量は無理」

「なら安心だな。俺は撤収作業しておくから、先に食ってていいぞ」


 食べ終わったらすぐに帰れるように準備だけは前もって済ませておく作戦。

「オいしー」と妖精が舌鼓を打っている(かたわら)で、寝袋(シュラフ)やマットなど、テントの中に置いてある物は全部出して、バックパックやサイドバックにどんどん収納していきます。

 そうこうしていたら焚き火の炎は落ち着いて燃え尽きつつあり、真っ赤な熾火(おきび)になっていました。


「──ソれなに?」


 景助がおもむろに取り出した真っ黒い袋状の物を見て、妖精らしく好奇心旺盛なマチは早撃ちガンマンのごとく質問を放ちます。


「ん? 火消し袋。燃えカスはきちんと持ち帰るべし」


 再度の説明になりますが、灰や炭は自然には還りません。景観を損なってしまうので持ち帰って燃えるゴミで処理するのがマナー。

 火消し壺などが一般的ですが、最近は袋状になって持ち運びが便利になったものもあるのです。

 その火消し袋の口を広げ、焚き火台をひっくり返して燃えカスを一気に袋の中へ。熾火の状態はまだ熱いので耐熱グローブの装着を忘れてはいけません。

 口が小さいのでボロボロとこぼれ落ちてしまいますがご安心を。焚き火シートを敷いてあるので全て受け止めてくれます。焚き火台の中身が綺麗になったら、今度はシートを二つ折りにしてこぼれた灰を袋の中へ。


「火消し袋もどうにかして新調しねーと」


 度重なる使用により景助の火消し袋はすでに傷んでいて、まだ使えますが破損の足音が近づいてきているのを感じました。


「自然で遊ばせてもらうのがキャンプだからな。自然に対する感謝を忘れちゃならん。立つ鳥跡を濁さず、ってな」


 真剣な様子で語る景助は、マチがどこか嬉しそうな表情を浮かべていることには気づきません。


「キのうも言ってたような気がするけど、その『きゃんぷ』ってのはなんなの?」

「キャンプは……人によって定義はそれぞれ。外で飯を作るのがキャンプ、とか、外で寝泊まりするのがキャンプ、とか」

「フーん?」

「俺の場合は自然への感謝と同時に、便利な世の中への感謝も兼ねてる。いや、兼ねてた、か」


 ボタンひとつで明るくなる蛍光灯。ボタンひとつで温まる電子レンジ。ボタンひとつで綺麗にできる洗濯機。ボタンひとつで快適に過ごせるエアコン。

 キャンプから帰ってくると、技術の進歩で便利な世の中になったことを痛感し、ありがたがるのです。

 もう二度と、そんな機会はやってこないかもしれませんが。


「──うし、これで完璧だぜ」


 テントも手際良く綺麗に畳んで収納袋に収め、キャンプサイトにはたちまち物が無くなりました。

 ここでキャンプをしていたなんて誰もわからないくらい、綺麗に片付けることができました。忘れ物、特に地面に刺さったままのペグなどもありません。


「ケース──ニんげん、はいこれ。ア、ありがと。ワたしもう腹いっぱい」


 マチは景助の名前を呼びかけましたが、言い直してしまいました。恥ずかしかったのでしょうか? それともまだ抵抗があるのでしょうか?

 あまり深く気にせず、景助はマチからシェラカップを受け取ります。


「あい、お粗末さん。これもサクッと片付けちまいますか」


 シェラカップに残された景助の分の朝食をぺろっと完食して、簡単に汚れを拭き取ったらすぐさま収納。汚れているものは持ち帰ってからしっかりと洗います。

 これにて、本当に全ての片付けが完了しました。


「レーグ!」


 雰囲気重視でそれっぽく口笛を吹いてから名前を呼ぶと、身軽に飛び跳ねながら颯爽と相棒が登場。サイドバッグを鞍に装着し、カランカランと音を鳴らしながらバックパックを背負ってレーグに跨りました。


「…………」


 マチはなにも言わず、なにも言えず、ただ黙って、どこか寂しそうに景助の準備を見守っているだけ。


「マチ」

「……エ?」


 呼びかけられて、マチは戸惑いました。

 景助がマチに向かって手を差し出していたからです。


「仲間のところに帰るのが嫌なら、一緒に来るか?」

「……イいの?」

「俺は構わない。選ぶのはマチだぜ」


 そして、景助は決まってこう言うのです。


「──好きにしな」


 と。

 マチの景助に対する警戒心は完全に霧散していました。

 天高く登って姿を消す、焚き火の煙のように。


「シ、しょうがないわね! ケースケがそこまで言うならついてってあげなくもないわ!」

「はいはい」


 やっと名前を呼んでくれたことに免じて、上から目線な発言は聞き流してあげることにした景助だったのでした。




   【焚き火の煙の行末は】

      ──おわり。

 初めましての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりです。あとがき大好き無限ユウキです。以後お見知りおきを。

 今作は自分の好きを込めた完全なる趣味作品です。

 普段は長編をよく書いているのですが、短編に切り替えてからはこれで二作目(多分)で、一作目の反省を活かし、それを反映させることができたんじゃないかなと思っております。

 今回は20000文字を上限として、約4000文字で四つに分割して執筆しました。四つに分割してあるのは執筆する際に起承転結を少しでも意識できるように。4000文字なのは余裕を持たせるためです。このやり方、自分的には結構ハマったかなと思っております。

 メインテーマは【焚き火】サブテーマは【出会い】と言ったところでしょうか。今回の場合は焚き火以外の描写は20000文字に収めるため簡略化するか省略しているのであっさりしていますが、実際のキャンプはもっと細々してるしゴタゴタしてます。その中で【焚き火】に焦点を当てて描写した、って感じですかね。次回があったら、別のなにかに焦点を当てた内容にします。テントとか、寝具関係とか、クッカー関係とか、刃物関係とか、照明関係とか、迷惑問題とか、野生生物とか、焚き火台とか。

 焚き火台といえば、景助君が使っているキャンプ道具のほとんどは僕が実際に持っている物になります。ゆるキャン△を観た人なら分かるかなと思いますが、リンちゃんが「買っちった」って喜んでいたメタル賽銭箱……もとい、あれは笑‘s(しょうず)さんの「B-6君」というやつなんですが、アレの後継機に当たる「B-GO-WING」ってやつを採用しました。今回は描写しませんでしたがサイドパネルが外側に開いて長い薪でも横向きに置けちゃう! っていうギミックが搭載されている優れものです。焚き火台に焦点を当てた話を書くときがやってきたら同じことを言うかもしれませんが、いつになるかわからないのでここでも書いておきます。

 火打石と打ち金とか、錐揉み式や弓切り式やまいぎり式、圧気発火器ファイアーピストンみたいな原始的な方法での着火とかもいつかやって(書いて)みたいですね。着火という意味では鉄を叩くと発熱して、それで炉に火を入れる伝統的な方法もあるんだとか。せっかく金物屋のドワーフとかいる設定なので、いつかそれにも触れられたらいいですね。


 異世界転移モノで剣と魔法のファンタジー世界なんだからバトル展開ももちろん考えたんですが、バトル描写は文字数がかさむことは一作目の短編で学びましたから、今回はバトル展開にならないような設定を設けました。

 とりあえず主人公が戦えない設定にすればバトル展開は自然と遠ざかっていくし、加えて異世界特典(?)として探査系の能力を授けることにより能動的に戦闘を回避させる。そうすることで、全力でキャンプを楽しませることができるようになったわけです。

 冒頭の「よし、この辺りなら安全だな」ってセリフの根拠はこの能力から来ています。

 異世界スローライフはスローライフできない、とは言いますが、これならスローライフさせてあげられそうじゃないですか? もちろん100%スローライフされても物語としてつまらないと思いますので、問題なり障害なりのハードルは用意するつもりですが。ごめんな景助君。クーラーバッグや保冷剤が無いとか、火消し袋がボロボロなのはそのための伏線なんだ(ニチャア)




 評価、感想、レビューはお任せします。気が向いたら☆☆☆☆☆やいいね! を既読感覚でポチッとワンクリックorタップしてくれたら嬉しいし、書くことを思いついたら良い感じに残してくれると、作者は歓喜にでんぐり返ししながら職場へと向かうことでしょう。都会の早朝に変人が現れたニュースが流れたらきっとそいつは僕です。忘れて下さい。

 それではこの辺りで。こんなところまで読んでくれたあなたに良き小説ライフと幸福を。


   ──無限ユウキ。

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