鷲の魔女4
「なるほどなぁ。まだ小さいのに兄貴達のせいで苦労してるなぁ」
ライナが二番目の兄と鷲の魔女のところへきて三週間が経った。
結局この間にクロダイを見つけることはできず、そのためか時間が進むのが遅く感じられることもあったが、過ぎてみれば瞬きほどの時間だったような気もする。
「いやいや、もとを辿れば親の因果が子に報ってるだけだから」
「それもそうか」
二番目の兄の言葉に、紅茶を飲みながら鷲の魔女があっさりと頷いた。
呪いのために七週間は鷲の姿になっている鷲の魔女は、その後一週間だけ呪いが解けてもとの人の姿に戻る。
人間の姿をした鷲の魔女は、背が高く、堂々として、鷲の時と変わらず威厳のある雰囲気だった。
やはり熊の魔女と同じように、鷲の時の記憶は曖昧らしかったが、ライナのことも話を聞いてすぐに把握した。
「彼女、勘が鋭くて、即断即決の人だから。鷲の時から食べ物としてじゃなくライナを連れてきたんだから、人間の姿に戻っても心配はいらないとは思っていたよ」
二番目の兄が、今日のお茶請けのフランボワーズのタルトを切って配りながら言う。
その横で、この巣の主人である鷲の魔女は、長ズボンに包まれた足を組みながら頬杖をついた。
「そりゃあ、私は人間の時は騎士だったからな。呪いがかってても、元騎士として子どもを食ったりしないさ」
「子どもを誘拐はしたけどね」
「お前を探していた妹だったんだからちょうどよかった」
「そうだね。だから勘が鋭いって言ったんだ」
二番目の兄と鷲の魔女の気の合った会話に、ライナはここの二人も仲良くやっているようだと思う。
ライナの視線は、ついでにベッドのほうへと向いた。
大きな鳥の巣の中に、小さな鳥の巣があるようなベッドには、卵が一つ置かれている。
ライナはもうここに三週間もいるのでもちろん初めて見たわけではなかったが、結局、鷲の魔女が人間に戻っても『ここでもベッドの中では人間の姿に戻るのか』とは聞かなかった。
恐らく呪いを解く手がかりにはならない気がするし、卵がある以上、たぶんそうなんじゃないかなと思ったからだった。
「まぁでも、兄ってのは手がかかるもんだよな。どこもいっしょか」
「二番目のお義姉様にもお兄様が?」
「うん? ああ、何人かきょうだいがいて……いやまて」
鷲の魔女が話の途中で体を前のめりに倒してきたので、ライナは思わず同じくらい後ろにのけぞった。
急に動いたので肩に乗った鳥が落ちるかと思ったのか、チュンチュン、と声を上げたが、鳥は飛べるはずなのでライナは気にせず鷲の魔女を見た。
「熊の魔女のところからきたって言ってたよな? アイツ、まさかなにも言ってなかったのか」
「同じような呪いにかかってることと、大体このへんにいるんじゃないかという居場所を聞きました」
「他には? なにも?」
ライナは慎重に頷いた。
それから、熊の三本の毛セットのことを思い出したが、そのことを言おうか考えているうちに鷹の魔女が体を戻した。
はああ~と深いため息を吐いて、どっかりと背をソファに預ける。
「……アイツも相変わらずだな。こんな呪いがかけられたナリだから変わりがないのはまあ、当然かもしれんが、しかし子どもができたんならもうちょっとしっかり……」
鷲の魔女の場合は最初から言いながら諦めているような感じだったが、その口調に、王妃がなにかお小言やお説教をする時を思い出したライナは黙っていた。
そこはライナよりも付き合いの長い二番目の兄が気を利かせたのか、それとも彼自身も単に気になったのか、鷲の魔女に尋ねる。
「知り合いなの?」
「うーむ……末の妹だ」
「え?」
「だから、私の末の妹。三姉妹で、私の上にもう一人いる」
それは、もしかして、とライナは思わず口を開いた。
鷲の魔女は、瞳を丸くしたライナに「やっぱり聞いてなかったか」とたぶん全然説明をしなかった熊の魔女に対して仕方なさそうな顔をしながら教えてくれた。
「三女が『熊の魔女』、次女の私が『鷲の魔女』、それから長女の姉が『鯨の魔女』と呼ばれていて、私達は皆、そろって同じ呪いをかけられたんだ。もう数百年は昔の話だよ」
◇
六週間の後、一週間だけ人間の姿に戻る期間。
鷲の魔女はその間のめいっぱいを『どうせだし一週間ずっといればいい』と言ってくれたが、ライナはなるべく早く旅立つことにした。
「残念だな。本当に行くの?」
「はい。まだ、三番目の兄様を見つけていないので」
『鯨の魔女』と共にいるはずの三番目の兄を見つけて、そこでまた話を聞く。
それが、鷲の魔女の話を聞いて、ライナが決めたことだった。
「お世話になりました。また、呪いの解き方がわかったらおうかがいします」
「いつでもきてくれていいんだよ。呪いのことがなくても」
「そうだぞ。コイツの妹とくれば、私にとっても家族だからな」
美人な兄と凛々しい義姉は、そろってライナを引き留めたが、ライナにはまだすべきことが残っている。
それに他の家族の生活を邪魔するのもどうかと、考えるライナの頭には、卵のことが浮かんでいた。
「短い間でしたが、お世話になりました」
「……本当に、君は小さい癖にしっかりしてる。鯨の魔女は、たぶんこの森の道を真っすぐ行った先にある、大きな湖の底に家を持っている。本来なら四日の道のりだが、子どもの足だと倍はかかるぞ。気をつけて行けよ」
「はい。ありがとうございます」
ライナは、熊の魔女のもとから旅立った時のように、小さな体に持てるかぎりの荷物をもたされていた。
中身はほとんど食べもので、二番目の兄が気合を入れて作ってくれたラズベリーパイは、とくに一口で食べられる大きさのものをたくさんいれてくれた。鷲の魔女の家で食べた二番目の兄の料理のなかで、ライナが一番好きな食べものだった。
「鯨の魔女の家までは、近くなればたぶん、その鳥が導いてくれるだろう」
鷲の魔女は、ライナの肩を止まり木にしている鳥をちらっと見た。
人間の姿に戻ったあと、ライナにぴったりと寄り添う鳥を見て、鷲の魔女は奇妙なものを見る顔をしていた。
その理由についてライナが尋ねるまえに旅立つことになったが、鳥になれる鷲の魔女ならば同じ鳥についてわかることがあるのかもしれないと思って、ライナは頷いた。
「ライナ」
二番目の兄が、しゃがんでライナの手をとった。
ライナを見つめて、お祈りをささげるように言う。
「気をつけてね」
ライナは、はい兄様、と答えた。
そうして、森への道へと真っすぐ足を向けた。
森に入るまえに一度だけ立ち止まったほかは、一度も振り返らずに。
◇
三女が『熊の魔女』
次女が『鷲の魔女』
長女が『鯨の魔女』
『私達は皆、そろって同じ呪いをかけられたんだ』
「『もう数百年は昔の話』……」
ふたたび森の道にはいってしばらく。
ライナはぼんやりと歩きながら、鷲の魔女から聞いた話を思い出していた。
どうして、とライナは尋ねた。
どうして、呪いをかけられることになったのか、と。
『本物の魔女に呪いをかけられたんだ。恋にとち狂った女だった』
恋した男への想いが実らず、男に呪いをかけた。
それだけでなく、あんまりだと男を庇った三姉妹にも呪いをかけた。
『私達のいた国も、今はもう滅んでない。だが、私達の呪いはまだ残っている。魔女の執念だろうな』
昔は一ミリもまったく気持ちがわからなかったが、と鷲の魔女はつぶやいた。
『今ならば、多少はそういった気持ちに想像がつかないわけじゃない。子どもの頃に絵本で、王子と姫の結婚を妖精が『100年愛は続くでしょう』とことほいだ場面を見たことがあった。あの時はなんとも思わなかったが、今思えば、あれも一種の呪いだったんだとわかるよ』
ちょうど、二番目の兄が席を外している時の話だった。
鷲の魔女は、ひとりごとのように言っていた。
『『100年愛は続くでしょう』。そう今の私が言われたら、101年目を恐れただろう。きっと、いつか訪れる、呪いが解ける101年目を』
二番目の兄の焼いた砂糖衣のかかったケーキを、鷲の魔女はおいしそうに大事に食べた。
『私は今の暮らしに満足している。だから、この呪いが解ければ失うことになるかもしれないと思うこともある』
六週間を鷲の姿で、一週間を人の姿で。
その呪いが解けた日には、同じ日々が続くこともなくなる。
『だからな、私個人としては、別にどちらでも構わないんだ。呪いが解けようが解けまいが、本当は。もちろん、アイツに面倒をかけていることもわかっているし、人の姿に自由に戻れない不便さもある。そこをどうにかしたいと思う気持ちも嘘じゃない』
だからこうして、君が来てくれて嬉しい。
鷲の姿の時の私も、恐らく君に、希望を感じたから連れ帰ったんだろう。
『本当だよ』
黙っているライナを見てどう思ったのか。
鷲の魔女はわずかに口元に笑みを浮かべた。
『私だけの問題じゃないからね。妹や、姉のこともある。それに……私達よりも、もっとひどい呪いをかけられたものもいる』
真剣な顔になって、鷲の魔女はライナの手を握った。
鷲の魔女が離れていったとき、手の中に残されたものを、ライナは日にかざす。
「……」
それでどうして渡されたものが、三枚の羽なのかはよくわからない。
熊の魔女にもらった三本の毛とあわせてしまいこんだ。
日が昇ってすぐから日が落ちるまでその日いっぱい歩き続けた。
やがて森に夜のとばりが落ちて、すこし先も見えなくなると、眠る準備をする。
土の上に、柔らかい落ち葉を敷きつめて、さらにその上から布を敷く。
横たわると、背の高い木々の間から、はるか遠くのほうで輝く星々が見えた。
「……クロダイは元気かなぁ」
手作りのベッドにもぐりこんだライナの頬に、鳥がすり寄ってくる。
熊の魔女のところで出会い、鷲の魔女のところでずっと一緒にいた鳥は、ライナの呟きに小首をかしげる。
ライナがもし、普通のお姫様だったなら、こんなふうに夜の森で鳥と一緒に、ましてや湿った土や硬い石の上でなんて、とても寝られなかっただろう。
もっとも、ライナは『普通のお姫様』という存在を絵本の中でしか知らなかったし、絵本で見るお姫様は大抵理不尽な呪いをかけられたり、ぼんやりと王子様を待っていないといけないのが定番だったので、自分と比べてどちらがましなのかはわからない。
それに、さすがに外で寝たことはなくとも、穴のあいた天井の下で寝ることはしょっちゅうだったライナは、ある程度のことを我慢することには慣れていた。
絵本で見たところによると、本物のお姫様は、十枚重ねた毛布の下に一粒の豆が入っていても寝られないというのだから、やっぱり自分と比べてどちらが大変なのかもわからなかった。
鳥の羽をそおっと指の腹で撫でながら、ライナはぼんやりと囁いた。
「いいの。たくさん羽根のはいった毛布がなくても、今のわたしにはあなたがいるもの」
ライナにとっては、鳥もクロダイも同じようなものだった。
王妃と父王と、それから数少ない家臣たち。
彼らに囲まれて暮らしていたライナにとっての、見知らぬ存在。
けれど、今までの人生における日々と比べると、はるかに短い時間だけれども。
ライナとクロダイは、すこしの間でも共に過ごしてきた。
ライナが置いて行ってしまったことを思えば、その行方がわからないことに不安を覚えるのも、おかしなことではない。
そんなことを考えながらライナは目を閉じた。
そして次の朝、目を覚ましたときに隣にあった姿に、あっという間にその不安が用無しになっているのを知った。
「あ、おはよう。お姫様。よく眠れたかな?」
「……クロダイ?」
「うん? そうだよ」
目覚めたライナを、はぐれたはずのクロダイがにこにこと笑顔で見下ろしていたのだった。




