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鷲の魔女



「それじゃあ、素敵な名前ももらったことだし、ボクはキミにとって知らない人じゃなくなったと考えてもいいですか? お姫様」


謎の男からクロダイになった男は、にこにことしている。

ライナはその質問に、たしかにそうかもしれない、と思ったのでこれからは彼に返事をすることにした。


「どうして、私が姫だとしってるの?」

「あれ、そうだったの? 可愛い女の子は、みんなお姫様のようだと思っていたから」


ライナは黙ってクロダイを見やったが、クロダイはライナの視線に不思議そうに首をかしげた。

ライナは、さっきは聞き流していた彼の言葉と、彼の妹たちが言っていたという言葉を振り返る。


「もしかして、お兄さんは、カイショウなしのオンナタラシのロクデナシなんですか?」

「えっ……どこでそんな言葉を知ったんだい?」


よく王妃が父王のことをそんなふうに呼んでいたことを思い出しながら尋ねると、クロダイはびっくりしたあと、困ったような悲しそうな顔をした。


「よくお母様が言っていました、父王様に」

「そ……そっかぁ。……ボクはキミにそう言われないようにするよ」


クロダイが真面目な顔をして真摯に言うので、ライナはひとまずそれを信じることにした。

さしあたって彼を信じる以外にはできることがなかった、ということもある。


彼については、見知らぬ人から名前だけを知っている人に変わったくらいの違いだったが、クロダイはまるでライナの家族のようについてくる。


「……もしかして、ついてくるつもりですか?」


ライナが尋ねると、きょとんとした後、不安そうに「ダメ?」と聞いてくる。

どうも危なそうな存在には思えなかったが、ライナの旅には理由がある。

ライナはその理由をクロダイに話してあげることにした。


「わたしは昔、魔女にさらわれた兄たちを探すように言いつけられて、そのおつかいの途中です。知らない人についていったり、寄り道をしたり、遊びほうけて遅れてはいけないので、あなたになにか目的があるなら他をあたってください」


ライナの話を聞いたクロダイは、それなら問題ないと笑顔になった。


「ボクはいろいろなことを忘れてしまって、帰るあてもない。お姫様、キミさえかまわないなら、お供させてください。これでも男だから、危ないことや力がいることには、キミの助けになれると思う」


ライナはちょっと考えたが、ライナが持っているものといえば、旅立つときに王妃から渡された短剣と鎧というには小さすぎる鉄のブレスレットしかない。


なくしても盗られても困るものではなかったし、ライナを殺してよいことがあるわけでもない。


他に問題も思いつかなかったので、いっしょに行きたいと言うのなら、と頷いた。


「わあ、本当に? ありがとう、うれしいな。それじゃあ、お姫様。キミの名前をお伺いしても?」


そういえばまだ教えていなかったかと、ライナは王妃に教えられた『姫』の挨拶をした。

すなわち、ドレスのすそを軽くつまんで、片足をそっと下げてお辞儀をして名乗った。


「『ライナ』です」

「これはお姫様、ご丁寧にありがとうございます。ライナ。綺麗な名前だね。キミにぴったりだ」


男はそう言うと、自分も王子様のように片手を胸に当てて、優雅にお辞儀をしてみせた。


「せっかくキミがつけてくれたのだから、ボクのこともクロダイと名前で呼んでおくれ」


かくして、魔女にさらわれた兄たちを探すライナの旅に、道連れができたのだった。




ライナたちの旅はおおむね順調だった。

それもこれも、森に入ってすぐに一番目の兄に出会えたことと、その熊の魔女のおかげである。


「森に入ってすぐに見つかって、意外とついていました」


熊の魔女のもとでお土産に持たされたパイをかじりながら、ライナはつぶやいた。


一番目の兄を訪ね、熊の魔女たちの『呪い』のことを聞いて、また彼らの家から旅立ってから四日経った。

ライナと、いっしょについてくることになったクロダイは、ライナの二番目の兄と『鷲の魔女』のもとへ向かっていた。


熊の魔女は、夫の末妹であるライナにとても親切にしてくれた。

持たされたお土産のおかげで、ここ数日素敵に調理されたものを食べることができたし、『冬眠用の蓄えとして日持ちのするものもありますの~』と腐らないものも分けてくれたので、しばらくお腹がすく心配もない。


そういえば、とライナは思い出す。

一番目の兄たちを見つけられたのは、鳥を追っていったからだった。

あの綺麗な鳥。


「パイ食べたかったかな」

「パイ? なんのお話?」


ライナのつぶやきに、お腹がすいていないからと自分の分のパイを遠慮したクロダイが不思議そうにするので、ライナは自分を導いた鳥のことを教えてあげた。


「とてもきれいな鳥だったんです。人なつっこくて、頭の上にも乗ったりして。一番目の兄様たちのところまでいっしょだったんだけど、いつのまにかいなくなってて」

「へぇ、そんなに綺麗な鳥だったの?」

「はい。見たこともないくらい」


ライナがその綺麗さを伝えようと身振り手振りで話しているあいだ、クロダイはにこにこと嬉しそうに聞いていた。

そのクロダイの反応は、ここ数日ほとんどずっと笑顔の彼を見ていたライナには、別段珍しいものにも見えなかった。


ライナは母である王妃にいつも『貴方は大人しく良い子だけれど、表情と情緒を全部どこかに落としてきてしまったみたい』と溜息をつかれていたくらい、表情がない。今考えれば、たぶんそういった性格の部分は、先に母が兄達にあげてしまったのではないかと思う。

いつもにこにことして、ライナの言うことにもやることにもいちいち反応してくるクロダイとは、ちょうど正反対だった。


「きれいな鳥でした。……もう会えないのかな」

「キミが望めば、また会えるよ」


クロダイの優しい声が言うと、本当にそんなふうに思えてくる。


一番目の兄よりも年上のように見えるクロダイは、七つのライナからすると立派な大人で、さらにライナが知る数少ない大人達のなかで、一番頼りになった。


のんびりゆったりした様子ではあるが、クロダイはライナにはないものを持っている。


それは、クロダイも言っていたように高いところに手が届いたり遠くまで見通せる身長だったり、重いものや大きなものを持てる腕力だったりした。


ライナに頼まれて、進路上の大きな石を動かしたクロダイは『覚えてないけど、こんなこと、したことないとおもう……』と息も絶え絶えにしながら言っていたので、得意ではないのかもしれないが、それでも大人としてライナよりも力があることに変わりはなかった。


「それに、他のことだってそうだ。森に入ってすぐに出会えたことは、意外でもなんでもないことかもしれないよ」

「え?」

「一番目のお兄さんのこと」


急に話が変わったと思って、ライナは目を瞬かせた。

だが、続いたクロダイの言葉で、変わっていなかったことを知る。


「キミが望んだから、会えたんだ。ついているんじゃなくて、そういう星の巡りなんだよ。七日に一日、七週間に一週間、七ヶ月に一ヶ月、そういう法則と同じだ。ただ待つしかない、変えられない法則。ボクが、もうずっと、待ち望んでいるような気がする運命……」

「クロダイ?」


ぼんやりとした、どこか夢見るような口調に、ぺちぺちと頬をたたくとクロダイは目を瞬いた。

たった今、夢から覚めたような眼差しでライナを見て「……なんの話をしていたんだっけ?」と首をかしげる。


ライナは、たった今の彼のおかしな言動を言おうか考えたが、こうしたことは他にもこの数日のあいだに何度かあって、その度にこんな様子だったことを思い出して、気にしないでおくことにした。


そもそもクロダイは、ライナよりも大人ではあるが、記憶を失っている大変な人だ。

少しくらいおかしくても、ライナが気をつけて見て、危なそうだったら手を引いてあげればいい。

両手両足が不自由な父王に、ライナはたまにそうしてあげていたことを思い出す。


「わたしの助けが必要だったら、いってくださいね」

「え? ありがとう。でも、今もとても助かってるよ」


クロダイはにこにことしている。

いまのところライナは彼のにこにことした顔以外を見ていない。


いつでも上機嫌な人はそれだけで素晴らしい才能だと、ライナは知っている。

ライナは一応姫なので、ボロ屋敷のお城にも召使いはいて、そのなかの一人の少年はいつでも上機嫌だった。仕事で失敗をして怒られても、満足に食べるものがない日も、明日があるさとあくびをして寝てしまう。

いつでも不幸そうな王妃と父王を見ていたライナは、その少年の飄々とした脳天気さを尊敬していた。

ああして生きることができるなら、王妃も父王もきっと不幸ではなくなるだろう。


「クロダイはすごいね」

「え? そ、そうかな? ボクは、どちらかといえば妹達に叱られることのほうが多かった気がするから、そんなふうに言われるのは新鮮だな」


少し照れたように頬をかいたクロダイが、ちなみにどんなところが?と期待するように浮ついた目でライナに尋ねる。


「記憶がないのに、笑顔でいられるところとか。きっとわたしだったら、そんなふうにはいられません」

「あ、そういう……まぁ、そうだね。物事を深く捉えないというのは、ボクの唯一の長所かもしれないね」


短所でもあるとよく妹達には言われていたけど、とクロダイは苦笑した。

言ってから、ふと思い出したようにする。


「ああ、でも、一応特技もあってね。占いができるんだ」

「占い?」

「そう。よく使うのは、水晶か鏡か、なければ水面かなんかでも。ちょっとした運勢や、先のことを映して見ることができる。なにが見えるかは、そのときどきの相手の気紛れだけど」

「相手?」

「うん。水晶か鏡か水面か、占いに使ったそれぞれの相手の心一つの気紛れ」


ライナが興味をひかれた様子を見せると、クロダイは近くに水面を探した。

ちょうど大木の窪みに水たまりができているのを見つけて「これでいっか」となにやらはじめる。


「ウウン、ムニャムニャムニャ」

「え?」

「呪文だよ~」


ライナには『ムニャムニャ』としか聞こえなかったが、のんびりとしたクロダイの言葉の通り、じきに水たまりにこことは違う光景が映し出された。


最初はぼんやりとしていた輪郭が、少しずつ形をとってあらわれる。

はっきりとした姿の巨大な鳥が、勢いよく飛んできて嘴で子どもをさらっている場面。

子どもの姿は、よく見ればライナだった。


「……おやっ!?」


ライナには光景の意味はわからなかったが、クロダイはすっとんきょうな声をあげた。


「どうし――」


尋ねかけたライナの頭上に、ふと、影が差す。

ライナが顔をあげると、大きな鳥が羽根を広げていた。


ちょうど、水たまりのなかに見た鳥だった。


「――ライナ!?」


そう気づいたときにはときすでに遅く。

鳥の嘴にくわえられたライナは、空に舞い上がった。

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