さても賢きライナ
突然開けた場所に出て、ライナは状況を理解するのに少しかかった。
「ここは……」
言いながら、周囲を見回す。
今度起こった唐突な変化によって、薄闇に覆われていた視界は今やはっきりと晴れていた。
四方を石壁で閉じられた、光の届かない暗い塔の中でありながら、奇妙に発光しているように見える物体が部屋の中心にある。
それこそが自分たちが探していた『王子』であることが、ほとんど直感的にわかった。
「こんなところでずっと」
ずっと、数百年もの間、ひとりで眠っていたのだろうかとライナはつい呟きかけて、口をつぐむ。
目の前の光景をあらためて眺めると、とても静かだった。
確かに数百年くらいよく眠れそうだったが、どことなく冷たくて、肌寒い空気がある。
「……“クロダイ”」
さらさらとした白銀の髪。
すらりと伸びた長い脚。
この空間に浮かび上がるように白い姿をした王子は、ライナが想像する『王子様』と瓜二つだった。
つまり、ライナが今までの短い人生の中であってきた中で、一番『王子様』のようだと思った相手だった。
これはどうしたことだろう?
思わず呼びかけたライナに、瞼を閉じてぴくりともしない男は応えない。
男の横たわる黒く艶のある机を見て、ライナは彼が『名前を思い出せない』と言った時のことを思い出していた。
黒の台。黒の食卓。
自分に関しては、覚えているのはそれだけだと。
「クロダイが、あなたが『オデロ』?」
ライナが思わず寝ている男に語りかける。
すると、その呼びかけが自分へのものだと思ったのか、なぜかライナの首元から顔を出した鳥が嬉しそうな雰囲気でぱたぱたと羽根をふるわせた。
その拍子に、覗きこむように首をかしげていたライナはよろめいて、机に手を置いてしまう。勢いをつけたバンッというまあまあ大きな音が響いて、ライナは自分でびっくりしたが、それ以上にびっくりすることが次の瞬間起こった。
「ン……」
「ひ」
ライナは声もなく飛びのいた。
机から距離を取って、机の上、今確かにむにゃむにゃとした声を漏らして動いた男を凝視する。
「な……」
いま、確かに、ちょっと動いた!
ライナはびっくりしすぎて心臓がばくばくいうのを抑えながら、死にかけの蝉が動いたのを見た猫のように目を逸らせずにいたが、しばらくしても机の上の男がぴくりとも動かないことを見て取ると、また恐る恐る近づいていった。
「……」
確かに眠っている、と確認して胸を撫で下ろしたあと、ライナはそもそもの旅の最終的な目的から、起きてもらったほうが都合がよかったことを思い出した。
そうしてまた、いつの間にか机の上に降り立っていた鳥に気づかず、鳥の上から机に手を置きかけて、今度こそ驚いた拍子に机にぶつかりかけた。
ガッシャンッ!
ピ、ぴぴっ!?
「……」
間一髪のところで潰れた鳥を見ずにすんだ代わりに、ライナは机にもたれかかるように体勢を崩してしまい、自分の間抜けさに内心で驚きを通りこして新鮮さを覚えていた。ここまで驚きが連続することがあると、次に何が起こっても驚くべきことではない気がしてくる。
実際、ライナが結果的にしたたかに机を手で打ったあと、先程よりもはっきりと聞こえてきた声に、ライナはそこまでは驚かなかった。
「鳥を」
それは確かに、男の声だった。
それも、ライナがよくとは言い切れずとも確かに知っている男の。
「鳥?」
ライナは無意識に返事をしていた。
「それ、ボクの」
身を起こすと、ライナは雪のように溶けて消えていきそうな声に耳を澄ます。
目を閉じて眠ったままに見える男の口から、吐息のように「こころ」と言葉が落ちて「だから」ととぎれとぎれに続けたのが聞こえた。
「こころ……」
“呪いを解くには心が必要”
“王子が投げた心が必要”
ライナは、さっき聞こえてきた妖精の歌を思い出した。
そのことについて聞こうにも、ようやくそれだけ言って、男はまたすやすやと眠ってしまったらしい。
ぴぴ、ぴぴぴっ。
ライナの掌に潜りこんできた鳥が、鳥を見つめるライナを見つめかえす。
鯨の魔女は、眠る王子の体からは魂が抜けていると言っていた。
魂とは心のことだ。
この鳥が王子―――つまり、クロダイ、『オデロ』の心?
つまり。
「……わたしの鳥じゃなかったんだ……」
ライナは掌に包んだ鳥を、そっと眠る男の左胸の上に置いた。
すると、まるで欠けていた心臓を呑み込むようにして、鳥が溶けた。
開いた穴が埋められたことによって、なめらかになった体の表面には、最早ひとつの欠けもない。
しばらくはなにも起こらなかった。
ただ、ライナの手元から鳥が消えてしまっただけで、石室は相変わらずしんとして、衣擦れの音ひとつ聞こえない。
しかし、鳥が消えるというなにかしらの出来事があったからには、なにかあるのだろうとライナは部屋の隅で膝を抱え、辛抱強く待った。
そうして、ようやく、その『なにか』の変化があったのは、ライナがそろそろ三番目の兄を探しにいったほうがいいだろうか、とすでによそごとを考えはじめていた頃だった。
「―――う」
ライナが顔を上げて机のほうを見ると、ちょうど瞼が震えて目が開くところだった。
ぱちりと目が合う。
「……『オデロ』さん……?」
「……クロダイとは、もう呼んでくれない?」
その、五月の花のような微笑みを見て、ライナはようやく理解する。
クロダイは本当に、『オデロ』であり『王子様』であったのだと。
本当の意味でわかって受け入れる。
そうして、なぜか、少し悲しい気持ちになった。
「ううーん……ううん、うん……まいったな」
机の上でひとしきり芋虫のようにもぞもぞと身動ぎをした後、諦めたように「動けない」とオデロがため息をついた。
その動きを眺めていたライナは、数百年寝ていたのなら数十年は起き上がれなくてもべつに不思議じゃないと思ったが、数百年振りに目覚めたばかりの人にそれを言うのはいくらなんでも酷なように思えたので賢明にも黙っていた。
「また完全に解けてないみたいだ」
「……呪いが?」
「うん。ロットのまじないは本当に強力だ」
「ロット?」
「そう。ボクを眠らせたのは彼女だった」
自分の名前を思い出したついでに思い出したみたいな口振りだったので、ライナは呪いをかけた魔女のことが少し哀れになった。
ライナは魔女について、鯨の魔女から聞いた話と、幻の姿しか知らない。
けれども、自分を数百年の眠りにつかせた魔女のことをこんなになんでもないふうに話すオデロと、見知らぬ魔女どちらかを選ぶとしたら、まだ魔女の気持ちのほうがライナにもわかりそうだと思った。
もちろんライナは恋に狂っているわけではない。
恋のなんたるかさえまだしらないのに、狂うもなにもない。
けれど、ひとりぼっちで、誰かに自分の想いを伝えるのがうまくできないという点においては、ライナは魔女の気持ちがわかる。
「呪いはまだ解けていないんですよね」
なんだかこの考えに深く沈んでいくと、湖よりも深くて底がないような気に駆られて、ライナは話題を変えることにした。
「うん。そのようだけど、でも、ボクは今とても良い気分だ。ああでも、ボクのお姫様がこんなに近くにいるのに、こんなふうに横たわったまま傍にも寄れないのはもどかしいかなぁ。ねえ、ライナ。よかったらボクの近くまできてくれないかな」
特に断る理由も思いつかなかったので、ライナは言われた通りにしてあげた。
今までずっと首元を温めていた鳥の重さがなくなった首を縦に振ると、机に近づく。
「わあ。ライナだ。本物のライナ」
「偽物のライナはいません」
クロダイ――オデロは、鳥だった時の癖が抜けていないかのように、ライナの手のひらに頬をすりすりと寄せた。
「そうかな? でも確かに、キミの前に現れていたボクは、このボク自身の体じゃなかったけど、偽物のボクでもなかったものね。今ここにいるボクもキミと一緒に旅をしたボクも同じボクだから。だけどやっぱり嬉しいんだ。小さな鳥の姿でも、魂のない実態だけの姿でもなくて、この自分の体でキミに触れられるのは」
キミが大事だと伝えたい時に抱き締められる。
そう嬉しそうに言った後、実際に体が動くか試してみたのか、ちょっと考えるような間を置いて「やっぱりまだ腕は動かないかな」と困ったように言った。
本当だったらそれに返事をしてあげて、どうやったら起き上がれるくらいになるのか一緒に考えてあげるべきだった。
けれどライナは、急にその時、あわれにも、少し前の自分の呟きを思い出してしまった。
『でも、おまえがいるものね』
三番目の兄と離れて、ひとりぼっちになった時。
ライナには、けれど、ひとりぼっちでも鳥がいた。
それに比べて、今のライナはどうだろう?
鳥はいなくなって、本物のクロダイ―――オデロがいる。
けれど、オデロは鳥でもクロダイでもない。
目の前にいる、暗い部屋のなかで輝かんばかりの王子様は、いくら本物であっても、ライナのものではなかった。
「……ライナ? 大丈夫? どうかした? ど、どこか痛い?」
急に黙りこんだライナに、心配そうに聞いてくるオデロにも返事ができない。
俯いたまま、ライナは、確かに痛いかもしれないと思った。
心臓のあたりが、なぜかとても痛かった。
「あなたにはわかりません」
こんなこと、言ってはいけないとわかっている。
オデロは戸惑っていたし、ライナも本当のところ戸惑っていた。
でも、いけないとわかっていて、それでも口から言葉が飛び出た。
「誰からも愛されて誰をも愛してきたあなたには」
ああ、言ってしまった。
一度放たれた言葉は戻ってはこないから、ライナは取り返しのつかないことをしてしまった気分になった。
それと同時に、なぜだかずっと胸につかえていたものを吐き出したような、奇妙にもすっきりとした気持ちもあった。
「あなたは、オデロは、心も体も貧しい暮らしなんてしたことがないかもしれないけど……」
言うまでもなく、明らかにオデロにそういった経験はなかったに違いない。
お腹が空いたり、愛の不足を感じたりすることは、おそらく彼の人生では一度もなかった。
旅の間中、オデロはいつもにこにことして、怒ることも何かに執着してみせることもなかった。
それは、最初から与えられないと諦めて欠乏を知っているライナとは違う。
常に満たされたコップの水のように、少しくらい溢れても、なんてことない人の余裕だと。
溢れた水を必死に探して、這いつくばって舐めないといけなかったライナとは違う。
「だから、おなかがすいているみたいに自分が空っぽで、ずっと体にぽっかり穴が空いているような気持ちも、わからないかもしれないけど……」
珍しく自分から口を開いたライナにオデロは圧倒されたようにぽかんとしていたが、そのあたりで我に返ったらしく、なにかしらを言いかけようと口を開いた。
けれど、そうすることでライナの話を遮ってしまうことを考えたのか、それとも、何か言うことでかえって自分でそれを肯定することになるかもしれないことに気づいたからか、すぐに開いた口を閉じた。
だから結局、ライナは遮られることなく、最後まで言いきることができてしまった。
「でも、わたしは、ずっとそういう気持ちだった」
自分がずっとそういう気持ちでいたことを、鳥の姿でも、人の姿でも、あなたと一緒に旅をしているうちに知ってしまった。
『満ちている』ということがどういうことか、知ってしまったそのせいで。
「鳥や、あなたといっしょにいる時や、兄様達との時間の間は、そういう気持ちが紛れました。そういうのは、はじめてだった。……だからなの? オデロが自分の体に戻れて、良いことのはずなのに、わたしはなにかを失ってしまったような気がする」
おかしな感覚だった。
もともとライナのものではなかったのに。
それは最初からそうだったのだ。
旅に出る前、ライナは別段、不幸じゃなかった。
ライナには父も母もいる。
住むところも、少ないけれど食べるものもあって、七つまで育ててもらった。
日々のことで精一杯で、失った兄達のことが心配で、父母は不幸だった。
それに比べて、なにも知らず、自分のことだけ心配していればいいライナは、不幸じゃなかった。
ライナはぜんぜん不幸じゃない。
ライナはぜんぜん不幸じゃないから、幸せじゃないとも言えなかった。
鳥の温もりが肌から伝わってくる時。
ライナ、と自分よりもずいぶんと年上の男が嬉しそうに呼びかけてくる時。
ライナは、抱きしめるのにちょうどいい形をした木を見つけたような、奇妙な気分になっていた、
「愛されることも愛することもわたしにはわかりません。だから、あなたには、わたしのことはわからない」
誰からも愛され誰をも愛してきたあなたには。
ライナは健気に父母の言うことを聞いて生きてきた。
けれどもそれは、父母が自分に言い聞かせることが、絵本のなかで語られる『子を思うがゆえの親』のように、ライナ自身のためだと思っていたからではない。
ライナは、健気なライナではなく、賢きライナだったから、知っていたからだ。
おとぎ話では、親に従わない悪い子は罰を受けるという、お決まりのセオリーを。
「――――ライナ」
どれくらいの時間が経っただろう。
やがてぽつりと石の床に落ちた声を聞きながら、ライナは早速後悔していた。
感情に任せて―――これはライナにとってはとても珍しいことで、ひょっとしたら物心ついて以降はじめてのことかもしれなかった―――口からいろいろ言ったはいいが、これはライナが思っていたよりも、ずいぶんと疲れる行為だった。
そもそも、ライナの言ったことを振り返ってみれば、オデロにとっては理不尽でしかない。
鳥の姿だったのも、クロダイがオデロであったのも、別に彼自身が望んでそうだったわけではないのだ。
ライナは騙されたわけじゃないし、もともと鳥はライナのものではなかった。
それをどうしてか、旅の間でいつの間にか、随分と気持ちを表に出すことを覚えてしまっていたライナは、どうにもならないことに駄々をこねた。
これがいわゆる八つ当たりというやつだということを、たまに父王が空になった酒瓶を壁やら床やらに投げつけているのをみて、ライナは知っていた。
ライナがさっきやったことも、それとあまり変わらない。
自分のなかの整理のつかない感情を、オデロに向かってぶつけただけだ。
「ライナ」
その自覚があるから、もう一度呼ばれてもライナは恥の感情で視線を上げられなかった。
その反応をどう取ったのか、再度、さっきよりも焦ったような声が聞こえた。
「ライナ」
「……」
「……ライナ……」
だんだんと沈みこんでゆく声を聞くうちに、ライナは罪悪感で胸がきりきりと締めつけられた。
いくら決まりが悪いとはいっても、流石にそろそろうんとかすんとか返すべきである。
けれど、勇気を出して顔を上げたライナは、驚きで言葉を失ってしまった。
クロダイがその瞳に薄らと、涙を浮かべていたからだった。
「……く……オデロ……?」
「――ああ、そうだ。ボクはなにもわかってはいなかった。なにも。なにも……」
声は「なにも」と言うたびに徐々に深いところへ沈みこんでいき、最後は消え入るようだった。
ライナは、オデロが一瞬、このまま死んでしまうのではないかという心配にかられた。
呪いが完全に解けていないせいで横たわったまま死にそうな顔をしていると、本当に今にも永遠の眠りに旅立ってしまいそうな感じがある。
ライナは慌てて何を話していたかも忘れて駆け寄り、バンッと黒い食卓の上に手をついて慌ててオデロを覗きこんだ。
「だ、だ、だいじょうぶ?」
「……いいや……もうだめだよ……ボクは本当にダメな男だ……」
「えっ……」
こういう時はたとえ大丈夫ではなくても大丈夫というものだと思っていたライナは、予想外の答えにますますどうしたらいいのかわからなくなる。
「末の妹に『兄様はこと男女の話となると複雑な女心についてまったく理解されていません。そんなふうにだれかれ構わず同じように気を持たせるようなふるまいをしていたら、いつか刺されるか呪いにかけられるかでもするに違いないわ。自分から特別に誰かに想いを抱く時がきてはじめて自覚するのではお話になりませんわよ』とこんこんとお説教をされていた時は、どうして怒られているのかもわからなかったけど、こうやって現実になると、ほんとうに自分が心底愚か者だったことを痛感するよ……ああ……こんなに自分を情けなく思ったのは初めてだ……ロットを怒らせて妹達と一緒に呪いを受けて迷惑をかけた時にもこんなに情けなくは思わなかった……」
それなのに今なにがどうして激しく落ち込んでいるのかはわからないが、話を聞いて、たぶん呪いを受けた時にもっと情けなく思うべきだったのではないか、とライナは思った。
「ボクは、物事を深刻にとらえない人間だった。呪いを受けても、ボクのせいで怒らせてしまったロットや呪いを受けた妹達、迷惑をかけた父母や皆には申し訳ないと思ったが、それでもまあなんとかなるだろうと思っていたし、自分のことも名前も忘れるくらい時間が経って、眠っている体から魂だけを散歩させられるようになった後は、鳥として気ままに歌って過ごしていた……」
それは確かにちょっと物事を深刻にとらえなさすぎなのではないか、とライナは思った。
「だけど……ボクにだって、物事を深刻にとらえることはある。それを知った」
確かに、今やオデロは頭を抱えこむほどに落ち込んで――――頭を、抱え?
「……あれっ。オデロ、体がうごいて」
「『歩く花畑』とまで呼ばれたこのボクが、今とても深刻にキミのことを思っている」
誰がつけたあだ名なんだろう。
なぜだか姉妹の魔女たちの誰かに違いない、とライナは思った。
だけど今は、感心してしまうほどしっくりくるあだ名に気を取られている場合ではなかった。
「オデロ、あなた」
「妹達のことを除けば、ボクは本当は、鳥のままでもなんら不便はなかった。鳥のさがはボクに合っていた。もしかしたら人間よりも向いているかもしれないと、いつしか思うほどに。だから、ボクが元の体に戻りたかった理由は、ただ、ライナ、キミに」
熱心に語りかけながら、オデロはばっと両手を広げる。
鳥の真似だろうかと思ったあとに、ライナは続いた言葉に目を丸くした。
「ボクがいるよと抱きしめられるものでありたかったから!」
それなのに、と絵本から抜け出てきたような美しいかんばせが悲痛をたたえる。
「それなのに、ボクは不甲斐なくて、キミを抱きしめるための腕さえも動かない」
「うごけていますよ」
「だけど、だけど!」
聞こえていないようだ。
興奮している人はあまり刺激しないほうがいい。
ライナはひとまず、必死なオデロの話が終わるまで待つことにした。
「なんの役にも立たなくて、それどころか、ボクの存在がキミにとって腹立たしいものに見えても、消えてあげられなくてごめん。ボクはやっぱり、ライナ、キミの傍にいたいよ」
ライナの瞳も口もまた丸く見開かれ、ライナはぽかんとした。
大人しく話を最後まで聞く気でいたが、けれどやっぱり戸惑って、おずおずと口を開く。
「……どうして……?」
ライナはなにも持っていない。
綺麗なドレスも、美味しい食事も、温かい寝床も、全部ライナのものではない。
両親の愛も、新しいおうちで家族をつくっていた兄達も、ライナのものではない。
鳥だって、クロダイだって、ライナのものではなかった。
「魔法も、呪いも、なんにも使えないのに」
なんにもあげられない。
なんにもしてあげられないのに。
「魔法や呪いなんてなくても、ライナ、キミはボクの奇跡だ」
呆然として、なぜだか目がすこし熱くなっている。
ライナはそれがどういう感情なのかよくわからなかった。
だけど、やっぱりもう体を動かせているオデロが、そんなことなど気づいていないかのような熱心さで、ライナのちいさな手を取ったとき。
なぜだか、とても綺麗な花をもらったような気持ちになった。
「キミをずっと待っていた。ボクの運命のひと」
きと永遠に出会えないだろうと思っていた。
出会えることがあるとも思っていなかった。
一生のうち、広い世界で、出会えて、言葉を交わせた。
その一握りの人のなかに、キミがいた。
「ボクがキミになにをしてあげたいと思うよりも先に、キミは、ボクに大事なものをくれたから」
ライナは無言で目を瞬く。
自分の体が動いていることには気づかないくせに、オデロはライナの顔に浮かぶ表情はすべて見逃すまいとするかのように、つぶさに見つめていた。
だから、ライナの困惑に気づいて、そっと花を差し出すような優しい声で付け足した。
「ライナはボクに『わたしの助けが必要だったら言ってください』って、言ってくれたよね」
ライナは確かにそう言った覚えがあった。
けれど、自分の言った些細なことを誰かが覚えていることは、今までなかったことだったので、驚いてなにも言えなかった。
「ライナ。ボクにはキミの助けが必要だ。どうか、勇敢なボクのお姫様。ここからボクを連れ出してください」
ライナの手の甲にオデロが口づける。
おとぎ話の王子様が、お姫様にプロポーズを申し込むときのようだったが、実際には囚われの王子様と助けにきたお姫様であって、おとぎ話とはどこか違う。
だってここは、絵本の中じゃない。
「キミと一緒に、世界を見に行きたいんだ」




