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賢きライナと黒き食卓の王子  作者: ウユウ
黒き食卓の王子
18/21

黒き食卓の王子5


 ピギーッ!ぴぎぎっ、ぎいーっ!


 うっとりするほど綺麗な鳥が、あまり綺麗とは言えない金切り声で鳴いている。

 その鳴き声も、目の前の光景も、ここに立っている自分の肉体も、絵本のなかのことのように現実味がない。

 束の間、ぼうっと夢見るような感覚でいたライナを現実に引き戻したのは、耳元で弾けた三番目の兄の声だった。


「ッ、ライナ! 後ろにこい!」


 三番目の兄の後ろに押しやられ、ライナの視界が狭まる。

 けれど、そこここにに漂う空気から、あの黒い牝牛がまだ目の前にいることはわかっていた。


 ――――とても現実味がない。

 ――――夢を見ているようだ。


 しかし、よくよく考えてみれば、とライナはふと思う。

 この旅は、はじまりからして現実味のない、夢を見ているようなおとぎ話のそれではなかっただろうか?

 ―――それならば、もしかしすると、これもまた。


「三番目の兄様……」

「なんだよ緊急事態だから手身近にしろよ。っつーかおまえ、こんな時に悠長に『三番目の兄様』なんて長ったらしい呼び名で……」


 ライナが呼びかけた何倍ものたくさんの言葉を返してきた三番目の兄の、服の裾を引っ張って、ライナは今考えたことを伝えようとする。

 しかし、三番目の兄の言う通り、今の状況はわりと緊急事態だった。それも生命にかかわるような重大な。そんな状況が、三番目の兄の長い文句が全部終わるまで待ってくれたりするわけはなかったのである。


 グオオオォオオンッッ!!


「ウワアア」


 素直に若干怯えたような三番目の兄の声に、ライナは『そんな声出せたんだ』と彼に庇われるように横抱きにされた腕の中で思う。明らかにビビっている態度のわりに、また突っ込んできた牝牛をひらりと軽く避けた三番目の兄は、ライナの顔を見て「おまえこんな時でも無表情かよ!」と文句をつける余裕さえあるようだった。


「三番目の兄様、あの」

「なんだよ悪いがオレは忙しいぞ今ッ!」

「ごめんなさい、でも、ライナの話を聞いてくれませんか」

「今じゃなきゃいけない話だろうなッ!」

「わたしの荷物に短剣があるので、それを使ったらどうかと」

「バカおまえそういうことは早く言え!!!」


 理不尽に怒鳴られて、ライナは落とさないようしっかりと抱きすくめられた腕の中で身を竦める。ライナの首元に入り込んで同じように三番目の兄に守られている鳥が、ライナへの扱いに抗議するようにビギギッ!と鳴いたが「うるせぇ!」と一喝されてすぐにしおしおと小さくなった。


「だいじょうぶ、三番目の兄様は怒っているんじゃないよ。焦ってるだけ」

「おまえももうちょっと焦ってくれねぇ?」


 荷物をまさぐってライナは短剣を探した。そうやって取り出したのは、そういえば旅に出る前に王妃に渡された短剣だった。正直ライナも忘れていた。おんなじように『鎧』として渡されたどう見てもブレスレットなアイテムは、この状況ではあんまり役に立たなさそうなのでそのまま忘れておくことした。


「これか!? アッ!?」

「あっ……」


 ライナから剣を受け取った三番目の兄は、ちょうどよく(よいと言えるのだろうか?)突進してきた牝牛に向かって、咄嗟に短剣を振るった。

 そのとき起こったのは、まさに『おとぎ話』に相応しい出来事だった。


 牝牛に当たる前に、短剣はパッキン!と音を立てて、砕け散ったのである。


「……オイ」


 三番目の兄の低い声が、腕の中のライナに振動として伝わってくる。


「だめだったみたいですね」

「だめだったみたいですね~じゃねェ!」


 短剣が使えないのならば仕方がないと、どうせ役に立たないだろうと忘れることにした『鎧』のブレスレットをダメもとで三番目の兄に渡したが、それもまた牝牛に向かって投げつけるとぽっきりと折れて本当に何の役にも立たなかった。


「どうしたらいいんだろう」

「オレも聞きてーなぁ!?」


 牝牛の突進を避けるのに忙しそうなのに、いちいちライナの言葉に返事を返してくれる三番目の兄の腕の中で揺さぶられながら、ライナは考えこむ。


 『おとぎ話』のセオリーならば、今までの旅路の出来事にヒントがあるはずだ。大体そうと決まっている。だから今こそ、最初に渡されてからパンを切り分けたり枝葉をはらったりすることにしか使われていなかった短剣や鎧の出番なのではと思ったのだが、結果は、便利な日用品を失くすだけで終わってしまった。


 今までの旅の記憶。そこにヒントがないか。

 考えこむライナの頬を、ぴとりとくっついてくる鳥の羽根がくすぐる。

 ライナは、はっと目を見開いて鳥を見た。


「アー! 仕方ねェ、一旦逃げるぞ!」

「! まってください、三番目の兄様!」


 よくよく思い返してみると、鯨の魔女は『城は資格があるものを拒まない』と言っていなかっただろうか。

 資格とは? ライナは考えた。それをまだ持ち合わせていないなら、鯨の魔女はあんなふうには言わなかったはずだ。

 それならもう、ライナはその資格を持っていることになる。

 それはもしかして。


「三番目の兄様っ! これをっ」

「あぁ゛!? ……いやなんだこれ」

「熊の毛三本セットです」

「本当になに?」


 ライナが思い出したのは、魔女の三姉妹からの奇妙な贈り物だった。

 最初に熊の魔女がくれた『熊の毛3本セット』の唐突さにびっくりして忘れかけていたが、実を言えば、思い返すとライナの荷物の底には他にも『毛のセット』が入れられていた。


 鯨の魔女からは、三本の熊の毛。

 鷲の魔女からは、三枚の鷲の羽。

 

 そうして、鯨の魔女からは――――。


『そうだわ。ライナ、貴方に贈り物を』


 そう言って鯨の魔女は、“とびきりの呪文”の他に、ライナに鯨の三枚の鱗をくれた。


 一体何に使えばいいのかわからず、親愛の証ならばぬいぐるみの材料にでもするべきなのだろうかと考えていたほかは、記憶の片隅に追いやられていたそれら。

 ほんとうに単なる親愛の証だったらどうしようと思わないでもなかったが、ライナはひとまず疑問を置いておいて、まず熊の毛三本セットを取り出した。


「こんなんでどうしろと――ッ!?」


 大慌ての三番目の兄が怒声に近い悲鳴を上げかけたときだった。

 ついといった様子で熊の毛三本セットを受け取ってしまった三番目の兄の手のなかで、熊の毛同士が擦れ合った。


 ――――グアアアアアアアアアッッ!


「……はっ!?」


 三番目の兄と同じくらい、ライナもびっくりした。

 ついでに、ライナの鳥もびっくりして飛び上がっていた。


 突然なにもなかったところから、目も疑うような大きさの熊が現れた。

 そうして、現れてすぐに牝牛に突進していき、ズドーンッと派手な音を立てて牝牛を横倒しにしたのだった。


「……」

「……」


 ライナも三番目の兄も、つい黙りこんだ。

 ふたりとも、なんと言えばいいのかわからなかったのだ。

 しかし、次の光景には流石にそんな戸惑いを忘れて口を開いてしまった。


「三番目の兄様」

「……鴨、か?」


 熊に倒された牝牛のおなか。

 そこがぐんぐんと膨らんだかと思うと、中から何羽もの鴨があらわれた。

 目の前の光景を呑気に目を丸くして見学していられたのはそこまでだった。


 ―――グエグエピューピュー!


 転がり落ちるように出てきた鴨は、立ち上がるやいなやすぐさま飛び立って、羽根を広げるとこちらへ向かってきたのだ!

 熊は牝牛を倒すのと同時に、まるで最初からいなかったかのように立ち消えている。


 自分よりも何倍も大きな鴨の群れに、まっさきにピギャーッ!?と奇声を上げたのはライナの鳥だった。

 ライナはとっさに、荷物の中から三枚の鷹の羽を取り出す。

 すると、掴んだ指の間で、鷹の羽がみるみるうちに膨らんで、三羽の鷹に変わった!


 鷹は、飛び出した鴨と真っ向からぶつかった。

 たくさんの羽根が飛び散って、宙に舞い踊る。

 上等な羽毛布団を破いてぶちまけたように、あるいは悪戯な天使が降臨したように、たくさんの羽根が舞い上がっていた。


 羽根がすべて地に落ちたあと。

 消えていった鴨から落ちた何かが、ボチャンッと近くにあった沼に落ちた。


「……三番目の兄様」

「ああもういうな。またなんかくるぞ」


 鴨が体の中から落としたのは、金の卵だった。きらきらと輝く軌跡を残して、ボチャンッと土気色をした沼の中に消える。

 ライナは三番目の兄と同じく、もうここまでくると次に何かがくることを察して、あらかじめ三枚の鯨の鱗を取り出してスタンバイしていた。


「……」

「……」

「……」

「……」


 ……。

 …………。


「いやなにもねぇのかよッ!」

「とりあえず、この三枚の鱗も擦ってみます」


 金の卵が落ちた沼には、不気味なほどの沈黙につつまれている。

 ボコボコと水面が波打つようなこともなく、シーンといった様子だ。

 期待していたわけではないが予想を裏切られて肩透かしだったのか、理不尽に怒っている三番目の兄の横で、ライナは三枚の鯨の鱗を他と同じように擦ってみた。

 途端、沼がひっくり返った。


「ウワッッ」


 俊敏な動作でライナを抱えた三番目の兄が後ろに飛んだので、沼の水を頭からかぶることは間一髪で免れた。

 沼を見ると、悠々と揺れる優雅な尻尾が、水面から一瞬覗いた。


「……あっ、金の卵」


 鯨の姿が完全に沼の中に消えたあと。

 静かになった沼のふちに、光り輝く金の卵が残されていた。


「……ライナ、迂闊に近づくんじゃ」

「あっ」


 金の卵にそろりと手を伸ばしたライナを、三番目の兄が眉を顰めて離そうとする。

 だが、その必要はなかった。

 突然ぴき、ぴきっ、と金の卵に罅が入ったかと思うと、それは瞬く間に全体に広がっていく。

 そうして、固唾をのんで見守るふたり(と、一羽)の前で、金の卵は割れた。


 息を呑む。

 中から出てきたのは、生き物ではなかった。


 砕けた金の卵の殻の真ん中に、一本の鍵が落ちていた。


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