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賢きライナと黒き食卓の王子  作者: ウユウ
黒き食卓の王子
16/21

黒き食卓の王子3



「オレもいく」


 三番目の兄は断固として譲らなかった。


「子どもがいるって話を聞いて納得したッ! 兄貴達がなんでついてこないで、おまえ一人で行かせたのかと思ってたけど、子どもがいるなら離れられない……確かにな。けど、オレには子どもはいない! 断じてなッ!」


 ライナは、鯨の魔女があれこれとくれる荷物を詰めているところだった。

 その場に戻ってきた三番目の兄を、ライナと鯨の魔女は手を止めて見つめた。


 鯨の魔女いわく、最後の『王子』の眠る古城までは、数日程度かかるという。


 とうとつな三番目の兄の言葉に、特に動揺もなく鯨の魔女が尋ねる。


「なぜ貴方は怒っているのかしら」

「怒ってねえ! けどコイツだって子どもだろうがよ! 鳥一匹と放り出すなんて普通しないだろ」

「だから貴方が同行すると」

「そうだ!」


 ライナは、自分が別に旅の道中ずっと鳥とだけいっしょだったわけではなく、大人の男性――クロダイもいたことを言おうか考えた。言ったら言ったでなんとなくまた別に怒り出す気もする。

 けれど、ライナが口を開くよりも、鯨の魔女があっさりと頷くほうが早かったので、結局そのことを告げることはなくなった。


「それなら仕方ないわね。いってらっしゃいな」

「えっ」

「当然だ」


 なにが当然なのかはわからないが、ともかくも三番目の兄はそのように頷いた。

 そして、突然のことに目を丸くしているライナのほうをじろりと見た。


「……なんだ、その目。言っとくが、オレは妹の面倒くらいみれる」


 ライナの戸惑いは別に兄としての素質を問うていたものではなかったのだが、かといってその戸惑いを表す言葉も思いつかず、ライナは黙る。

 つぶらな瞳で自分を見つめ返してくるライナに、三番目の兄は大きくため息をついた。


「……いいか、ライナ」


 名前を呼ばれて、ライナは瞳を瞬く。

 三番目の兄は、大人が子どもに教え諭すような真面目くさった口調とは違う、ぶっきらぼうな感じで言った。


「おまえは賢い」


 突然何を言うのだろうかと、ライナはまた黙って瞳を瞬く。

 ライナの反応を気に留めず、不愛想なしかめ面のまま続ける。


「だから、怒らない。理不尽にもはなから諦めて、黙って受け入れる。子どものおまえが大人に逆らっても、どうにもならないって理解してるから。……おまえがそう育った要因はオレ達にもあるんだろう。だけど、だからこそ言っておく。そういうおまえの賢さは、いつだっておまえを幸せにするわけじゃない。その賢明さは、ときには悲しいことなんだって。おまえみたいな、小さな子どもにとっては特に」


 突然のたくさんの言葉に、ライナは瞬きを止めた。

 時が止まったかのような心地で、ライナを睨むように強く見つめる三番目の兄を見る。


「怒りがない人間なんていねぇ。けど、実際に怒ってみせることができる人間は、怒っても自分に害が及ばないことがわかってるから怒れるんだ。自分にとって怖い相手や、危険な奴相手に、考えなしに怒ることができる奴はそういない。だから、何も考えずに相手に怒れるなら、それは信頼の裏返しなんだよ。こいつはやり返してこない、自分を嫌いにならない、あるいは嫌いになられても別にどうでもいい、っていう」

「……」

「子どもが親にワガママ言ったり癇癪起こしたりできるのも、信頼があるからだ。そうしても捨てられない、構ってもらえる、っていうな」

「……」

「……だから、母上にも父上にも甘えられなかったおまえは、怒れないんだ」


 そうなのかもしれない、とライナは思った。

 考えても仕方がないから、今までライナは考えなかった。

 現実の息苦しさに胸も口も塞がれた時は、ただ黙って、絵本を開いた。

 自分ではない誰かのいる、空想の世界を現実の代わりに、他人事として見つめた。


「けどな!」


 俯きかけたライナの耳に、三番目の兄の張り上げられた声が届いた。


「口うるさい母上もなんの役にも立たん父上も、今ここにはいない!」


 見ると、三番目の兄は堂々と顔を顰めて仁王立ちをしていた。

 ライナは、また、ぱちぱちと瞳を瞬かせる。

 それは、たしかに。


「よって、今ここにいない奴らの言いつけを聞くことはない! おまえは呪いを解こうとしなくたっていいし、帰らずとも、このままここでも兄貴達のところでも好きなところにいくらでもいればいい。兄貴達だってそう言う。おまえが言い返すことができない相手の言うことを、全部聞く必ようはないんだ」

「……でも」


 でも、とライナは口ごもってまたくり返した。


「お母様もお父……お母様は、わたしのためを思って……」


 お父様も、とライナは言いかけたが、お父様についてはまったくなにもわからないことを冷静な頭の片隅が思い出したので、結果、父王の存在は途中で消された。

 三番目の兄もそれには触れず、何事もなかったかのようにきっぱりと言った。


「『おまえのため』を理由にあーだこーだ言ってくる奴は、大体『てめぇのため』と混ざってんだよ」

「……」

「……大体は言い過ぎかも。たまに、というか、まれに、というか……」

「誰かの顔色を窺う貴方が見れるなんて、最近は物珍しいものばかりで退屈しませんね」

「おまえは見てんじゃねぇよ。見世物じゃねぇんだぞ!」

「まあ怖い」


 ライナは三番目の兄の話を頭のなかでまとめようとしたが、それは形にしようとすると泥粘土のように柔らかく、掴もうとするとぐにゃりと歪んでしまいそうだった。そうしてなんとなく、ライナはそれを適当に知っている形にしたくはなくて、いったん泥粘土のまま脇に置いたのである。


 鯨の魔女が、ライナの肩に暖かいふわふわとしたケープを羽織らせた。


「ライナ。これまでの旅路を乗り越えてきた貴方には、この先の道もそう心配するようなこともないでしょう。気をつけることがあるとすれば、王子の眠っている城に辿り着いた後でしょうか」

「お城には、なにか気をつけなくてはならないことがあるのですか?」

「いいえ。資格ある者を城は拒まない。門も扉もおのずと開くでしょう。けれど、あの城に眠るのは魔女に呪われた王子。魔女の呪いが王子の命に茨の棘のように絡みつき、やがて長い年月の果てに、魔女の呪いと魂だけの王子の境目は混じり合った。それは私も同じこと」


 資格?とライナは首をかしげかけたが、その後に続いた言葉の意味もよくわからない。


「つまり、『ついで』で呪われた私でさえ数百年の間にそれっぽい魔女のまじないが使えるようになったのだから、兄もそうでないとは限らないということです。あの方は昔から苛立つほどほわわんとしているのにやらせれば大抵のことはできましたし」

「……でも、眠っている王子様には魂がないんじゃ」


 魂がない空の器の体が、ひとりでに魔女の力を使うことがあるのだろうか。

 首をかしげっぱなしのまま固定されてきたライナに、鯨の魔女が微笑む。


「そうですね。でも、逆に言えば、魂があれば別の話になります」

「……魂が近くにあるのですか?」

「ええ。小動物のようにまとわりついておりますよ」

「?」


 それまで静かだった小鳥が、急にぴーちくぱーちくと鳴き始める。

 ぺちぺちと頬に羽をぶつけられてくすぐったい。


「ところでこの鳥、なに?」

「森で出会ってそれからついてきたりこなかったりする鳥です」

「ほーん」

「鳥に興味が? まあ貴方も湖の外の生き物を見る機会は少ないですものね。気になるならお借りして調べてみてみたらいかが?」

「たしかに」


 ピギーっ、ぴぎっぴぎーっ!!

 流れ作業のように手を出されて三番目の兄に鳥を渡す。

 慌てたような焦ったような鳥の鳴き声を背景に、鯨の魔女がこちらを振り返って言った。


「そうだわ。ライナ、貴方に贈り物を」

「贈り物?」


 鯨の魔女は、うっそりとする笑みを浮かべた。


「ええ。ひとつ、とびきりの強い呪文をお教えいたします」


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