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賢きライナと黒き食卓の王子  作者: ウユウ
黒き食卓の王子
14/21

黒き食卓の王子



 あるところに、うつくしい王子がいました。


 三人の妹たちと揃って花のように愛でられて育った王子は、本人もまた花を愛す心を持ち、花を愛でるように周囲の人々にも優しかったので、周囲にはいつも、娘たちが花の周りを飛び交う蝶々のようにおりました。


 王子の容姿端麗さは、周辺の国々でも大層評判で、なかには遠い国から王子を一目見ようと訪れる者もあるほどでした。

 王子の三人いる妹姫たちもまた、愛でられ育ったお姫様でしたが、王子にいたっては『あの国といえば』とそれほどまでに知られていたのです。


 そのようにして国の至宝として愛されていた王子でしたが、王子の二十一の誕生日に、ある魔女が国にやってきました。


 王子はその日、誕生日に家族に渡す花を摘みに、草原へと出ていました。

 魔女は偶然通りがかった場所で、見目麗しい王子を見つけておどろき、慌てました。

 魔女は強い力をもった魔女として生まれたため、いつも恐れられ、誰かに優しくされたことがありませんでした。

 王子のような年若く美しい男と話したこともなく、しかし、いつもならばあっという間に背を向けて逃げるところを、はじめて見る王子の美にとらわれて動くこともできませんでした。


 そんな魔女の心など露知らない王子は、突然あらわれた魔女に、にこやかに話しかけました。


『こんにちは、可愛らしいお嬢さん。今日はボクの誕生日で、人々に感謝の意をこめて花を配っているのです。よければ貴方も、この花を受け取ってはくださいませんか?』


 そう言って、優雅に摘んだばかりの花を差し出しました。


 生来、女性から可愛がられて育ってきた王子にとっては、女性に優しくするのはなにも特別なことではありませんでした。

 しかしそれは、魔女にとっては違いました。

 人から、それも王子のような男性から優しくされたのは、生まれてはじめてのことだったのです。


 呪われた存在として、醜いものとして扱われてきた魔女は、瞬く間に王子に恋に落ちました。

 魔女は王子に夢中になり、はじめての恋情に身も狂わんばかりに恋焦がれました。


 けれど、魔女にとっても、そして国のどの娘達にとっても残酷なことに、王子は『恋知らぬ王子』でした。


 生まれながらにして誰からも――もっと言うと、特に女性達から――愛されてきた王子は、与えられる愛情に等しく応えました。

 王子は生来穏やかな気質でしたが、特に自分に優しい女性達には、甘く、優しく、優柔不断で、誰かを特別に扱うことはありませんでした。

 おまけに、何もかもを与えられて生きてきたため、愛と恋の違いも知りませんでした。


 けれども、王子が知らない恋を魔女は知ってしまいました。

 恋の炎は王子を見つめる魔女のなかであっというまに業火のような激しさを増しました。


 いつしかその炎は、王子に想いを寄せる娘達だけでなく、王子と話す者、王子に触れる者、王子の目に映る者、そのすべてを燃やしかねないほど燃え盛るようになりました。


 それだけでなく、王子の気を引きたい一心で、魔女はとうとう国を揺るがすような騒動をいくつも引き起こしました。


『嗚呼、アタシは恋を知ってしまった。恋とは狂うものなのよ。いつか王となるオマエのために、敵国を呪い、滅ぼした。オマエがその口で褒めた娘達の髪や目や声を奪って、オマエの好みのアタシになった。アタシほどオマエに尽くす者はいない。アタシほどオマエを愛する者はいない! それなのに、嗚呼、どうして……』


 見過ごすことができないほどとなった魔女の行いに、王子は心を痛め、魔女のもとへ向かいました。

 愛しい王子がとうとう自分のもとへ、と魔女は歓喜しましたが、王子は魔女に対して、他の娘達へのものとまったく変わらない紳士的な態度で、あまつさえ『ボクがキミに悪いことをしたのなら謝るよ。だから、他の誰かを傷つけないでほしい』と真摯に願いました。


 それが魔女の逆鱗に触れたことを、恋知らぬ王子は知る由もありませんでした。

 これが王子が犯した、たった一つの罪であったことさえも。


『なんて残酷な男! 恋知らぬオマエは、アタシのこの想いさえ知らぬという! それなら最後に、せめてオマエを呪って死のう。愛しく憎い、恋知らぬ王子よ。オマエのその美しい人の身体はこれから永久に眠りにつく。死んではいないが、生きてもいない魂の抜け殻となる。呪いを解くには、『まだ誰も愛したことのない娘』にオマエ自身が恋に落ちて、そうして木端微塵にフラれることだ! それまでは何百年かかろうとオマエの魂だけが永久にこの世をさ迷い続ける!』


 そうして怒り狂った魔女は、ついでに王子の三人の妹達にも呪いをかけて、引き換えに灰となって消え去りました。

 王子と王女達を失った王国がどうなったのかは最早誰も知りません。


 今はもう本にも載っていない、古い国のお話です。



 話が終わると、仏頂面の三番目の兄が尋ねた。


「それがおまえと、おまえの姉妹の過去だって?」


 呪いは王子――王女達の兄である王子にかけられたものであって、王女達はそのおまけ。


 そういうことかよと答え合わせを投げかけられて「ええそうよ」と実に優雅にカップを傾けながら鯨の魔女が言う。


「じゃあなにか? おまえらがかけられた魔女の呪いってのは、実際には王子の呪いってことだったのかよ」

「恐らく。なので、兄様の呪いが解ければ、おのずと私達の呪いも解けるでしょう」


 熊の魔女、鷲の魔女、鯨の魔女。

 三姉妹はそれぞれが獣に転じる呪いをかけられた。

 彼女達には一番上に兄がいて、魔女の想いに応えなかったために永久の眠りにつかされた。


 もしかして、とライナは思い出す。


「こちらへお邪魔する前に、追いかけてきた影が呼んでいた『オデロ』さんが、その王子様ですか?」


 ライナが尋ねると、なぜか手の中の鳥がもぞもぞと居心地悪そうに身じろぎをした。

 ライナは息苦しいのかと思い、手を放してやった。

 しかし鳥は飛び立つことなく、相変わらずライナの手の上でじっとしている。


「ええ。長兄の名前です。もう随分と長く聞いていませんでしたが」


 肯定した鯨の魔女は「ご覧いただいたように」と続ける。


「魔女の執着は残滓になっても尚しつこく残っています。数百年以上効果を持続し続けている呪いです。私達も半ば解呪は忘れ……諦めかけてこの姿での生にも馴染みつつありましたが、しかし、ここに至って可能性が生まれたならば解呪できるに越したことはありません」

「ふーん。で、おまえは解呪したいのか?」


 三番目の兄の質問に、ライナは意外さを覚えた。

 特別な興味も期待もなさそうな口振りからは、三番目の兄がここでの生活にたいした不満を持っていないことがわかる。

 三番目の兄は、一応自分の妻であるところの鯨の魔女の姿にも問題を感じてはいないのだろう。


「……三番目の兄様、御子はいらっしゃいますか?」

「あ? ……いらねえよ」


 ふと思いついたライナが尋ねると、怪訝そうに三番目の兄が応える。


「ライナが尋ねているのは、貴方と私との間に子がいるか、ということだと思いますよ」


 ライナの意図を読み取って、鯨の魔女が付け足してくれた。

 それを聞いた三番目の兄は、一瞬ぽかんとした後、椅子を蹴倒して立ち上がった。


「ばっ……! いねえよ! そもそもどーやって人間と鯨で子どもができんだよ!?」


 真っ赤な顔の三番目の兄に、一番目の兄と二番目の兄の話をしようかちょっと迷ったが、ライナは結局そっと口をつぐむことを選んだ。

 “良い子”は察しも良くないといけない。

 答えの代わりにストローを口にふくんだライナから引き継ぐように、わかっているのかいないのか、鯨の魔女がさらりと言う。


「まあ、そういったお話も、呪いが解けたらゆっくりできますものね」

「はあっ!? したことねえぞンな話!」

「なんにせよ、呪いは解けるなら解けるにこしたことはありません。呪いが解けない限り、眠ったままの兄はともかく、私達は時間の経ち方も違いますから」

「おい聞けよ……時間の経ち方?」


 三番目の兄がズバズバと相槌を打ってくれるおかげで、ライナは引き続きジュースを飲んでいられた。

 最初はちょっと乱暴な態度に意表をつかれたが、子どもはまだいなくても、三番目の兄と鯨の魔女の仲は良さそうだった。

 どちらもお互いに遠慮のない様子が、つい先ほど出会ったばかりの血のつながったライナよりも家族のように見えた。


 ちくん。


「?」


 ふいに間違って針に触ってしまったような感じがした。

 手のひらを見下ろしてみたが、そのちいさな痛みはどちらかといえば体の内部からした。

 ひょっとしてなにか鋭いものでも呑み込んでしまったのだろうか。


 じっと手のひらを見つめたままのライナを、鳥が嘴で優しく突いた。

 そちらに視線を向けると、つぶらな瞳がきゅるんと見つめ返してきた。


「そもそも、貴方、数年といえど私の姿がほとんど変わらないことに何の疑問も持たなかったのですか? ちなみに先んじて言っておくと、私の姿は数百年前、呪いをかけられた時からほとんど変わっていません」

「…………魔女ってのはそういうもんじゃなかったのかよ」

「だから、通り名としていつからかそう呼ばれるようになっただけで、私達は本当の魔女ではありませんし」


 実に明白な鯨の魔女の答えに、三番目の兄が「つまり」と苦々しく引き継いだ。


「おまえはかけられた呪いのせいで、時が止まってるって?」

「正確には、獣に変じている間は本来の体の時間も止まるようです。人としての意識もその間はあってないようなものですし。他の二人も同様でしょう」


 七日の後に一日。

 七週の後に一周。

 七月の後に一月。


 獣の変身が解けた時間分、それしか時は流れない。

 そうやって、数百年の多くの時間を獣の姿で孤独に過ごしてきたのだという。


「ここはもともとあまり人の寄りつかない森ですから。人と関わるようになったのも、ここ最近のことですし」


 その『ここ最近』がライナの兄達の婿取りなのだろう。

 ライナは黙って耳を傾けながら、だんだんとわかってきた。

 そうして納得するのと同時に、先ほど聞いたおとぎ話を振り返って、「あれ?」と首をかしげる。


「それじゃあ、呪いは、『王子様』を見つけないと解けないのですか?」


 ここまで聞いてきてわかったのは、そもそも呪いの元凶となった存在が別にいた、ということだった。

 ここにきて新たに登場した『王子様』を探して、その呪いを解く。

 しかもその呪いは『まだ誰も愛したことのない娘に王子が恋に落ちて、木端微塵にフラれること』だというではないか。


「どーしようもねーじゃねーか」


 ライナの思ったことは、またもや三番目の兄が代弁してくれた。

 三番目の兄は、呆れたようにも怒っているようにも見える不機嫌そうな様子で、椅子に深くもたれかかる。


「コッチの行動次第で解呪できるようなもんじゃねーだろ、それは」


 三番目の兄の言う通りだと思ったから、ライナもうんうんと横で頷いてみせた。

 魂だけさ迷っているという、眠っている王子がどうやって恋に落ちるというのだろう?

 それも、『まだ誰も愛したことのない娘』に『王子が恋に落ちて』挙句『木端微塵にフラれ』なくてはならないのだ。


 その魔女は、失恋の傷がよっぽど深かったのだろう。

 いわゆる、愛しさ余って憎さ百倍というやつ。

 たぶん、王子を目覚めさせるつもりなどはなからなかったのではないだろうか。


 恋って怖い、とライナは思った。


「そもそも、その『王子』の居場所だってわからないんだろ?」

「居場所はわかっています。昔、国があった場所にある古城です」

「わかるのかよ」

「一応城には守りのまじないがかけられているはずですが、数百年も前のものですから。その後、時代と共に国もなくなりましたし。その間に迷い込んだ誰かに遺体、おっと、体を盗まれていなければまだそこに安置されているでしょう」

「今遺体って言ったか?」


 引いている三番目の兄を無視して、鯨の魔女はたおやかに手を上げた。


「呪いを解く方法について、私にひとつ案がございます」


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