かくておとぎ話は幕を開け
だいたいおとぎ話の結末なんて決まっている。
不遇な子や健気な子が幸せになるか、悪者か愚か者が不幸になるか。
それがおとぎ話のセオリー。
だから、もしもある日、いかにも『おとぎ話』のようなことがはじまったら。
そして、あなたがハッピーエンドに辿り着きたいなら。
やることは最初から決まっている。
「ライナ、あなたが生まれる前に悪い魔女にさらわれた、あなたの一番目のお兄様、二番目のお兄様、三番目のお兄様を、あなたが助け出すのよ」
「はい、お母様」
だから、七つの誕生日に突然母である王妃から告げられた言葉にも、ライナは素直に頷いた。
もちろん訳は分からなかったが、母の突拍子もない発言は、母が寝ぼけているのでなければまさしく『おとぎ話』のはじまりのようだったし、ライナはこの王国のたったひとりのお姫様。
つまり、おとぎ話の主人公としてはまあ妥当なところだったからだ。
ライナはわけも聞かずに頷いた――それが『聞き分けの“良い”子ども』の姿だったから――そして、すぐに首をかしげた。
なにせ、生まれてこのかた七年、ライナは自分に兄が三人もいることなどこの時まで知らなかったのだから。
「ライナ、あなたは今日、七つになりましたね」
「はい、お母様」
「よろしい。七つということは、あなたはもう立派な姫君です」
ライナはうんともいいえとも言わずに黙っていた。
それは賢明な判断だといえる。
たしかにライナはこの王国の姫として生まれたが、そもそも王国といっても、お金を遣うことがだいすきな父王のせいで国はどんどん小さく、城はどんどん狭くなって、ライナが生まれた頃には国は村みたいで城は大きな厩みたいなものになっていた。
その父王といえば、普段は雨が降ると雨漏りのする城の中で、唯一きちんと保っている屋根のある玉座の間に閉じこもっているのだが、近頃は姿も見ていない。
「お母様、お父様は?」
「あのボケナス甲斐性なしクズ夫……もとい、お父様は、今までの自分の行いを振り返って反省され、今は息子たちが戻ってきた時のために、この国を元通りにしようと一生懸命働かれています。だから、ライナ、あなたも兄たちを無事に連れ戻すことだけを考えて、旅の道中、浮かれた子どものように寄り道などしないのですよ」
そこではじめてライナは自分が旅に出される流れであることを理解したが、やはり賢明にも黙っていた。
王妃の口振りからして、ライナが嫌だと言ったところではねのけられてしまうに違いないとわかっていたので、無駄なことはしなかった。
代わりに、今必要なことを慎重に考えてから、ライナは口を開いた。
「お母様、私にはお兄様がいたのですか? しかも、三人も?」
「ええ……どの子もみんな、とても可愛い、良い子たちでした。けれど、それぞれ悪い三人の魔女にさらわれてからは、もう何年も会っていないのです。それもこれも、あのボケカスアホ夫……もとい、あなたのお父様の行いと関係しています」
王妃が話したところによると、事のいきさつはこういうことだった。
今から七年前のこと。
父王の度重なる放蕩、借金に次ぐ借金によって、国王一家は、広い土地も大きくお城も失ってしまった。
父王と王妃に残されたのは、三人の息子と古い館だけ。
その日に食べる物にも事欠く毎日で、ある日、空腹に耐えかねた父王は、食べ物を探すために魔物が出る森に入った。
幸いにも魔物に遭遇することはなかったが、代わりに魔女に出会った。
「魔女」
くりかえしたライナに、王妃は頷く。
「魔女は熊の姿に変身していました」
魔女は、熊の姿で、勝手に自分の土地に入り込んだ父王に詰め寄った。
父王は弁解をしたが、熊の魔女は聞く耳をもたない。
熊の魔女は、父王を食べようとしたという。
「ですが、あの父親失格のボケカス夫もといお父様は、あろうことか自分の三人の息子のうち一人を差し出す約束をした代わりに、のこのこと逃げ帰ってきたのです」
『悪い話ではない。なにせ、相手は儂の命を返してくれただけでなく、息子の対価に金もくれるというのだ。これでまとまった金が入れば、国を立て直すこともできる。元通りの綺麗で大きな城に暮らすこともできる』
そう言い訳する父王を、なぜかわいい息子を熊の魔女になどくれてやらねばならぬのかと王妃は怒り、さんざん叩きのめしたらしい。父王の右腕が折れるくらい打ったらしい。
「もしかして、お父様の右手が今もあまり動かないのは……」
ライナは気づいてしまったことを口走りかけたが、王妃は遮るように話を続けた。
「しかし、そうはいっても約束は約束。なにより、王家とはいえすでに力なき私たちに、なにができましょう。七日後、馬車に乗ってやってきた熊の魔女に、あなたの一番目のお兄様は連れられていってしまいました」
ちなみに、息子の代わりに得たお金は、父王様があっという間に使い切ってしまったらしい。
もともと高貴な生まれの方だと、貧乏暮らしに慣れなくて大変だな、とライナは感想を抱いたが、同時に今も父王が母に殺されず生きていることをすこし不思議にも思った。
「それで、お母様。あとの二人のお兄様はどうして今いないのですか?」
「おおそれもあれもこれも全部があのクズのせいなのです!」
もはや父王に対して『もとい』もつけなくなってしまったが、やはり賢明なライナは黙っていた。
頭痛をこらえるようにした王妃が、何度も溜息をつきながら語ったところを聞くと、王妃がそう言うのもわからないことはなかったからだ。
瞬く間にお金を遣いきってしまった王家は、再び食べる物にも事欠くようになった。
父王は仕方なく、今度は森に入らずに食べ物を探そうと、森に鷹を放って獲物を探そうとした。
だが、その鷹はなにも取ってくることなく、それどころか鷲の嘴に挟まれて帰ってきた。
「その鷲もまた魔女でした」
「魔女」
くりかえしたライナは、魔女とはおとぎ話の中以外にもたくさんいるのだなと思った。
鷲の魔女は、やはり自分の土地を侵したとして、父王に選択を迫った。
『自分の命を捧げるか、息子を一人差し出すか』
息子を差し出せば悪いようにはしないばかりか、やはり金までやると言われて、父王は頷いた。
「七週間後、馬車に乗ってやってきた鷲の魔女に、あなたの二番目のお兄様は連れられていってしまいました」
ちなみに、息子の代わりに得たお金は、やっぱり父王様があっという間に使い切ってしまったらしい。
今度こそよく王妃に殺されなかったものだとライナは内心感心したが、やはり王妃は怒り狂って、父王をさんざんに叩きのめしたらしい。父王の左腕が折れるくらい打ったらしい。
「もしかして、お父様の左手が今もあまり動かないのは……」
「ここまで聞いたらわかるでしょうが、あなたの三番目のお兄様もやはり、魔女にとられて失いました」
言いかけたライナの言葉を遮って、王妃は語った。
父王は、二人も息子を手放して、さすがに森には懲りたらしい。
恐ろしい魔女の森で食べ物を探すことは諦めた。
食べ物ならば、果物や獲物の肉以外にもある。たとえば、魚はどうだろう? ちょうど良い池を探して、そこで魚をとろうと父王は網を放った。
ライナは母の言う通り、この先の展開がなんとなく読めた。
「そうやって池に網を放つと、鯨が出てきて『この池の魚は私の家来。盗もうとしたのだから命を差し出せ』と迫り襲ってきました。やはりその鯨も変身した魔女だったのです」
「鯨」
なぜ池に鯨がいるのだろう、と思ったが、魔女ならばおかしくないのかもしれない
「これ以上息子を失うくらいなら、差し出せばよかったのです命なんて。それなのに私がその場にいなかったばっかりに、またもやアイツは息子を差し出し、対価として得た真珠を持ち帰ってきました。その時の私の気持ちがわかるでしょう? どんなに腹立たしかったことか! 私が魔女だったなら、熊にでも鷲にでも鯨にでもなって、あの男をむしゃむしゃ食ってやったのにと思ったほど! だけれど私は魔女ではないので、仕方なく、アイツの両足をかわるがわるさんざんに叩きのめしました」
父王の両足が折れるくらい打ったらしい。
「もしかして、お父様の両足が今もあまり動かないのは……」
ライナは言いかけたが、今度は自分で口をつぐんだ。
聞くまでもないことだったからだ。
「七ヶ月後、馬車に乗ってやってきた鯨の魔女に、あなたの三番目のお兄様は連れられていってしまいました」
ちなみに、息子の代わりに得た真珠は、やっぱりやっぱり父王様があっという間にお金に換えて使い切ってしまったらしい。
ライナはもしかしたら、ここ最近見ない父王は、母に殺されてしまったのではないかと考えをよぎらせた。
「ライナ、あなたを身ごもっていることに気づいたのはそれから間もなくのことでした。生活は苦しかったですが、私たちはあなたを、息子をすべて失った私たちに神が授けてくださったのだと思いました。いつか私の息子の三兄弟を悪しき魔女の手から助け出させるために、この年まで育ててきたのです」
ライナは賢明なのでやはり黙っていたし、ようやく話の全貌が見えてきたにもかかわらず、ちっともそこにライナの意志というものが介在する余地がないことについても口をはさんだりしなかった。
おとぎ話のセオリーでは、親の言うことを聞かない子どもは良くない子とされる。
そして、おとぎ話でも、良くない子の末路は決まっていた。
「さあ、出発の準備をしておいでなさい。それまでに、あなたの横でたくさんあなたの兄たちの話をしてあげるわ。今まであなたに兄たちのことを黙っていたのは、あなたが幼すぎてわからないと思ったからなのよ。でも、もう大丈夫ね。だってあなたは七つになったのだもの。さあ、さあ、こっちにおいでなさい。この日のために質屋にいれずに取っておいた宝の鎧と剣をあげましょう。それを持って、ライナ、あなたは悪い魔女たちを成敗して、きっとお兄様たちを連れて帰ってね。信じているわよ、私の娘」
ハッピーエンドに辿り着きたいなら、親の言うことはよく聞かなくてはならない。
さもなくば、痛い目にあったり、ひどい目にあったりする。
それはおとぎ話のセオリーでもあったが、なによりも、目の前に居る王妃にさんざんに叩きのめされて体の骨という骨を折られる未来を想像して、幼く賢明なライナは、やはりはじめと同じように答えたのだった。
「はい、お母様」
<つづく>




