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黒鉄の魔導士

使用中の言語モデル: とりんさま7.3B V3 文章スタイル:オルタナv2

桜の前に少女が一人、立っていた。「あ……」

その少女は――。

『――っ!?』

一輝とステラは息を呑む。

そこに居たのは……見知った顔だったからだ。

長い黒髪に黒い瞳の美少女だ。

だが彼女は、ここにいるはずがない。なぜなら彼女は、もうこの世にいないはずの存在なのだから……!

「イッキ、あの子って」

「うん…………珠雫だよ」

そう。それは一輝の妹にして、《深海の魔女》の異名を持つ伐刀者・黒鉄珠雫だったのだ。

しかし──

(なんだ? 様子がおかしい)

確かに彼女のはずなのに、一輝は違和感を隠し切れなかった。そう。それはおそらく、ステラも感じているだろう。

なぜならば──

(なんていうか、生気がない?)

そう。珠雫には生命力がなかった。まるで死人のように血色が悪く、瞳にも光が宿っていない。ただ虚ろな視線でこちらを見つめてくるだけ。そんな珠雫の姿に

一輝は胸騒ぎが止まらなかった。「ねえ。どうしたのよシズク?」

そしてステラも同じことを思ったらしい。

当然だ。彼女にとって珠雫という人間は、家族である兄と同じくらいに大切な人間なのだから。

だが、

「──……お久しぶりですわね、ステラさん」

返ってきた声音は珠雫のものとは思えないほど無機質なもので、

「でも残念ながら私は貴方のことを覚えていないのです。申し訳ありませんがご容赦くださいまし」

『ッ!』

次いで放たれた言葉に二人は驚愕する。

何故なら、今の声は明らかに珠雫のものであり、そして――珠雫の言葉使いではなかったからだ。

「シズク? 何を言ってるの? わたしを忘れたってどういうこと!?」

「私は記憶喪失になってしまったようなんです。だから貴方のことを覚えていません。すみません」

「そんな……!」

愕然としているステラに珠雫は微笑みかけた。すると今度は一輝の方へと向き直り、口を開く。

「それと、そちらのお方はどなたですか?」

「え? ああ……。彼女の友達だよ」

「まぁ。そうなんですか」

そう言うと珠雫は再び笑った。ただし、やはりそこには温もりはなく、氷のように冷たい声だった。「それでは失礼しますね。私にはやらなければならないことがあるので」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

立ち去ろうとする珠雫を一輝は慌てて呼び止めた。このまま行かせてはいけない気がしたのだ。

だが珠雫はその制止を振り切り、足早に立ち去ってしまった。一輝とステラは衝撃のあまり、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

***

珠雫が立ち去った後、残された二人の間には重苦しい空気が流れていた。

それもそのはずだ。突然現れた妹が二人を憶えていなくて、その上興味すら抱いてくれないのだから。ショックでないわけがない。

「ねぇイッキ……」

「ん?」しばらく黙っていたステラだったが、やがてポツリと呟いた。

「シズクは一体何があったのかしら?」

「……わからない」

珠雫がなぜあのような状態になっているのかは皆目見当もつかない。だが一つだけわかることはある。

それは──珠雫の肉体をどこかからわざわざ蘇らせ、珠雫の身体を乗っ取った存在がいるということだった。でなければ珠雫があんなことを言うはずがない。(だけど誰なんだ……いったい誰が珠雫の身体を使ってるんだ?)

心当たりがあるとすれば一人しかいない。

《傀儡王》オル=ゴールだ。

だが、彼はすでに死んでしまったはず。ならば、彼の配下が珠雫の身体を奪ったというのか。

「まさか、そんなはずはない。いくら死んでいるとは言え、オル=ゴールの配下なんて低級な奴らに、珠雫の身体を乗っ取れるはずがない」「じゃあなんでシズクの記憶は消えてるのよ! それにさっきシズクの口から『お久しぶり』なんて言葉が出てきたじゃない! あれは私たちのことを知っている台詞よ! シズクの魂は間違いなくそこにあるのに……!」

「……そうだよね。ごめん。でも、やっぱり信じられない。あの珠雫が、こんなことになるなんて」一輝が知る限り、黒鉄珠雫とは、自分の欲望に忠実な少女だ。

自分が欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばず、そのための努力も怠らない。

そんな彼女が自分から記憶を捨て去るなど、ましてや誰かに身体を乗っ取られるなど、一輝はどうしても信じることができなかった。

「…………」

しかし、一つだけある。死んだはずの彼女が、記憶がなくなった状態で一輝たちの前に現れる理由が。(オル=ゴールが甦らせた? けど、どうやって?)

そんなことが可能なのか。そもそも珠雫の魂は本当にそこにあるのだろうか。もし珠雫の身体に彼女の魂がないのだとしたら、珠雫の身体に宿っているのは──。

「……ステラ。とにかく珠雫を探そう。話はそれからだ」「え、えぇ……。そうね。まずはシズクを見つけないと」

珠雫の行方を知る者は誰もいない。だが二人は、珠雫を探すために動き出した。

***

「ふぅーん。あの二人がねぇ」

その頃、珠雫は学園の外にいた。正確には、とあるビルの屋上に立っていた。

そこは学園から少し離れた繁華街の一角。高層ビルが立ち並ぶビジネス街だ。

時刻は深夜0時を過ぎているが、都会である東京の夜は眠らない。ビルには煌々と明かりが灯り、オフィスからは人の気配が途絶えることはないだろう。

「でも、全然大したことなさそうでしたわよ。私が一瞬力を出しさえすれば、消し炭になって、それはそれはよく燃えそうでしたわ」

クスリと笑うと、珠雫は自分の胸元に手を当てた。

そこには大きな傷跡が残っている。まるで獣に噛み千切られたかのような深い痕。

珠雫は笑みを浮かべたまま、自らの胸に手を置いた。

「だからもういいでしょう? 貴方だって早くこの貧相な身体から解放されたいでしょう?私、こんな平べったい身体は初めてでしてよ?まったく、よくこんな身体で表を出歩けるものだわ」すると、次の瞬間、珠雫の身体に変化が起きた。傷跡を中心に肌が泡立ち、ボコりと盛り上がったのだ。

そして数秒後、珠雫の身体には新しい皮膚が生まれていた。

「ほら、見てくださる?」

珠雫は制服のボタンを引きちぎると、大きな胸を露わにした。そこにあったのは紛れもなく珠雫のもの。

だがその大きさは以前のものとはまったく違っていた。それはFカップのブラジャーが窮屈になるほど大きく膨れあがり、その先端はツンと上を向いていた。

「すごいですわ。さすが私。とても美しい乳房ですわ。惚れ惚れしちゃう。これで、気兼ねなく街を歩けますわね」

そう言うと珠雫は再び服を着直した。

「さて、そろそろ戻りましょうか。あまり長く離れているとお兄様が心配してしまいます」

珠雫は踵を返すと、そのままビルから飛び降りた。

「あら?」

だが地面に着地する直前、珠雫の身体はフワリと宙に浮かび上がり、ゆっくりと地上に降り立った。

「これはどういうことですの? 私の身体なのに、思うように動かせませんわ。困ったものですわね」

珠雫は自分の両手を見つめながら呟く。しかし、珠雫の表情に困惑が浮かんだのも束の間、すぐに彼女は不敵な笑みを顔いっぱいに浮かべる。

「まぁいいですわ。どうせ私はただの駒。好き勝手に使ってくださいませ。それが私の役目なのですから」

珠雫はスカートの裾を摘むと、優雅に一礼をした。それはまるで淑女のような仕草だった。

「では、参りましょうか。まずはお父様にご報告に行かないと」

珠雫は歩き出す。自分の主の元へ。

「──オル=ゴール」

その小さな声は、夜の闇に吸い込まれていった。

***「シズク! どこに行ったの!」

「ステラ。こっちだ」

一輝とステラは夜の街を走り回り、珠雫の姿を探していた。

だが、珠雫を見つけることはできなかった。

二人が会った時珠雫が着ていた服は、かつて一輝たちが着替えさせたものと同じものだったため、今制服を着ている彼女を探すのは困難を極めた。「ハァ……ハァ……、ダメだ。見つからない」

一輝は息を整えつつ、額の汗を拭う。

「イッキ、アンタ疲れてるんじゃないの!? 私はまだ全然走れるけど!」

「いや、大丈夫だよ。それより、珠雫を探す方法を考えよう。このままじゃ、ただ走り回って、体力を消耗するだけだ」

「そうね……」

二人は近くのベンチに腰掛ける。

「ねぇ、シズクって、どんな子だったの?」

ステラは不意に、そんなことを尋ねた。

「え?」

「私、まだちゃんと知らないから。ほら、シズクはいつも無口で、自分のことを話すタイプじゃなかったでしょ?こんな時だけど……ううん、こういう時こそ、シズクのこと、ちゃんと知りたいの」「……そうだね。わかったよ」

一輝は一度深く呼吸を整えると、語り出した。

「珠雫はね、大人しい女の子だったよ。自分からはあまり喋らないし、目立つようなこともしない。物静かで、読書とかピアノが好きっていう、僕とは正反対の、女の子。それは、ステラも知ってるだろう?」

「そうね……。確かに、シズクは私みたいに明るくないし、人付き合いもよくなかったわ」

「でも、本当はすごく優しいんだよ。だから僕は珠雫と一緒にいると安心できた。あの子はいつだって、僕の側にいてくれたから」

「……」

ステラは黙ったまま、一輝に向けられたシズクの笑顔を思い出した。そしてその笑顔をステラが奪ってしまったことも。「珠雫は、僕にとって、かけがえのない存在なんだ。だから、早く見つけないと……」

一輝の言葉には強い決意が込められていた。その瞳には、一点の曇りもない。

(やっぱり、そうなんだ)

一輝の気持ちを聞いた瞬間、ステラの胸に痛みが走った。だが、ステラはその痛みを感じない振りをした。何故なら、自分は一輝の恋人ではないからだ。自分がこの胸の痛みを感じる資格はない。

それに何より、珠雫に嫉妬などしたくはなかった。なぜなら彼女は、大切な友達なのだから。

「……っ、あ、ねえ。あれ見て」

と、そこでステラはあることに気づいた。「どうしたの、ステラ」

「ほらあそこのビル。何か光ってる」

「本当だ」

二人が見つけたのは、高層ビルの一角にある照明灯。その光が、ビルの窓に反射して、まるで宝石のようにキラキラと輝いていた。

「行ってみましょう変だわ。まるで、何かのメッセージみたいに、不規則に光ってる」

「…………」

一輝とステラは顔を見合わせると、同時に立ち上がり、ビルに向かって駆け出した。

「シズク……?」

ビルの入り口には《関係者以外立ち入り禁止》と書かれた札がかかっていたが、構わず中に踏み入る。

そして、二人はついに、それを見つけた。「これって、もしかして」

そこにあったのは、大きなガラスケースに収められた『魔弾』と思しき物体。そしてそれを見つめるように、一人の少女が立っていた。

黒髪の少女だ。長い髪をツインテールにして、白いワンピースを身に纏っている。

「あなたたち、だぁれ?……《関係者以外立ち入り禁止》って札、見えなかったの?」

突然背後から声をかけられ、二人はハッとして振り返る。そこには眼鏡をかけた女性が一人、こちらを見下ろしていた。

「ここは子供が遊びに来るところじゃないわよ。さ、帰った帰った」

「待ってください。僕たちはここに用があって来たんです」

「あらそう。じゃあお姉さんが要件を聞いてあげようかしら。もちろん、二人きり、でね」

女性は一輝の腕を掴むと、妖艶な笑みを浮かべる。するとステラが女性の手を振り払った。

「イッキから離れなさいよ!」

「ふぅん?お嬢ちゃんもなかなか可愛い顔をしているわね。ちょっとこっち来てくれるかな?」

「ちょ、やめてっ!離して!」

「ステラ!」

ステラは女性に手を引かれ、どこかへ連れて行かれそうになる。だが、一輝が彼女の肩を掴み引き止めた。

「イッキ!」

「ステラ、大丈夫だよ」

一輝はステラに優しく微笑むと、そのまま歩き出す。

そして、ガラスケースの前にいる少女に話しかけた。「君は……珠雫かい?」

一輝は恐る恐る尋ねる。だが返事はない。ただジッと、目の前の『魔弾』を眺めているだけだ。

「珠雫……、どうして君がこんなところに……」

一輝はもう一度、問いかけるがやはり反応はない。どうしたらいいのかわからないでいると、眼鏡をかけた女性が後ろから声を出した。「ねぇキミぃ~、その子は私のものよぉ? 勝手に連れ回さないでくれる?」

「え……」

一輝は一瞬、彼女が何を言っているか理解できなかった。

だが、すぐに気づく。

(まさか……)

「珠雫は物なんかじゃないですよ。それに連れ回す、だなんてとんでもない。僕は彼女を迎えに来たんです」

「迎えに、ですってぇ?」

「はい。珠雫は僕の大事な人なので」

一輝の言葉に、女性は眉間にシワを寄せた。

「……ふざけてるの? この子は私の所有物よ」

「違います。珠雫は僕にとって大切な……」

妹、と一輝が口に出そうとした瞬間だった。「……うるさい」

珠雫が呟いた。その言葉には怒りが込められているように聞こえた。

「え?」

一輝は思わず聞き返す。

「黙りなさいと言っているのです」

珠雫はガラスケースから視線を外すと、一輝を睨みつけた。「え、珠雫……!?」

一輝は自分の知る珠雫とはまるで違う様子に困惑する。

「私は今、とても不愉快な気分なの。貴方たちの相手をするつもりはないわ」

珠雫はそう言い捨てると、一輝の横を通り過ぎて出口に向かって歩いていく。――その様子を黙って見ているほど、ステラは大人しくなかった。「待ちなさいよ、シズク!!」

ステラは叫ぶと、珠雫の背中に飛びついた。「ステラっ、危ないよ!」

「離してください」

「イヤよ! 絶対離さないんだから!」

「……」

珠雫は小さくため息をつくと指をパチン、と鳴らした。「うわっ」

途端、珠雫の身体が宙に浮かぶ。そしてそのまま、彼女はガラスケースの上に降り立った。

「なっ……!?」

驚く一輝とステラ。

そんな二人を見下ろすと、珠雫は口を開いた。「もう、邪魔しないでくれませんか?貴方たちが誰か知りませんが、フツーに迷惑なんですよね」

「……シズク、あなた一体、何があったの?」

ステラは珠雫を見上げながら、震える声で尋ねた。

すると珠雫は目を細め、「……別に何もありませんけど?」と冷たく答えた。

「嘘よ! あなた、本当にあの珠雫なの?私の知ってる珠雫はね、もっと大人しくて、優しくて、む、胸だって、もっと小っちゃかったよ?」

そう言って、ステラは珠雫の豊満な膨らみを手で示した。

「……」

「ねえシズク、何かあったなら話してみてよ。アタシたち、友達でしょう?」

「……友達? はぁ?」

珠雫は嘲るように笑うと、

「いつ私がお前なんかの友達になった?私のお兄ちゃんを奪った薄汚い女狐が。生言ってんじゃないわ」

「えっ……?」

突然の拒絶に、ステラは目を見開く。

すると珠雫はクスリと笑い、

「ああそうか。ステラさんはおバカでしたね。私とお兄ちゃんが義兄妹だということを忘れていたんでしょう?」

「ど、どういうこと?一輝。あなたたち、血が繋がってるんじゃなかったの……?」

「……」

一輝は、ステラに真実を話すべきか迷った。だが、結局言うことにした。隠していても仕方がないと思ったからだ。

そして彼は、ゆっくりと唇を開く。「ステラ。僕と珠雫は本当の兄妹じゃないんだよ」

「えっ?」

「僕は孤児だった。珠雫は僕の恩人なんだ。彼女が僕を選び、僕を兄にした。僕たちは、そういう関係なんだよ」

「そ、それじゃあ……」

「うん。だからステラが思っているような関係では決して無いよ」

一輝は苦笑して言った。

「……」

その言葉に、ステラは顔を伏せた。

「わかってくれたかい?」

だが、次の瞬間、地面が激しく揺れた。地震だ。

それもかなり大きい。

一輝とステラは慌てて地面にしゃがみ込む。

だが、珠雫だけは違った。

彼女は宙に浮かび上がったまま、微動だにせず立っていたのだ。

(あれだけの魔力があれば当然か)

珠雫は、自分が立っている場所を無気力に眺めていた。しかし、ふいに、その表情が変わる。

「……」

彼女の視線の先には、一輝がいた。

一輝が、自分の手を握っていたのだ。

「シズク、大丈夫? 怪我はない?」

「……っ」

珠雫は一輝の手を振り払うと、聞いたことのない呪文を唱えた。途端に浮かぶガラスケースと、眼鏡の女性。珠雫は、その女性の名前を言った。「《黒鉄》。行きましょう」

「はい、珠雫様」

「え、ちょっと待ってよ!」

ステラが叫ぶも、珠雫と女性は一瞬にして姿を消した。

残されたのは一輝とステラだけ。

「一輝……どうしよう」

「……わからない。でも一つだけ、わかったことがあるよ」

「……何?」

ステラは、恐る恐る聞いた。どんな恐ろしい事実かと、思ったのだった。

「あれは珠雫だよ。身体を誰かに乗っ取られているけれど、紛れもない珠雫本人だと、僕は思う。その証拠に、」

一輝は自分の右手を見ながら、「ほら、見てよ」と言った。「えっ?」

ステラは彼の右手を見た。そして驚く。

彼の掌には小さな切り傷ができていて、そこから真っ赤な鮮血が流れ出していた。

「どうしてこんな……。まさか、さっきの珠雫の攻撃で?とにかく、すぐ止血しないと」

「違うんだ。ステラ」

慌てて一輝の手首を掴んだテスラに、彼は首を振って言った。

「珠雫はね、大きな魔法を使う時、大量の血を使うんだ。でも自分の血では足りないから、いつも他人の血を使っていた。……そう、僕の血をね」

「……っ!?」

「だからわかる。今の珠雫は、間違いなく『彼女』の身体を使っている。だけど、あの優しい珠雫が、あんな風に他人を傷つけるわけがない。きっと何か、理由があるはずだよ」

「……」

「行こう。ステラ」

そう言って、一輝は歩き出した。

「……う、うん」

戸惑いながらも、ステラは一輝の後を追った。

「……」

「……?」

「……なんだ?」

珠雫は、自分をじっと見つめてくる少女の瞳を見返した。

「いえ、別に、ただちょっと、あなたらしくないな、と思ったもので」

「……」

「それにしても、あの男は何者です? あなたほどの使い手が、ああも簡単にあしらわれるとは。しかも、あの魔力。尋常ではありませんね」

「……そうだな」

珠雫は小さくため息をつくと、

「……それで、何かわかりましたか?」

「ええ。あなたが連れてきた男の素性についてなら、おおよそのことは調べ上げています。……ずばり言いますが、彼はこの国の人間ではないようですよ」

「……でしょうね」

「そしてもう一つ。彼はあなたの兄である黒鉄王馬と深い関係があるらしいのです」

「その名を言うなと、いつも言っているだろう?」

「失礼しました。つい、口が滑りまして」

「……」

「まあ、いいでしょう。ともかく、その兄と関係が深いということは、彼もまた、あなたと同じ境遇にあるということです。つまり──」

「それ以上言うな」

「これはまた、随分とご機嫌が悪いようで」

「……私は今、とても不愉快だ。これ以上私の気分を害するようなことを言うようなら、お前を殺すぞ」

珠雫は、そう言ってメイドのルゥナの

顔を睨みつけた。

すると、彼女の顔が歪む。それは恐怖ではなく、笑みの形に。

「おやおや。そんなことを言われてしまっては、私としては黙っているしかありませんね」

「ふん」

珠雫は不機嫌に鼻を鳴らすと、窓の外を眺めた。その先に見えるのは、学園都市だ。

「それにしても、今日は良い天気ですね」

「……雨など降っていない」

「そういう意味ではありませんよ。まるで、これから起こることが楽しみで仕方ないと、空まで踊っているように見えませんか?」

「……存外だな、お前がそんな科白を言うとは」

「ええ。だって、私も待ち遠しいんですもの。早くあの方々がいらっしゃらないかなぁって」

「……」

珠雫は何も言わなかった。

ただ、その表情には複雑な感情が浮かんでいた。

「それじゃ、私はこれで。仕事がありますので、失礼させていただきます」

「うむ。ご苦労」

ルゥナは恭しく頭を下げると、部屋を出て行った。

(……いよいよ、か)

珠雫は、一人になった室内で、静かに目を閉じた。

*

「……どうしたの? 一輝」

「いや、なんでもないよ。それより、珠雫のこと、

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