3 ˇ うちの弟がこんな美人のお姉さんになるわけがない
「そんな……。あなたは似海だと?」
「そうだよ。私は似海、雪未お姉ちゃんの妹だよ」
突然現れた年上のお姉さんは、あたしの妹だと名乗っている。
「いや、いきなりそう言われてもね」
「あ、そうだよね。本来なら今2013年の時点で私が13歳だったよね。でも本当に私は似海だよ。妹だよ。もう21歳になったけど」
「……」
彼女はさっきからべらべら喋って勝手に話を進めているけど。
「えーと、あなたは本当に似海?」
「そうだよ」
「まだ中学生で小さかった似海が?」
「うん、間違いないよ。8年経ったから私はもう大学生だよ。ちょっと成長しすぎたかもしれないけど」
「そうか」
「やっと信じてくれた?」
「いや、信じるわけがないでしょう! こんな巫山戯たことは!」
確かにもしタイムスリップのことは事実だとしたら、8年後ってことは、13歳は21歳になるのよね。それは合理的かもしれない……と、つい納得してしまいそうになっただけど、やっぱりなんか違う。
「そ、そんな……」
「これは一体何の冗談ですか? お姉さん!」
「え!? 止めて! そんな呼び方、私の方が妹なのに」
あたしにそう呼ばれたら彼女はすごく恥ずかしそうに身悶えた。なんか大袈裟な反応だな。
「年上の妹なんて頭おかしいわよ!」
「だって私は未来から来たんだから、仕方ないでしょう。体はそのままで、13歳に戻ってないもん」
「タイムスリップとか、そんな突拍子もない話は信じられないわよ」
「私だって、最初はあり得ないと思っていたよ。どうして自分がいきなりこの時代にタイムスリップしてきたかわからないの。でも間違いなくここは2013年だよね? だから8年前だ」
8年後……つまり彼女は2021年からやってきたって言うの? そんな設定はなんか……。ならあたしが25歳なの? あの時あたしが何をしているのかな? 自分の望んだ通り医者になれている? いや、そんな今とは関係ないし。そもそも未来から来たことはどうせ出鱈目だよ。
「嘘下手ですね。何を企んでいるんですか?」
「違うよ。嘘じゃないよ。私は本当に8年後の似海だよ」
「たとえ8年経っても、あの子はこんな美人になるはずがありません」
この女はなんか頭おかしそうだけど、見た目だけ見れば美人のお姉さんだ。悔しいけど、あたしより大人っぽくて魅力的かも。なのになんか『残念』って感じね。
「何? その言い方。お姉ちゃん酷いよ!」
「今は褒めているつもりですけど!?」
この人、なんで『美人』だと言われて却って不満なの? やっぱり変な人だよ。
「それってつまり13歳の私が可愛くないの!? 醜い妹って言うの?」
気になるのはそっちか。
「いや、それは……確かに可愛いよ。うちの弟はね……」
そうだよ。あたしの下の弟、似海は可愛い男の子だ。自慢の弟だ。
「だったら……、あれ? 今『弟』って言った?」
「そうですよ。うちには似海という13歳の子がいるけど、男の子です」
「へぇ!? そんなの嘘よ」
彼女はあたしのこの返事を聞いてなぜか随分ショックを受けたようだ。
「私は女だよ?」
「そんなの見ればわかるわよ。でもうちの似海は男の子だ」
こんな綺麗なお姉さんは男であるわけがないでしょう。
「なんでここの私は男の子なの?」
「知るか! そもそもあたしには妹なんていないわよ。家族は弟しかいない」
「私、本当にお姉ちゃんの妹だよ」
「あたしはあなたのことなんか全然知らない。年上の妹なんて困るわよ!」
それに年齢の問題よりも、まず性別の問題だよ。そもそも男の子の似海はたとえ8年経っても女になるわけがないよね。性別が違う時点でもう話にならない。
「そ、そんなはずが……。なんで? どうしてこうなるの?」
あたしにそう言われて、彼女は今すごく困惑しているようだ。あたしが言いすぎたかも。
「ごめん。その……、とりあえず落ち着きなさい。……落ち着いてください」
いつの間にかついタメ口になっているけど、やっぱり敬語に戻った方がいいよね。
「別に私に敬語を使わなくても」
「でも、あなたは年上なんだから」
さっき彼女自身も言ったね。自分が21歳だって。見た目通りだ。ならあたしより4つ上だ。
「でも私はお姉ちゃんの妹よ……」
「またそんなこと……」
このお姉さん、こんなにあたしの妹になりたいの? 年上だから、姉だったらともかく……いや、こんな頭おかしい姉は要らないわね。
「やっぱり、どうしても信じてくれないの? ……痛っ!」
「え?」
話の途中でいきなり彼女は震えるような声で痛そうに悲鳴をあげた。
「その手は……」
彼女の手首は……。まさかさっきあたしを助けた時に何かとぶつかったの? さっきまで気づかなかったけど、彼女のこの手首はなんか痛そうだ。骨折や出血はないようだけど、やっぱり早く手当しないとね。
「とりあえず、あたしの家に行ってください。手当しますよ」
怪しいやつを家に連れていくのはなんか危険かもしれないけど、彼女は悪い人には見えない。ちょっと頭おかしいだけだ。それに彼女が怪我をしたのはあたしの所為だから。一応あたしの命を救った恩人だ。どんな人であろうと、見捨てるわけにはいかないよね。
「ありがとう。お姉ちゃん」
また『お姉ちゃん』か。もうツッコミなんかはしないぞ。あたしは疲れたから。
「……とにかくこっちです」
「そうね。まあ、もちろん知ってるよ。自分の昔住んでいた家だから」
「え?」
「今お姉ちゃんが住んでいるアパートなら、私が中学卒業まで住んでいたよ」
そういえば彼女が本当に似海だったら、もちろん家のことは知っていてもおかしくない。あたしと弟たち今まで3人で一緒にあの小さなアパートに住んでいた。両親が亡くなった時からね……。
「そんなことより、行きましょう。この怪我はやっぱり放っておけません」
「うん、さすがお姉ちゃん、あの時から本当に医者って感じね」
「まあ、え? なんでそんなこと……?」
「お姉ちゃんのことだから当然私も知ってるよ。正義感が強くて、人を助けるために医者になりたいって言ったね? 私まだちゃんと覚えてるよ。そんなお姉ちゃん大好き」
「……」
あたしが医者になりたいという話はもちろん似海なら知っている。やっぱり彼女は本当に似海なの? まだあまり信じたくないけれど。でもこれだけではまだそこまで信じるほどの根拠にはならないよね。
今わからないこと多すぎる。とりあえず、まだもっともっと話す必要があるみたいね。