1 ˇ こんなエピローグっぽいプロローグでいいの?
「みんな、お席に。転校生を紹介するぞ。箱夜見ちゃん、入ってきていいよ」
「はい!」
とある東京の小学校の教室に、担任先生に呼ばれたあたしが入ってきた。
「はじめまして。箱夜見雪未です。群馬県から転入してきました。よろしくです」
自分の名前を黒板に書いて、あたしはあえて元気そうに自己紹介をした。これはアニメでよくある『転校生初日』という場面だ。
「やった! 可愛い子が来た!」
「箱夜見ちゃん、彼氏いる?」
「僕と付き合ってください」
「田舎少女だ」
「『見未ちゃん』って呼んでいい?」
男子生徒が騒がしくなってきた。こいつら本当に小学生4年生の子供? 昔とはいろいろ違う気がする。東京の……ううん、今どきのガキどもって……。
それにしても、首都圏の外から来たからってすぐに『田舎少女』呼ばわりされるとはね……。あっちは別に田舎というほどではないはずよ。
「箱夜見ちゃん、なんでここに転入してきたの?」
自己紹介が終わった後、席に座ったら隣席の男の子からの質問。
「あたしの姉が東京の大学に通っているから。今ここで姉と一緒に二人暮らしなの」
「姉は大学生? こんなに年が離れてるの?」
「うん、姉は21歳よ」
「21歳……ってことは10年以上も違うの? 箱夜見ちゃん、9歳だよね?」
「ううん、実はあたし25歳よ。もうすぐ26歳だけど」
「はい? 何の冗談?」
「まあ、冗談ってことにしておこう。見た目通り9歳よ。来月10歳になる」
そう、あたしは今9歳の女の子だ。地元の群馬県から離れて、東京で21歳の姉と二人暮らし。……そういう設定だ。
でも実際は違うよね。実はあたし、本来なら9歳ではなく、17歳……ううん、元々今の時点で25歳と言ってもいいかもね。まあ、どっちでもいい。とりあえず今は9歳ってことになっている。
そしてさっき言った『姉』は実は姉ではなく、あたしの『妹』だ。ううん、もっと正確に言うと元々は『弟』だけどね。
いきなりおかしなことを言っても、やっぱりわかりづらいよね。自分でも今何を言っているか、なんか頭おかしいと思っているわよ。
でも実際にあたしと彼女(姉? 妹? 弟?)の事情が複雑だった。説明したら長くなりそうだね。まあ、学校の人に話すつもりはないけどね。こんなとんでもない話は言っても信じてもらえないだろう。
アニメや漫画で言うと、これは『TS』というジャンルかな。もう一つの意味の『TS』も混じっているけど。
それに、『タイムスリップ』と言っても、そもそも『過去へ戻る』という話だったはずだけど、結局逆に『未来へ行く』という話になるとはね。しかもいつの間にか『若返り』まで……。あたしの人生ってなんかメチャクチャだよね。剣と魔法の世界まで行かなくたって、これだけで随分ファンタジーだ。
「迎えに来たよ。お姉ちゃ……、じゃなく、雪未ちゃん」
「結局来たか。似海。別にあたし一人で大丈夫だと言ったのに」
放課後、学校まであたしを迎えに来たのは、この21歳の女子大学生。名前は箱夜見似海。綺麗で整った顔で、艶やかで背中の真ん中まで伸びた黒髪。羨ましいくらいにスタイルがよくて、魅力的な体をしている。彼女はあたしの……。
「見未ちゃんのお姉さん?」
クラスメートの男の子が似海を見てあたしに質問をした。なんか馴れ馴れしいわね。ちなみに、クラスの中でいつの間にかあたしは『見未ちゃん』って呼ばれている。初日からこの呼び方はすでに定着しているようだ。
「うん、そうよ」
「でも彼女はさっき見未ちゃんのことを『お姉ちゃん』って」
やっぱりこいつに聞こえられた! まったくだ!
「聞き間違いよ! そんなわけないでしょう。どう見てもあたしの方が妹だよね?」
「まあ、そうだよね。それにしても見未ちゃんのお姉さんってすごい美人だね」
「おい……」
このガキ、人の妹……じゃなく、姉を口説くつもりか? 絶対お前に似海を渡さないぞ。
「あ、今見未ちゃん嫉妬してる? 大丈夫。僕の一番好きなのはやっぱり見未ちゃんだよ」
「……」
何という勝手な解釈だ。もうこれ以上ツッコミをする気がないほどあたしは呆れた。
さっきあたしの自己紹介の時もそうだけど、こいつはまだ小学4年生の子供なのになんかすごい性格だ。初日からあたしに告白してきて、あっさりと断っても滅気ることなくまだグイグイと迫ってくる。
「あら、雪未ちゃんのお友達? それとも彼氏なの?」
「はい、そうです。見未ちゃんのお姉さん!」
「違うわよ! そんなわけないだろう! ただこの子に付き纏われているだけだ。似海、もう早く行こう」
「え? もう行っちゃうの? 見未ちゃん!」
あたしは全然こんなちびガキに興味ないわよ。あたしの付き合っていた彼はもっと背が高くてかっこよくて……まあ、とっくに別れたけどね。あの『モブのOくん』。あいつもあたしのことを『見未ちゃん』って呼んでいたね。
もうあいつのことなんて今更思い出したくない。とはいっても、確かに今のあたしの不思議な出来事の冒頭は、彼と別れたあの日からだったね。
「似海、またあたしのことを間違って『お姉ちゃん』って呼んだね。今お前の方がお姉さんだ。忘れないで」
学校から離れて、2人だけになった時、あたしが似海に文句を言い始めた。
「ごめん、でもやっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。たとえこんな年下になって……小さい子供になってもね」
「年上の妹なんてやっぱり困るわよ」
「じゃ、私は弟でいいよ?」
「それも同じでしょう!」
確かに、本来なら似海はあたしの妹でも弟でもある。でも今は姉だ(という設定)。
あたしと一緒に並んで歩いていると、身長169センチの似海の方は子供のあたしより圧倒的に背が高い。いろんなところも大人っぽい……。なのに、中身は……精神はまるで小学生だ。
「2022年か……」
「また何いきなり?」
「いや、ただやっぱりなんかまだあまり信じられない。今までの出来事って、本当に突拍子もない話だなって……」
2012年の後は2013年だから、2013年の後は2014年になる……普通ならそうなるよね。あたしも今までそれが当たり前だと思っていたのに。
「さっきの子、結構お姉ちゃ……雪未ちゃんを気に入ってるようだね」
「あんなやつ放っといて。ただガキの戯言だよ」
「あはは、雪未ちゃん、本当に彼氏作る気はないよね?」
「そんなのもう要らない。あたしはこれからずっとお前のヒモでいいよ」
「そんなこと、自分で堂々と言うのか。まあ、私としてそれで構わないけどね。お姉ちゃんの人生がこうなったのは、全部私の所為だから」
「いや、別に。お前のおかげだよ」
似海のやつ、まだ罪悪感を抱いているのか? お前の所為じゃないのに。むしろあたしはお前に救われたからこうやってここで生きている。いろいろ大変だったけど。
「8年間一緒にいられなかったから、これからいつまでも一緒にいたい」
「うん、そうね」
8年か。似海にとってはそうかもしれないけど、あたしにとって……。
この異変の開幕は2013年の秋だった。彼氏と別れ、いきなり『年上の妹』が現れて、一緒に暮らすことになって……。あの時は物語の主題だとすれば、今は『エピローグ』みたいなものかも。
思い返してみれば、あの時17歳だったあたしは……。
エピローグっぽいですが、これはプロローグです。物語の結末は最初から決まっているので、未来(2022年)のシーンを冒頭に置くことにしました。
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