クリスマスの夜に
「ちょっと、置いてかないでよおっ」
「ははっ、大丈夫だよ、こっちにおいで」
シャーベット状の雪が展開された歩道で、目の前をカップルが通り過ぎていった。今日は日曜日で、まだ朝8時だというのに、いつもなら人がいないはずの大通りには無駄に人が多い。
「……流石……キリスト聖誕祭……」
そう、今日はクリスマス。だからとは言わないが、カップルの多いこと多いこと……ほんと、いちゃつくなら家でやれってんだ。まぁ、かくいう俺にはいちゃつく相手もいねーけど。
「あ、そうだ。あそこのケーキ屋、もうやってっかな……」
俺の同級生がそこをお勧めしてくれたのがきっかけで食べたのが、もうめっちゃ美味しくて。あれ以来、週一のペースでケーキを食ってるくらい、美味しい。だけどあそこは、前日の仕込み具合や朝の生地の調子によって、営業開始の時間が毎日違う。早いときは本当に早くて7時とかに開いてたりするのに、調子が悪いと12時前に開店したりする。
「ま、俺が行くと大抵、閉まってんだけどな」
午前に来る俺が悪いのかもしれないけど、楽しみだからいいんだ。……あ、やっぱり。まだ開いてなかった。でも、寒い中で10分程立っていると、中から可愛らしい女の子が出てくる。俺に向かってにこっとしたあと、ドアを開けてくれる子で、この子が一人でこの店を切り盛りしてる。
「あ、今日も来てくれたんですね。ありがとうございます!」
「いやいや、こっちこそ毎週ごめんね? 開けてもらっちゃって」
「いえ、いいんですよ! さ、どうぞお入りくださいな」
それじゃ、お言葉に甘えて。女の子が調理場へ戻るのを眺めつつドアを閉め、店内を見回す。今のケーキ屋って、ケーキ以外も売ってることが多いんだけど、ここは余計なものは一切なし。見本のホールケーキのショーケースと、カットされたケーキが並ぶショーケースの二つしかない。この店は人気もそこそこちゃんとあって、これでも経営が成り立ってるらしい。凄ぇ。
「毎週来てくださいますけど、ケーキ、飽きないんですか? パティシエなんてやってますとね、案外失敗の方が多かったりして、飽きちゃうんですよねぇ」
「失敗のケーキなんかも、切り落としとかで売れないのかなぁ」
「それがね、売りたくないんですよ。だけどもったいないから、自分で食べちゃうんです」
これじゃ私いつの間にか太っちゃいそうですよねー、と言って彼女はトレイを補充した。これで、一つの欠けもない、綺麗なショーケースが完成した。これだけで、もう俺は満足する。整ったショーケースと可愛いパティシエとか、いつまでも眺めてられるわこんなん。そして、ケーキを二つ買い、この完璧さを崩すのが、勿体無いけど凄く楽しいんだよなぁ。
「じゃあ、ベイクドチーズケーキと抹茶のシフォンケーキを……」
そこまで言ってから、ショーケースの一番下の列右端にあるケーキが目に入った。小さなサンタの飾りが乗っている、ごく一般的な苺のショートケーキ。いつもならそのまま目を逸らすのに、なぜか今は、それが出来なかった。
「……それから、苺のショートケーキを、一つずつ下さい」
「珍しいですね、三つ買っていかれるんですか? 分かりました、用意しますね」
彼女がてきぱきとケーキを取っては箱に入れ、保冷剤を付け、箱を閉めた。受け取ったその箱は、いつもより少しだけ、重たかった。
「お会計は、670円です」
「……あれ、ショートケーキの分は?」
「あぁ、それは、私のサービスですよ。いつも来ていただいてますから」
そんな、申し訳ないから払うよ。そう言って差し出した880円は、210円のお釣りを返されてしまった。そんなサービスは無理にしなくていいのに。
「いいんです。私が勝手にサービスしたんですから」
にっこり笑った彼女に負けて、210円とレシートを受け取ってしまう。なにしてんだ俺。
「じゃあ、お返しに何かさせてよ。デートでもする?」
「……え?」
あああ何言ってんだ俺!何がデートだよ!ほらパティシエちゃん滅茶苦茶お困り顔ですがな!狼狽えちゃってるじゃん!?ってか俺パティシエちゃんをそういう目で見てたのかよ!全く自覚なかったわ!
「あ、いや、今のはその、別に強制じゃ──」
「いい、ですよ」
「……え?」
「デート……行きましょう」
…………もう、脳の処理が追い付かん。俺、今、行きつけのケーキ屋のパティシエちゃんをデートに誘ったんだよな。で、オーケーをもらえた、と。はぁん!?ごめんやっぱ冷静とか無理だったわ!
「え、まじで? ちょ、嬉しいよ、嬉しいけども、そんな即答でいいの!?」
「嫌じゃ、なければ……連れていって下さい。どうせ今日は、午後は閉めるつもりでしたし」
「そ、そうなんだ……。じゃあ、俺、この後バイトあるから、14時に駅前の噴水のとこで、待ち合わせていいかな?」
「はい、じゃあ14時に。バイト、応援してます。では、お気を付けて!」
彼女にああやって見送られると、めっちゃやる気出るわ。滅茶苦茶バイト頑張ったる!
「はぁー……来てくれる、よな」
14時の駅前は、それこそ朝とは比べ物にならない人の多さだった。行き交う人々の喧騒で、俺の呟きも掻き消されてしまう。ロングコートのポケットに両手を突っ込みつつ、はぁっ……と白い息を吐き出す。すると、ちょうど顔をあげた先から、彼女が歩いてきていた。フードの襟にファーのついた、暖かそうな薄ピンクのコートを着て、白と茶色の毛糸で作られたマフラーをしている。正直、可愛い。
「す、すみません! 待ちましたか?」
「いや、全然待ってないよ。……そういや君、幾つなんだっけ」
「私ですか? 今日で二十二歳になりました」
「そうかそうか、俺より二つ下かぁ」
俺が通ってんの薬学部だから、医学部と同じで今年まで通うんだよなぁ……って、今なんつった?
「今日なの? 誕生日?」
「はい、そうなんです。お祝いしてくれますか?」
「寧ろ祝わせて! おめでとう!」
「えへへ、ありがとうございます」
ん、誕生日と言えば、俺はもう両親とは別に住んでるから一人だけど、この子はどうなんだろう。家族はいるはずだよな?っていうかさらっとデートして良かったのか……?
「ご両親とか兄弟は? 一緒に住んでないの?」
「……実は、両親は、私を捨てて海外へ逃げたんです。売られた私は、運良く今の養父母に買われて、大事に育てていただきました。そんな養父母も、二人とも一昨年に亡くなってます。兄弟は元々居ませんでしたし」
うわ、壮絶。地雷踏み抜いた?
「地雷とかは気にしないでくださいね、もう慣れてますから」
「え、俺言ってた?」
「いえ、顔に書いてありました」
そうやって笑う彼女は、少し寂しそうだった。そうか、じゃあ今一人なのか。本当の意味で、一人を経験しているんだな、この子は。
「……よし、決めた! 俺、今日だけは君を絶対楽しませる! 出来れば毎日笑っててほしいけど、迷惑だろうからそれはやめておきます!」
「ふふ、今日だけですか? いつでも来てくださって宜しいですのに」
「え、まじ? そう言われたら通っちゃうなぁ」
いやいや、待てよ俺。ちったぁ遠慮しろや……。
「じゃあ……そろそろ行きましょうか。連れていってくれるんですよね?」
「あ、そうなんだよ! ただ、車だと混むから、電車とバス乗り継いで行こうと思うんだけど、いいかな」
「勿論です! ふふっ、楽しみ……」
ローカル線とバスを乗り継いで向かう目的地は、まず最初に連れてきたかった、滅茶苦茶いい景色が見える展望台。今の時期はさらさらの雪が降るものだから、一面銀世界の美しい景観が楽しめる。
「ほら、こっち。木まで真っ白になっちゃってさ。樹氷も見れるらしいよ」
「ほんとですか!? わぁぁ、すっごく綺麗! 雪だぁ~」
ここまで喜んでくれると、連れてきた甲斐があったわ。うん、見てるこっちも嬉しいよ。存分に景色と彼女の無邪気な姿を堪能してから、展望台を降りたところにあるカフェへ入った。人が多そうなのに、殆ど客が入っていなかった。展望台にも人は少なかったし、今日はラッキーだな。
「凄い、こんなカフェあったんですね!」
「お洒落だよなぁ。一人じゃ入りづらいから、君がいてくれて良かったよ。あ、別に、君が好きそうだからだとか、そんな理由で選んだんじゃないからなっ」
「ふふ、でも、私もこのカフェ、好きです。連れてきてくれて、ありがとうございます」
実はこのカフェ、ラテアートをしてくれる、俺の知ってる数少ない店のひとつなんだ。気に入ってくれるといいけどね。
「……わ、なんですか、これ! 可愛い! 葉っぱが書いてあります!」
「おぉ、俺のは雪の結晶だな。綺麗なもんだなぁ」
彼女はラテアートを気に入ったらしく、写真を撮ったりしている。流石、婦女子の嗜み、とか言うやつか?インスタやらなにやらあるらしいが、それに載せるのだろうか。ちゃっかり俺のやつまで撮ってるし。……まぁいいや、もう大分暗くなってきたな、そろそろ行くか。
「次は、どこに行くんですか?」
「んー、そうだなぁ……キラキラした場所、って言えば分かるかな?」
「も、もしかしてイルミネーションですか? 私、行ったこと無いから、楽しみです!」
「お、行ったことないのか。じゃあ楽しみにしてろよー」
また電車に乗り、降りると今度はバスではなく、歩いてそこへ向かう。手袋をしていない彼女の手は赤く、悴んでいるように見えた。思わずその手を取り、俺のコートのポケットに入れた。左手を引っ張られた彼女は、自然と俺にくっつく形になる。
「あ……ごめん、嫌かな?」
「い、いえ、全く! は、恥ずかしいだけ、です……」
こう見ると、彼女の背だと俺の肩辺りが目の位置なんだなぁ。意外と大きいな……ってあれ、これ厚底のヒール履いてるからか。え、まさか俺とデートするのに、履いてきてくれたわけ……?
「ば、ばれちゃいました? 少しでも、可愛い格好がしたくて……」
「反則だろ……可愛い過ぎ」
「え? 良く聞こえませんでした、なんですか?」
「ん、なんでもないよ」
何気に恋人っぽいことしてるな……嫌がらないでくれて嬉しいけど、これって……期待して良さげ?
「あ、あの……」
「ん? どうしたの?」
「私、少し自分語り、していいですか?」
「いいよ、じゃあゆっくり歩こうか」
さっき貴方は、私を一人だって言いましたよね。
実は、大学にも行かずに、養父母の知り合いの方に修行に付いたので、友達も碌にいないんですよ。
だから、本当の意味で独りなんです。
でも、お店が持てて、少しずついろんな方が来てくださるようになって。
今は、そんなに寂しくない。
そう思いました。
私は私の得意なことで、こうやって輪を広げていければいいな、私のケーキで少しでも幸せになってくれたら嬉しいなって、思うようになって。
そんな頃、貴方がお店に通ってくれるようになりました。
いつも嬉しそうに笑ってケーキを買って行ってくれる、その笑顔が大好きになったんです。
最初は、ただただその笑顔を見るだけで良かった。
今の私は、それじゃ満足、出来ないかもしれません。
「……ね、私、とっても我儘なんです」
「えっと、それって──」
「あ! あれ、イルミネーションじゃないですか? 早く行きましょう!」
うぅ、わざと切っただろ、今の……。
「まぁ、いいか。そうそうここはね、俺の実家の企業がやってるイルミネーションなんだよ。毎年公園を貸し切って、家族総出でライトを付けて、飾るわけ」
「え!? 凄いですね! も、もしかして凄くお金持ちなんですか……?」
「さぁ、どうだろうな。少なくとも今の家族……俺と弟たち妹たちの4人含めて、死ぬまで働かなくても養えるくらいかな」
ひぇぇ、と彼女は言い、俺と距離を取ろうとする。
「ごめんなさいぃ……知らなかったんですよ……」
「待って待って、なんで逃げようとするのさ」
「だ、だって、ということは、ご長男なのですよね? ご家族にとって跡継ぎになるご長男なのですよね?」
「あー、言い忘れてた。実家は、弟が継ぐよ。双子の弟がね」
俺と弟は双子で、見た目もそっくり。ちなみに、妹も双子でね?
「んで、なんだけど」
「は、はい」
「なんかシャキッとしないけど……俺と、付き合ってくれませんか? 本当はもっと、ちゃんとしたプレゼントをあげたかったんだけど、受け取ってもらえたら嬉しいな」
俺が着ているロングコートには、ある仕掛けがあってな。それは、内ポケット。何?仕掛けってほどでもない?まぁまぁ、そんなことは置いとこうぜ。そして、その内ポケットの中身は、朱色の薄いジュエリーケース。そんなものが入るのかって?それが、この内ポケットの凄いところ。中身が全く分からないように入れることが出来るんだよ。
「これ……ネックレス、ですか?」
「うん。オーケーをもらえたら、渡そうと思って」
俺の開いたケースのなかには、金のネックレス。暗闇に眩しいイルミネーションに照らされ、キラキラと光を反射している。
「あ、あの、私……」
「ん?」
「バツイチ、なんですけど……大丈夫、ですか?」
「は? え、なんで? 誰と?」
「産みの両親が、資産目当てで私を曾祖父の子孫と、結婚させていたんです。養父母が教えてくれるまで知らなかったんですけど、次の週には離婚届出したんです。だから、バツイチなんですよ……」
んー、そういうことか。まぁ、気にしないんだけどな?自分の意思で結婚したんじゃないのなら、君のせいじゃないんだから。気にしなくていいんだよなぁ。
「そんなの、気にしないし。俺は、君のことが好きなだけだし。これからゆっくりさ、君のことを教えてほしいんだ。俺も、俺のこと知ってほしいし。バツイチだとか関係ないよ、君が俺を好きになってくれるのなら。どうだろう、この告白は、君に受け入れて貰える?」
……ん、今思ったけど、イルミネーションの前でネックレス持って、しかもクリスマスに告白って、滅茶苦茶ロマンチックじゃない!?で、出来ればオッケーが欲しいところ……!
「……はい、お付き合い、させて下さい」
そう言って、彼女は自らのマフラーを外した。細く長い首と鎖骨が見えて、思わず視線がそちらに行く。いやいや、駄目だろ、俺。ふっと視線を彼女の顔に戻すと、目と目がかちり、と合った。あ、そうか、ネックレスつけてあげないと。
「……ちょっと、失礼」
彼女のポニーテールを少しどけて、そっとネックレスの留め金を付けた。
「オッケーしてくれて、ありがとう。……その、抱き締めても、いいかな?」
「はわ、あ、は、はいっ」
いつも明るい彼女の、珍しく動揺している姿。可愛いなぁ。そっと抱き締めないと、折れちゃいそうだ。腕の中に、すっぽり収まる感じもとても可愛い。うわぁ、手ぇ回してくれた!ぎゅってし返してくれてる!もう駄目だわ可愛すぎる。
「はぁ…………」
「え!? な、なんかおかしかったですか?」
「あーいや、可愛いなって思っただけ」
「ふえぇ……やめてくださいよ、恥ずかしいじゃないですかぁ……」
暗くてよく見えないが、きっと耳まで真っ赤になってるんだろうなぁ。俺の胸に顔を埋め、抱き締める手にも力が入ってる。
「……それじゃあ、そろそろ、帰る?」
「い、いえ! もうちょっと、イルミネーション見ていきましょう」
そっか、そうだよなぁ。イルミネーション、初めてなんだもんなぁ。そりゃあゆっくり見て帰りたいよなぁ。よし、案内は俺に任せろ。
「それに、もうちょっと一緒に、居させてください。……駄目、でしょうか?」
「……っ」
上目遣いは反則!駄目じゃないに決まってるじゃん!あーもう可愛すぎるんだって……。
「ぜ、全然いいよ。寧ろ嬉しいし、俺も一緒にいたいし」
「良かったです!」
その笑顔もいいね!……うん、駄目だわ俺、惚気すぎ。
「正月も、こーやって一緒に過ごしたいな」
「はぇっ、い、いいんですか!? あ、そう言えば、連絡先、交換しましょう? いつでも連絡が取れるように、電話番号とメルアド、ラインで……」
「お、連絡先交換する? 滅茶苦茶嬉しいわ、ありがとな」
えっと、ライン……あった、交換して、電話番号とメルアドを送って……よし、これでいい。ってことは、連絡していいってことか!?
「連絡は、いつでもくださいね。お正月の予定も、立てないといけませんから」
「おう、勿論だ! 君も、いつでも連絡してくれな」
「はいっ!」
このイルミネーションのような輝きを持った彼女と共に、これからが歩めるといいな。俺は一生、この想い出の日を、忘れないだろう──。




