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【完結】私の子  作者: 小野花壇
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既読になったメッセージ

どう記憶を辿っても自分がメッセージを送った記憶は確認できなかった。

この部屋に誰か私以外がいたのか?

それともアプリのバグか何かか?

メッセージを送るられるように仕様が組まれているとか?

色々と可能性を漁っては見たものの、自分が送ったことが一番可能性が高いことになってしまった。

それにしても、どうしてこんなメッセージを送ってしまったのだろうか。

「深層心理、なのかな」

ポツリとベッドに横になりながら呟いた。

無意識の意識というものを高校の心理学の授業で習ったことを思い出した。

人間には無意識という名の意識が存在しているらしい。

なんて厄介なんだ。

そんな意識が存在するからこんな事態になってしまうのだ。

それにそうだ。

昨日、夢でも同じようなことがあった。

私に、恋人ができる夢。

どこか懐かしいような、温かい人だった。

姿は全く覚えていない。

ただ、自分よりも背が高くて、男らしい体格をしていて、それでいて柔らかい物腰だった。

気がする。

全て夢の話なので、詳細までは覚えていられなかった。

しかし、寝起きは最高に気持ちが良くて、また続きを見たいなと思うほどだった。

そんな深層心理が偉く仕事をしていたようで、酔っぱらった私は見ず知らずの、しかも出会い系アプリで全く素性も知れない男性にあんなメッセージを送ってしまった、それが事実だ。

「はあ」

ため息しか出てこない。

強欲な女だ。

こんなに飢えている女なんて恥ずかしい。

仕事も恋愛もできない、無力な女だ。

こんな女といると相手もかわいそうだ。

「さあ、お詫びの返信をしよう」

サクラといえども、相手は人間だ。

人工知能という可能性もあるかも知れないが、それならばそっちの方が都合がいい。

人間の方が大変だ。

お詫びの連絡をすれば、誤解だと分かってくれる。

そうすれば、もうこんな悲しい思いをしなくても良い。

千羽子はアプリ機能にあるメッセージ欄に返信の文章を書き始めた。

この時千羽子は文章を作ることで精一杯で気がついていないが、千羽子が送った「私の恋人にならない?」というメッセージにたった今「既読」マークが付けられていた。

相手は機械ではなく、人間らしい。

「すみません。先ほどのメッセージは誤りでした。スルーしてください。さようなら」

こんな感じでいいかな。

いや、なんかもう少し丁寧な方がいいかな。

んーでも、どうせもう二度と会わない人だし、ストレートに行ってもいいのかも。

千羽子はこうしていつも深く考えすぎてしまう癖がある。

会社のメール返信も非常に時間がかかり遅い。

それを本人も自覚しており、何とか自分を変えようと必死なのだ。

うーん、うーんと唸っている間に物事はコンコンと進んでいった。

ピピピ

電子音がスマートフォンから鳴った。

千羽子の心臓が止まった。

自分が作成している文章のすぐ上に、見たことがないメッセージが表示されていた。

千羽子は完全にフリーズ状態だ。

「え、まさか」

心の声が実際の声になるという初体験をしているのだが、その驚きよりも、メッセージが送られてきたことの方がよっぽど衝撃的だった。

男性のアイコンが吹き出して話している。

『いきなりストレートですね笑 僕が恋人になるかわかりませんが、良かったら連絡取り合いましょう』

紛れもない、相手からの返信だった。

千羽子はもう後に引けないと感じてしまった。

無駄な正義感というか、不要な真面目さというか、そうした類の性質を千羽子は持ち合わせていた。

送られてきた返信には返さないといけないという義務感が彼女を急かしていた。

急いで先ほど作成した文章を消して考えた。

この時千羽子の頭には、相手がサクラだとか人工知能だとかそういうことを考える余裕はなかった。

会社のメール、お客さまとやりとりをするメールと同じように、返さなければ失礼に当たるということだけが脳裏を走っていた。

『いきなりすみませんでした。酔っていたもので。』

文章はすんなりと出てきた。

それに何の考えもなしに、躊躇することなく送信ボタンを押していた。

送ってから「え!何でこんなにすぐ送っちゃうの!」と自分にツッコミを入れたくなるほどだった。

メッセージはすぐに既読となり、

『お酒飲んでるんですね。僕は飲まないので。お酒っておいしいですか』

と返事がきた。

『おいしい時もありますし、おいしくない時もありますが、私には必要なようです』

と返した。

自分でも不思議だった。

初めての相手なのに、変に気負いせずに返信をしていた。

乱暴に、適当に返しているわけではない。

同期のグループチャットで話をするような気さくがあって、それでいてどんなことを言っても、それなりに返してくれるようなそんな雰囲気を感じた。

高々アプリ上でしか分からない人なのに、と不思議な感覚だった。

でもそれは、千羽子が初めてこうした出会い系アプリを使ったからかも知れない。

この人以外にもそんな人は山ほどいるかも知れない。

それでも、千羽子は気さくな返答に親近感を覚えていた。

何だかこの人ならいい時間を過ごせるかも知れない。

そんなことを考えながら、少しだけこの人の連絡を待ってみようと思った。


今思えば、この時が私の人生の第一の分岐点だったのだ。

ここで身を引いていたら、違う結果が待っていたのだろう。

しかし、その時の私にはその選択肢はなかった。

心地よさを感じる人から少しだけ優しさを分け与えて欲しかった。

かまって欲しかった。

私を、見て欲しかった。

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