出会い系アプリなんか辞めてやる
流山千羽子は電車に揺られながら、ソワソワしていた。
ほんの十分前にダウンロードしたアプリの通知が鳴り止まないのだ。
やっぱりサクラだ。
千羽子は確信しながらスマートフォンの画面に出ている通知をすぐさま消した。
電車に乗る少し前に簡単なプロフィール登録は済ませた。
それも本当に簡素なものだった。
年齢、居住地、好きなタイプ、趣味を選択式で選ぶもので、ものの一分で終了した。
こんなあってないようなプロフィールでその人の何がわかるのだろうか。
しかし、そんな少ない情報でも相手はメッセージを送ってくるのだ。
初めはわからなかったので、試しに一痛アプリ上のメールを開いてみた。
三十代くらいの爽やかそうな男性のアイコンがすぐに目に入る。
どう見てもカメラマンに撮影してもらったようなしっかりとした写真だった。
背景はどこかの公園で、緑色と白色の綺麗なコントラストの中にその男性は笑顔でこちらを見ている。
白い歯がいかにもサクラ感を醸し出している。
メッセージはこうだった。
「初めまして千羽子さん。僕は二七歳のメーカー勤務です。趣味はドライブと野球で、休日はよく遊びに出かけています。最近はキャンプに興味があります。お酒が好きということですが、よく飲まれるお酒はありますか?僕はビールが大好きです。もし良かったら一緒に美味しいお店を探しませんか?連絡待っています」
読み終えてすぐに身体中に寒気が走った。
それは日比谷線の電車内のエアコンが効きすぎているわけではなく、男性の丁寧すぎる物腰と隠しきれない下心を察してしまったためだ。
きっとこうして、色々な女性に同じようなメッセージを送っているんだろうな、と察した。
数打てば当たる、と昔の人はよく行ったものだ。
私みたいな人が相手でも、その時の気分次第ではメッセージを返してみようという気にもなるかもしれない。
それはたくさんのメッセージを送った場合、一人でも返信があれば成功なのだ。
もしかしたら、元彼と別れた時にこんな連絡をもらったら、簡単に靡いていた恐れがある。
「怖い怖い」
私には早い世界だった。
同期の女の子はすごい。
こんなたくさんの男性を相手に戦って、恋人をゲットしたのだ。
私なんて、絶対にできない。
千羽子はスマートフォンの画面をオフにして、ゆっくりと目蓋を閉じた。
こんなんで恋人なんてできるのだろうか。
そもそも私はなぜ恋人が欲しいのだろうか。
寂しいから?
周りが恋人持ちばかりだから?
焦っているから?
自分で自分がわからなくなってくる。
窓を見ると、もう南千住駅に差し掛かる頃だった。
何もしていないのに、ここ数十分で相当に疲弊した。
「仕事より、疲れるじゃん、これ」
千羽子はスマホを鞄にしまい、北千住で降りる用意を始めた。
たまたま席が空いたので座席に座っていた。
周りの人も北千住で降りるのか、ソワソワし始めていた。
「この人たちの中にも、アプリをやっている人っているのかな。きっといるんだろうな」
いつの時代も、人は人を求めている。
人肌を感じたいと願う。
だから毎朝の満員電車がなくならないのか、とも思った。
恋人が欲しいという気持ちに、理由なんていらないのかもしれない。
人間の性であって、考えるものでもないのだ。
恋人。
私の恋人。
いつかその人の名前を呼べる日が来ると良いな。
そう思い直して、改札へと続く階段を降りて行った。