優しい彼氏
同じ人に二度振られた。厳密には一度だけど、「女として見ていない」なんて話してるのを聞いちゃったら一緒だよね。
振られたのにしつこく想っててごめんだわ。後、揶揄った奴ら滅してほしい。そういう話は密室でしてよ。飲み会のトイレ前ですることないでしょ。
思わぬ打撃を受けた飲み会から一ヶ月。
再び飲み会に参加中。
来ないと色々勘繰られそうだし、何より──。
「美咲、彼氏出来たの!?」
「うん」
そう、彼氏が出来た。
別に大発表する事じゃないかもだけど、あいつに対するお詫びというか……いつも揶揄われてて申し訳なかったし。
安心して、もう近寄ったりしないから。
「どんな人?」
「うーんと、年下」
「年下!?」
そう、甘えたで可愛いんだ。
思わず笑顔になる私を見て、皆びっくりしている。
「なんて嬉しそうな顔してんの!」
「愛じゃん!」
「良かったねぇ!」
色々言われたけど、とにかく喜んでくれてるのが伝わってくる。それもそうだ。皆、私があいつを好きだった事知ってるもんね。振られた事も。
あいつ──田川俊彰と出会ったのは大学のサークルだった。
大男の割には細かな所に気付くオカンみたいな奴で。
頼りになるなぁという単純な気持ちが、しばらくしたら恋心に変わって。
大学四年生の時に告白して玉砕。
卒業してからもずっと忘れられなくて、毎月恒例の飲み会の度に、やっぱり好きだなぁ、と思っていた。
そして、また告白しようか悩んでいたタイミングで、「女として見ていない」発言を聞いちゃいまして。
正直、家帰って泣いたよ? 意外に乙女なんだからね?
でも、まぁ大丈夫。
その時慰めてくれたのが今の彼氏だから。
年下だけど、包容力抜群だわ。
「美咲、彼氏さんの事聞かせてよ!」
私の周りで騒ぐ友人達の狙いは、彼氏の話だけではないようだ。
田川とその周りに聞こえるような声量に思えるのは気のせいじゃないよね。
夕日に向かって「後悔しろ、いや後悔しても遅い、美咲を振りやがってー!」と田川の人権を無視した発言をしていた過去の友人達を思い出す。
私としては別に田川に後悔してほしいわけではないけど、周りには分からせておく必要があると思っている。これ以上余計な冷やかしはしないで、と。
それから私は聞かれる事に答えていった。
兄が友人として連れてきて。
告白は彼からで。
優しくて。
私だけを見てくれて。
名前は「ちゃん」呼び。
私は「君」呼び。
気付けば周りからの視線はかなり生暖かい。
うん、このくらいでいいかな?
「もう終わり。これ以上はいいでしょ」
「ずいぶん惚気やがりましたわね!」
いや、皆テンションおかしいな。
まあ、とにかく任務達成。
田川、今までごめんよ。
謝罪の気持ちを込めて田川に視線をやれば、何故かばっちり目が合う。……めっちゃ見られてる。っていうか睨まれてない?
怒ってるように見える。……何に? ……誰に?
「ちょっとごめん」
視線に耐えられなくなった私は席を立った。
のに!
「は?」
変な声が出た。
目の前には田川。後方にはトイレ。ってか、トイレ前に縁が有り過ぎじゃない!?
「もっかい言って?」
「彼氏に会わせてほしい」
うん、もう一度言おう。
「はぁ?」
「彼氏に会わ」
「いや、もう聞こえたよ」
何? 混乱するんですけど。
「何で?」
とりあえず理由を聞いてみる。
「吉野に相応しいやつか知りたい」
……なんなん?
「意味分かんない。田川には関係無いよね?」
一生懸命怒りを抑えようとするけど、無理っぽい。
田川のこういう仲間思いでオカンなとこが好きだったけど、今は大嫌い。
本当に余計なお世話。
「心配なんだ」
「何が?」
「そいつは……」
なんか言いづらそうにしてるけど、早く終わらせてほしい。
「何が言いたいの?」
「……そいつは、お前を幸せにしてくれる奴なのか」
殴らなかった私を誉めてほしい!
何様だと! 誰ポジだと! オカンじゃなくオトンかと!
「だから! 関係無いよね!? 田川に会わせる必要無いよね!?」
「……関係無いとか言うなよ」
何で田川が泣きそうな顔してんのよ! 泣きたいのは私だっての!
今更こっちに踏み込んで来ないでよ……!
「……とにかく……会わせるつもりは無いから」
皆の所に戻ろう。
田川の横を通ろうとしたら、腕を捕まれた。
「田川、いい加減に」
「……俺だって優しく出来る」
「は?」
「俺だって吉野に優しく出来る」
「……田川は皆に優しいでしょ」
「吉野には特別優しくしてる」
「……何言ってるの」
「吉野だけを見てる」
「……だから、何を言ってるの」
「彼氏より吉野を」
「やめて!」
何で? 今更何を言い出すの?
「……どういうつもり?」
「俺は吉野が」
「好きなわけないよね? 振ったわけだし」
「……ごめん。正直、あの時から意識し出して」
「嘘吐かないで。前の飲み会の時に私聞いたんだから……『女として見ていない』って言ってるの」
「あれは……」
ほら、何も言えないじゃない。
「……引かないか?」
「何が?」
「……ああでも言っておかないと暴走しそうだったから。『女として見ていない』じゃくて『女として見ないように頑張っている』が正解」
「何で頑張るのよ。生物学上は女なのは事実なんだけど」
「……お前、襲われたいの?」
「は?」
「言っとくけど、お前隙だらけだからな」
「どこがよ!」
「一緒に出掛けてる時もやたら油断してるだろ。『ゲームしよう』とか言って部屋に誘ったりするし」
「あんただからでしょーが!」
「じゃあ、俺にしろよ」
「……それは」
「俺と付き合って」
「……」
ああ、嫌だ。こんなに腹立たしいのに、こんなに嬉しいなんて。
とりあえずまず言いたい事は一つ。
「何でさっさと告白してくれなかったのよ!」
「ごめん。一回振った手前、タイミングが……」
「へたれ!」
「わかってるよ……好きだよ」
……ずるい。
もう降参だ。
やっぱり田川を好きな気持ちは強くて。
彼氏には全力で謝ろう。
そしたら、大好きな彼に二度目の告白をしようか。
優しい彼氏=吉野太郎。美咲の兄が幼い頃に両親に貰ったぬいぐるみ。美咲が一歳の時なので、太郎は年下になる。優しいのは太郎ではなく、操る兄である。
ありがとうございました。