ゴージャス♨三助 愛の女三助編 B
彼にとってははだか湯は神聖な仕事場であったが、今は若い娘を追いかけている中年男にしか見えない。
三助よ、お前もか。
はだか湯開場の時間が迫っている。
はだか湯の周りを十重二十重に客が取り巻いている。
あんれ、まあ。
トラは口をあんぐりとはだか湯開場の前に開けた。こんな事ははだか湯に嫁いでから初めてだった。客が平日から引きも切らずとは。
トラの頭脳に二つの思考が沸いた。
一つははだか湯営業部長兼会計部長として水風呂のような冷徹な売り上げの計算、もう一つはボイラーが沸き立つような嫉妬の炎であった。
「あの新入りの三助めえ、ああ、お客さん、フルーツ牛乳ですね」
トラの心は熱い嫉妬の炎と商売人の冷静な計算の間にもてあそばれて、アンビバレントにビバノンノンなのであった。
「はい、フルーツ牛乳500本ですね、毎度あり」
「そちらのお客さんはオロナミンC600本、ありがとうございます」
「ええっ、そちらのお客さんはコーヒー牛乳、申し訳ありません、売り切れました、今ある在庫は白牛乳だけです、ええええ、あるだけもってこいですって、はい喜んでー」
サクラの最後の言葉は、銭湯ではなく、居酒屋にふさわしかったが、この日はだか湯の飲み物の在庫は全部はけてしまった。
「じゃあ、三太郎さん、三助おじさん、おじいさん、また明日」
そう言い残して本日営業成績ナンバーワンの娘は去っていった。
三太郎、三助親子もフル回転で働いて、夕餉もそこそこに脱衣所に寝込んでしまった。
トラ一人が番台の片隅でそろばんをはじいている。
「えー、願いましては飲み物の売り上げ3万飛んで80円なり、入浴料6万飛んで420円なり、三助指名料5万飛んで500円なり、三助チップ預り金15万丁度では、ぱちぱち」
すべての売り上げを合計する段になって、トラの瞳がきらりと光った。
「三助チップ預り金10万円では、14万1千なり、と」
三助へのチップ預り金を5万円もピンハネしていたトラであった。
はだか湯の売上金を番台の手文庫にしまうと、トラははねた5万円をかっぱの柄の絣の着物の帯に挟んで、ほくほく顔をした。
夫の万蔵にも秘密のへそくりであった。はだか湯に嫁いできてから、家計のやりくりをけなげに行ってきた糟糠の妻トラであったが、ここで初めて万蔵にもナイショの自由にできるまとまった金を手にした。
幾度も帯の上からピンハネ金、いやへそくりの存在をぽんぽんと叩いて確認するトラであった。
夫にこの金の存在を知らてはならぬと、トラは万蔵の姿を探した。
ぺたん、ぺたん、はだか湯の脱衣所の暗がりから音がする。
トラはその獰猛な猛獣と同じ名前にふさわしくなく、暗がりに老眼と白内障が進む目を凝らした。
万蔵が年寄の冷や水ならぬはだか湯の熱い湯よろしく、四股を踏んでいた。
しこ名、令和の今は漢字で書くと四股名であるが、はるか昔に醜名と表記されていたらしい。
これは現代での意味醜いではなく、逞しいとのことである。
トラの白内障で老眼の瞳が脱衣所で輝く。
それに気づいた万蔵は不知火型の道標寄りでにじり寄った。
そして少年のような笑みをしわしわ顔に浮かべ、右手で額の汗をぬぐってトラに声をかけた。
「やあ」
「こ、こ、こ。これは」
万蔵は見た目だけでなく体力もつけたいと四股運動まで行っている。
その理由はあの女三助に違いない。
トラの抱えるどす黒い嫉妬の炎が、熱い情熱となり、ボイラーの薪の様に真っ赤に燃え上がった。
そしてトラの細胞一つ分残っていた最後の若さが爆発した。「黒ずんだバナナが一番うまい」と心中叫ぶと、その下劣さに乙女心が反応し頬を赤く染めた。その姿は世界10大小説に選ばれた、まさに赤と黒、スタンダール著であった。
トラの着物のかっぱの皿がじっとり汗をかくころ、いつの間にか彼女はちびくろサンボのトラよろしく万蔵の周りをぐるぐると回り始めた。
そしてバターとなってとろけると万蔵をおいしくいただいたのであった。
「トラさんや」
「何ですか、旦那様」
翌日から二人が一変したのは言うまでもない、肌艶はピカピカにひかり、夫婦互いを思いやる様子がはだか湯の客たちに伝わった。
銭湯に並ぶ先頭の客から末尾の客まで
「やったな」
「やったな」
「やったな!」
と二人への下世話な噂話がまるで将棋倒しの様に伝わっていった。
二人の影響ははだか湯の客たちにも影響を与えていた。
「母ちゃんと昨夜、久しぶり、久しぶり、ぐひひ」
と妻帯者が言えば、
「俺は駅前の店でナンバーワンの子に貢いで貢いで、うひひ」と独り者がつぶやく。
街にはやがて子供が産まれ、また仕事を求める男女が集まり人口が増え、経済を回していた。
かっぱ町は空前の繁栄していた。、ピンク色のオーラをたなびかせ。