22-3
「ああ、それがいい。今日明日くらいはそれでやって、で、その中からまた課題を出す感じで進めよう」
「毎日確実にクリア出来たら強いよな」
あのセルスクェアの前で、極力恥ずかしいプレイはしたくないからな。今日からの7回のリハーサルで、普通のバンドの7回分より伸ばしてやる。
俺は頷いて、書いて来た譜面に目を通す。あと、宵闇に伝えておかないといけない部分はなかったっけか。
ドアががちゃりと開く。宵闇ははっとして真顔に戻って振り向く。
「おはようございます…」
挨拶しながら入って来たのは礼華だ。いつもながら、声のテンション低いな。メンバーの中では一番背が高いけど、いつも背中を丸めてるから、あまり高い印象はない。アーティスト写真なんかでちゃんと背筋伸ばしてるの見ると、宵闇より5cmくらい高そうだから、180cm台半ばかな。
緩くウェーブのかかったピンク系ダークブラウンの長髪に、ピンクのブレイズを混ぜている。顔はすっぴんでもけっこう綺麗だ。
「おはよう。早いな」
「ああ、はい…」
宵闇の返しにも、口数は少ない。まっすぐ奥の方のギターアンプ前に行って、荷物をあれこれ広げてセッティングにかかる。
宵闇はそんな様子は気にもかけてないみたいだから、これで通常運転ってことか。ほんとに大人しい。昨日のミーティングでも、やっぱり俺とは全然話さなかった。朱雨とはそこそこ普通に話してるみたいだったけど。とりあえず、朱雨とそれなりに仲がいいならいい。朱雨を経由させればアドバイスも通りそうだし、その方がツインギターっていう形を根底から強化出来そうだ。ベルノワールの中でのツインギターの立ち位置ってもんを、二人で一緒に考えて、コンビネーションを強めるのは必須だからな。
リーダーモードに戻った宵闇は、さりげなく俺から離れて、マルチエフェクターのチェックを始める。まだ使いこなせてない感じだ。これはまた二人きりの時に話そう。こいつにもベース仲間はいるだろうし、どっかで上手いことアドバイスをもらってくりゃいいんだけど。流石にベースエフェクターの活用術までは、俺も勉強してない。
さて、あと3曲叩いとくか、とスツールに座り直す。礼華が来た以上、宵闇との打ち合わせはここまでだ。
宵闇が、俺の音とは関係なくスケール練習を始める。レコーディングの時と同じだ。一通りこれをやらないと始まらないんだろう。
暫く無関係なドラムとベースの音が交錯し続ける。
そこへ、ギターの音が加わった。
始めは気にしてなかったんだけど、少し経って気付く。礼華、俺のドラムに合わせて練習してる。低音から高音へ、徐々に移動しながら、ドラムのビートにきっちり乗せてくる。
こいつ、こんなにジャストで弾けたのか。
いや、弾けなかったはずだ。レコーディングのテイクも「薄目で見てギリギリ合格」ってレベルで、どうにかリズムに追いついてる、って感じだった。
様子を伺うと、真剣な顔つきでフレットを見ている。そして、一つ一つ、丁寧に指先で弦を正確に押さえていく。ピッキングも均一。
こいつ、レコーディング以降ずっと基礎練習してるんじゃないか? そうとしか思えない。そうじゃなきゃ、こんな短期間で音が整ってくるわけがない。
ラストまで叩き、俺はドラムセットを出る。練習を続ける礼華に歩み寄って前にしゃがみこみ、下を向いている礼華の顔を見上げて笑いかける。礼華は驚いた顔をして手を止めた。
その左手を、つかんで引き寄せる。
親指以外の指先の皮膚は固くなるのが追いつかなくて、何本かに水膨れが出来てる。水膨れがないところは、潰れた跡だ。やっぱりな。
「あ…これは…」
「すげーじゃん、礼華」
礼華はびっくりして口がきけない。めちゃくちゃ大人しいけど、めちゃくちゃ真面目だよ、こいつ。





